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54.アイル

 アムール街の海域――。深い深い海の底に珊瑚によって作られたマーメイド族のお城、マーメイドパレスがある。


 普通なら太陽の光は届かないほどの深さなのだが、海の底は明るかった。


 キラキラと波に揺れるように光もまた揺れる。それは正に光のカーテンのように。


 何故、海底深くに光が届くのか。それは『元素の宝玉』による力だった。


 マーメイド族が守護する『元素の宝玉』――。別名『水の玉』。


 この宝玉の力によって海の平穏は保たれている。人間たちが海から大量の恵みを受けるように、またマーメイド達も宝玉から恩恵を受けていた。


 それがこの光だった。それは魔法による海面の屈折現象。代々、『水の玉』を守護する巫女がその力を利用することによって起こす大魔法。


 その力によって海の底は明るかったのだ。


『アイル様、お帰りなさいませ。外の世界はいかがでしたか』


 主の帰りを待っていた侍従は念話で話しかける。


 ここは海の底。マーメイド族の会話は念話で行われるのだ。


『ええ、中々に楽しかったですわ。お月見だけのつもりでしたけど、思わぬ出会いがありましたし』


『出会い……ですか?』


『そうよ。初めて人間の殿方に出会ったの。とても不思議な方でしたわ。なんというか、見ているだけで不思議な気持ちになるというか……』


『お言葉ですがアイル様、世継ぎのお相手の条件をお忘れではございませんか?』


 侍従の咎める言葉にアイルは頬を膨らませる。


『ええ、ええ、わかっています、わかっているわセラ。「強い男」が条件なのでしょう? 自分で旦那様を選べないなんて辛いわ。まったく、なんで私の代で……』


 アイルは一人ブツブツと愚痴る。 


 マーメイド族には男性がいない。何故なら女性しか生まれてこないからだ。故に、子を産める年齢になるとマーメイド達は子孫を残すため、地上にいる人間の男と契を交わす。


 契を交わせるのは3年に1度のみ。人間の体になれる『ルナビスの日』だけ。その為、マーメイドたちの恋愛は情熱的である。自ら気に入った男を激しく求める。


 マーメイドの容姿は皆美人であるが故、また男たちも彼女らに溺れていく。一夜限りの愛。そして彼女らは夜を共にした男の記憶を消すのだ。泡沫の夢のようにと――。


 これはマーメイド族の古くからのしきたりであった。だからだろう、マーメイドの話がいつまでも迷信のまま受け継がれていたのは。


 だが、アイルの場合はそうはいかなかった。


 『元素の宝玉』を守護する巫女であるアイルは、宝玉の異変に気づく。宝玉にドス黒い力の本流が流れ、大きくなっていくことに。


 そして、彼女は宝玉越しに他の『元素の宝玉』が暴走したのを感じ取る。


 ああ、ついに来たか……。まさか自分の代で来るとは……。と彼女は思った。


 巫女の寿命は短い。それは守護する宝玉の力のせいであるが云え。


 宝玉が暴走するが先か、または彼女の命が尽きるのが先か――――。


 力尽きる前に、子孫を残さなくてはならない。そう、有能な男の遺伝子を受け継いで。


 彼女は自分の気持ちを押し殺し、ただ人形のように男を受け入れるのを覚悟していた。


 種族を守るため、犠牲になるのは受け止めよう。だが、これから生まれ巫女を引き継ぐ我が子の事を思うと、忍びない気持ちになるのだった。


 だが、彼女には一抹の希望があった。


 古くから伝わる伝承通りならば、神から使わせられた使者により宝玉の暴走は食い止められると。そして宝玉を授け、天の道へと導く――。


 それが代々巫女に伝えられている伝承であった。


 そしてその伝承は確信へと変わっていったのである。暴走した他の『元素の宝玉』の気配が消えたのだ。四大元素を司る宝玉が暴走すれば、その系統の属性が乱れ世界に何らかの影響が起きる。


 だが、それが起きていない。考えられるのが神からの使者が現れたのではないか。そう、彼女に思わせたのだ。


 ならば、使者がこの地に訪れるまで命ある限り全力で『元素の宝玉』を維持し、間に合わなかった場合は我が子に託す。


 それが今彼女にできる唯一の選択なのであった。


(はぁ……、私も燃えるような恋がしたかったですわ……)


 アイルは一人、胸の内に呟くのだった。

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