63.地下室
夜の帳が降りた頃、アムールの西地区歓楽街――。
ここは様々な娯楽施設が立ち並ぶ。一日の仕事の疲れを酒で癒しに来る者、観光ついでに立ち寄る者、女を買いにくる者など様々だ。
ましてや明日はアムールの大きなお祭りがあるため、輪をかけて歓楽街は活気に溢れていた。
既にお祭り騒ぎの雰囲気の中、とある酒場の地下室に十数人の男女がいた。そこは酒場のような陽気な場所ではなく異様な光景だった。
テーブルの上には大量の酒瓶が溢れ、足元にも空になった瓶が転がっている。酒の匂いの他に甘いお香のような香りが充満し、蝋燭で映し出されている人影は重なり合うたびに女たちの嬌声が上がっていた。
屈強な男たちによって数人の女がその体を貪られていたのだ。そんな手下たちの行為を眺めている男がいる。
『イビルノイア』のボスでもある元王国騎士隊のザリウス=マッカートだ。
ソファーに座りながら酒を煽るザリウスに一人の金髪の女が近寄ってくる。女は後ろからザリウスの肩越しに腕を回して抱き着き、その耳元で甘く囁く。
「ザリウス様ぁ? 一緒に気持ちいいことしましょうよ~」
誘いにも応えず酒を飲むザリウスの姿に女は「やれやれ」といった仕草をし、隣の空いた席に座り空になったグラスへと酒を注ぐ。
女は何とかして媚びを売り、ザリウスに気に入られようとしていた。
ここは『ウラヌス商会』が運営する酒場である。―――が、それは表向きであり実際は娼婦館であった。
酒を飲みに来た客に女たちが自分を売り込むのだ。普段は冒険者や観光客を相手をしているのだが、ある日運営元である『ウラヌス商会』の幹部が直々に顔を出しに来たのだ。
そう、このザリウス達を連れて―――ー。
『ウラヌス商会』はアムールを牛耳っている大きな商会だ。まして王国も一目置いている。
そんな権力者が連れてきた男だ。きっと位の高い人物に違いない。この男に気に入られれば玉の輿になれるかも――。と、女は考えていた。
だが、女の考えとは裏腹にザリウスは娼婦に一切の興味を示さなかった。むしろ蔑んだ目をしている。女はめげずにザリウスへと話しかける。
「ザリウス様、一人でお酒を飲まないで一緒に飲みましょう?」
女は乾杯の意思表示に酒を注いだグラスを傾けるが、グラスが合わさることはなかった。
「俺に気安く声をかけるな」
ザリウスは女に視線を向けず冷めた声で突き放すと、女は渋々といった仕草で席を外して一階の方へと退席した。
グラスに残っている酒をあおろうとした時、右腕に付けている腕輪の宝石の一つが石になっていることに気づく。
「……」
無言で右腕に着けた腕輪を見つめる。
ザリウスが身に着けている『連命の腕輪』は離れた仲間の生死を見分けるレアアイテムである。本来、仲間が死ねば宝石が砕ける。――が、それが唯の石になっていたことに対しザリウスは怪訝な顔をした。
あり得ないアイテムの反応にしばし思案する。
(いつからだ? それになんだこの反応は……。)
確実なのは王国の守衛所に忍び込ませた手下の身に何か起きたということだ。
手下には変装用のアイテムを渡している。アイテムの特性上、絶対にバレることはないはずだが……。と、現に起きた事実にザリウスは目を細めた。
「……ガザめ、しくじったか」
一言そう呟くとソファーから立ち上がり、未だに女たちとまぐわう手下どもへと声をかける。
「お前ら、もうその辺にしておけ。ガザの身に何かが起きた。この場所がバレた可能性がある。」
男どもは動きを止めボスであるザリウスの方へと顔を向け、女たちから離れると邪魔だと言わんばかりに彼女たちを地下から追い出した。
手下どもは直ぐに各々の装備を整えザリウスの前へと集まる。
「本当ですかい? あのガザの旦那が?」
無言で見せられた『連命の腕輪』の宝石の一つが石になっていることに、男どもは動揺の声を発する。
「まさか、ガザの旦那が連中にやられたんですかい?」
「わからん。だが、可能性は大いにあり得る。現にガザから使い魔の定期連絡がない。時期にこの場所へ奴らが来ると見ていいだろう」
「しかし、解せませんな。ガザの旦那には『嫉妬と強欲』のアイテムが有るはずでさぁ。あの変身能力は絶対に見破られることは無いはずですが……」
ザリウスは暫し考える。依頼主との連絡係である手下が守衛に捕まった一週間前から計画が綻び始めていたことに。
マーメイドの拉致計画は数か月前から『ウラヌス商会』によって準備が行われていた。ザリウス達がマーメイドの拉致計画に関わったのは、商会の者が接触してきたのが事の始まりだった。
この提案はザリウスにとって願ってもないことだった。
何故ならザリウスもまた、マーメイドの種族を探していたのである。正確にはマーメイドの巫女が守護しているという『元素の宝玉』を――。
ザリウスがまだ王国騎士隊に所属していた頃、シューベル国王の護衛をしていた時期があった。ある日、いつも通り国王の部屋の前で護衛をしていると、宰相が国王の部屋に訪れたのだ。
この女、宰相の役職についてはいるがその姿は修道女そのもの。全身黒い修道着に顔はフードで隠されている。喪に服すといった感じだろうか。明らかに場違いだ。と、ザリウスは初めてその姿を見た時に物凄い違和感を覚えたのだ。
確かに彼女の功績を知らないものが見たら怪しむだろう。
だが彼女は1000年もの間、アレス王国を救ってきた実績があった。アレス王国に訪れる数々の危機を予言してきたことによって、アレス王国は今日まで繁栄してこれたのである。
そんな彼女が国王の部屋に直々に来たということは、新たな予言のことかもしれない。ザリウスは興味本位で部屋の中で行われている会話を盗み聞きをし、後悔することになる。
近いうちにこの世界が必ず終焉を迎える、と――――。はっきりとそう聞こえたのである。
数々の予言を当ててきた彼女の言葉だ。必ず終焉は訪れるのだろう。
自我の強いザリウスは目の前が真っ暗になり茫然自失となるが、次第にそれは大きな怒りへと変わっていった。何のためにここまで富と名声を求めてきたと思っているんだ、とーー。
今まで積み上げてきたものが無になる。そんな恐怖にザリウスは怒りを覚えたのだ。
そして続けて聞こえてきた会話にザリウスは耳を疑った。
膨大な力が込められた5つの宝玉の存在。それらは世界を構成する要。世界の終焉が訪れる時、崩壊を防ぐ者が必ず現れる――。
その者を見つけ出し、宝玉へと導き世界の崩壊を終わらせる。それが私の使命なのだ。と、宰相は言い放った。
この時、ザリウスは宰相の言葉のニュアンスに違和感を覚えた。
宰相の予言は100%当たる。だが何故、必ず終焉を迎えると断言しながらその者を導くのか……。あの女の使命とはなんだ? 1000年もの間、王国を救ってきた理由は?
いや、その前に1000年も生きられる種族がいるのか。数は少ないがエルフ、マーメイド、ドワーフ、獣人、竜人族は寿命が長いと聞いたことがある。だが1000年以上生き延びている種族はいないはずだ。良くて数百年。宰相からは種族特有の特徴は確認できていない。
全身を修道服で覆っていることも確認できない一つの要因だった。
宰相の異質さにザリウスは改めて混乱する。王国を救ってきたという事実がフィルターとなって、この国の人間に都合のいい人物だという認識をさせていたことに。
様々な疑問が沸き起こり、吐き気を覚える。なにより、宰相は言ったのだ。必ず終焉が訪れると―――。
この時、ザリウスの中で何かが切れる音がした。
ああ、どうせ世界が終わるのならやりたいことをやってたろう――。
そうだ、力だ。力が欲しい。誰にも負けない力が。一番隊のグランドマスターをも軽く捻り潰せる程の力を。
――この数日後、ザリウスは王都の宝物庫を襲撃、仲間である王国騎士を殺害。賊へと成り下がったのである。
………………
…………
……
(――ふん。ガザの使い魔で依頼主と連絡のやり取りができれば良かったのだが)
ザリウスは地下室の壁に飾られている肖像画の一つを見つめる。
アムールの領主モルセル=ユダの肖像画であった。
(表では領主、裏では商会のボスとしての顔。利害の一致とは言ったものの、奴も俺と同じ穴のムジナ。屋敷には結界、腕利きの私設兵。信用していないのは同じか)
依頼主との連絡のやり取りは手下に密書を持たせ届けるという連絡手段だった。使い魔での連絡のやり取りを提案したが依頼主が断ったのだ。
本来、使い魔は偵察や連絡用によく使われるが、暗殺用にも使われているのもまた事実。モルセルもまた、ザリウスを信用してはいなかった。お互い己の目的の為に利用としている。
(さて。予定通りなら深夜の内に闘技会場に潜伏する手筈だったが早めに行動を起こすか)
「ザリウス様。この後はどうしますか?」
手下の呼びかけに肖像画から視線を外す。
「予定を早めに切り上げる。なに、焦ることはない。俺にはコレがある」
ザリウスはアイテム収納のバックから一つのアイテムを取り出す。それは鈴だった。鈴には赤色の寄り紐が付いている。
「おお、王国の宝物庫から奪ったレアアイテムですな!」
「ああ。『嫉妬と強欲』はガザに渡してしまっているからな。今回はこいつを使ってここを出ればいい」
「で、ザリウス様。それはどんな効果があるんですかい?」
「認識阻害の効果を持つアイテムだ。効果時間は短いが、この地区から脱出する分には十分だ」
手下たちはザリウスを羨望の目で眺めている。
「流石ですな。ザリウス様は危機的な状況下でも冷静でいらっしゃる。そしてなにより、騎士隊長を務める程の力があり、様々なレアアイテムをお持ちになられている。まさにザリウス様は無敵ですな」
「当然だ」
手下に『無敵』と言われ気分を良くする。
「それとこの建物に罠を仕掛ける。奴らがこの建物に入ったら最後。こいつで始末する」
「ザリウス様それはどんなアイテムなんで?」
アイテム収納から取り出されたのは紫色の卵。その大きさは5センチ程である。
「ガザの使い魔であるアラクネの卵だ。この狭い空間では騎士隊の剣も使い物にならん。それにこいつは狭い空間で真価を発揮する」
「おお! 素晴らしい! 人間が捕食される光景はそそるものがありますな」
「ああ。だが、この建物にいる人間はまずい」
「どうしてです? 一緒に殺ってもいいのでは?」
「馬鹿か。ここは『ウラヌス商会』の縄張りだ。目的を果たす前にそんなことをしてみろ。いらぬ手間が増える。連中には出て行ってもらう」
「なるほど。それもそうですな」
脳筋な馬鹿はこれだから困る、とザリウスは心の中で舌打ちする。
「それとこの建物には幾つか結界を張る。アラクネが倒されたとしても建物に入ったら最後、脱出できない結界をな」
ザリウスはニヤリと口元を吊り上げた。
「時間稼ぎも考慮するとは……。流石がザリウス様」
「宝物庫のアイテムを使えば造作もない」
ザリウスは余裕の笑みを浮かべていた。
アレス王国の宝物庫に収められていたアイテムは殆どが『 R 』ランクである。この世界では『 R 』ランクのアイテムはそれ程多くはなく、一般的に『 N 』ランクが多い。
ごく稀に『 HR 』ランクアイテムが遺跡から発掘されることがあるが、滅多にお目にかかることは無い。『 HR 』の効果は奇跡の力とまで言われ、アレス王国の宝物庫にも数点しか存在しない。
そんな奇跡の力と言われるアイテムをザリウスは所持していたのだ。
懐に入っているソレに触れる。
(俺が求めるのは世界を構成するほどの力を持つ『元素の宝玉』だ。俺の認識外で世界が勝手に終わることは許さない。なら、俺がその力を使ってこの世界に終焉をもたらせてやる)
口元が吊り上がる。
既にザリウスは人としての人格が破綻していた――――。




