49.夜の海辺
ふと、目が覚める。どうやらいつの間にか寝てしまったらしい。左腕を上げ時間を確認すると夜中の2時を過ぎていた。
上半身を起こすと左右にはゴンザレスとリリィが俺を挟む形で寝ていて、窓から差し込む月明かりが二人の寝顔を照らしている。
二人の寝顔を見ているとくすぐったい気持ちになってきた。
夢じゃないんだよな。
暫く二人の寝顔を眺めた後、喉が渇いたのでテーブルに置いてある水の入ったボトルへと向かい、コップに注いで一気に飲み干す。
水で喉を潤した後、窓の外を眺める。
数時間前、酒場での出来事を思い出す。この街に犯罪集団が潜伏していると情報を入手した。あの時、リリィの荷物が盗まれた時に捕まえた男は、その犯罪集団の一員なのだろうか。
可能性としては有り得るはずだ。だが、使い魔の件がどうしても解せない。文書を運ぶだけなら使い魔でも十分なはずだ。使い魔を使役できる程の者なら、何故機密文書を人間に運ばせたのだろうか。
それに、運び屋を捕まえて直ぐに使い魔が現れるというのがおかしい。元々運び屋自体を監視していた? 何のために? 信用できないがためにか?
いや、それだと最初から使い魔に任せばいい話に戻ってしまう。
腕を組み、しばし考えるが中々答えは出てこない。
どうやらこの一件、既にめんどくさい事が起きているのかもしれない。
だとしたら、事前に戦闘の準備をしておいたほうがいいだろう。
昼間のラミリールの一件を思い出す。あの時、囲まれたときは危機一髪だった。竜剣である『土竜・ウォルガイア』で切り抜けたが、もっと早い段階で『血の契約』を済ませておけば、あそこまで追い詰められることはなかっただろう。
俺一人なら『暴竜・ファルベオルク』で身体強化すれば直ぐには死なないだろうが、今は独りじゃない。彼女たちの命も守らなければならない。
ゴンザレス達の寝顔を見つめる。その顔は安らぎに満ちていた。
……今のうちにできることは済ませておこう。
『聖域のローブ』を羽織る。
ゴンザレスたちが目が覚めても大丈夫なよう、俺は置き手紙を残し部屋を出て行った。
◇
アムール街の大通りを北上していくと入江がある。ここは観光スポットの浜辺で魔物は出てこないらしい。
深夜なので当然海辺には誰もいない。
頭上には万点の星空に、月明かりによって照らされた海がさざ波を立てている。
この景色をゴンザレス達にも見せたいと思ったが、頭を振りここに来た理由を思い出す。
そう、先刻新たに『ソウルガチャ』で入手した竜剣の契約を済ませるために此処まできたのだ。
『血の契約』をする際、竜剣から強い光が放たれる。昼間、部屋の中で契約すればいいかと思ったが、万が一騒ぎが起きると拙いので人気のいない浜辺に来たわけだ。
それに守衛所で問題が起きてゴタゴタしていると言っていたから尚更だろう。
右腕を前面に突き出し、2本の竜剣の名を思い浮かべる。
「クイックオープン、『水竜・ガリオス』・『鋼竜・ゴルニドル』」
目の前の空間が割れるように弾け、2本の大剣が顕現した。
そのまま落下し砂浜へと突き刺さる。
『水竜・ガリオス』――。
刀身は少し青みがかっている片刃の大剣。一言で言えばジャバラ剣だ。いくつもの刃が重ねられており、鋸のように肉をそぎ落とすような形になっている。
しかも、これで斬りつけられるとポーション系の回復が聞かないという呪い付きだ。間違っても自分の身体を傷つけないように気をつけなければなるまい。
『鋼竜・ゴルニドル』――。
もう1本の竜剣は鈍い銀色を放つ両刃の大剣。ただし、その両刃には日本刀のように波紋が広がっていて、全ての万物を斬り裂いてしまうようなイメージを連想させられた。
だがこの大剣は直刀である。曰く、日本刀は斬る際、力任せに押し斬るのではなく引いて斬るという。故に曲刀。そんな日本刀のイメージを払拭させられる力強さを、この大剣から感じとれた。
契約を済ませるべく人差し指を軽く切り、2本の竜剣に血文字を書き付けていく。
「よし――」
後は契約の呪文を唱えるだけだ。
右手を突き出し、深呼吸をする。
「……告げる。我、汝を従える者なり。汝の身は我が下に。我が身を喰らいてその力を示せ――『水竜・ガリオス』・『鋼竜・ゴルニドル』!」
呪文を唱え終えると、刀身が強い輝きを放ち、描かれた血文字が溶け込んでいく。
その光景を眺めながら、初めて『血の契約』を済ませた時を思い出す。そういえばあの時は隣にダルクさんがいたっけ。
俺と一緒に驚いていたっけなぁ。
「きゃっ! なんですの、この光はっ!! 眩しすぎますわ!」
そうそう、こんな風にって……はい? 今女の子の声が聞こえてきたぞ!?
辺りを見渡すが、人影はない。あるのは近くに大きな岩があるだけ……あ、いた。
岩の上で女性が上半身だけのぞかせ、こちらを見ていた。こんな夜更けにだ。
しかも、あれは水着だろうか? 大きな貝殻で胸を覆っているけど……。
「ふう、やっと光が収まりましたわね。……ねぇ、そこの貴方。何をしてますの?」
「いや、何をって……。ってか君も何をしているんだ? 女の子がこんな真夜中に一人でいたら危ないだろ」
歳は俺と同じくらいだろうか。岩の上で見下ろしている若い女性は腕を組みながら鼻を鳴らしている。
「む、私に指図しないでくださる。私の勝手でしょう。…………まぁ、月が綺麗だったから、たまには陸の上でお月見をしてみたいと思ったのよ」
指図するなとか言いながら、素直に自分で言っちゃってるよこの人。
なるほど、この女性はこの岩場でお月見をしていたのか。そこに俺が後から現れた形というわけね。
「で、貴方はここで何をしてらしたの? ……んん? 微かですけど、その剣からただならぬ力を感じますわね……」
何者なんだこの人は。竜剣の力をどうやら肌で感じ取れるらしい。
「安心しなさい。別に襲ったりしませんわ。貴方が変な気を起こさない限りは……ね」
「……」
正直に答えるかどうか迷ったが、嘘をついてもバレるだろうと思い正直に話すことにした。
下手に刺激するよりはいいだろう。
「……この2本の大剣との契約儀式を。信じるかは君次第だけど」
「へぇ。……やっぱりそれは魔剣の類なのね。なるほど、なら人目に付かない時間を選ぶのは道理ですわね」
「あれ? 信じるの? というか、真夜中にこんな大剣を出している男を目の前にして怖くならない?」
疑問に思ったことを述べる。俺が逆の立場だったら怖くて逃げるぞ。
「ふふん、別に恐ろしくはないですわ。私は人間に遅れを取るほど弱くはないのですから。それに貴方、Lv1でしょう?」
「う”っ! な、なんで分かる!?」
突然、指摘されたLvが合っていたことに驚いてしまった。
「ふふん、私には特別な力がありますから。相手のLvを覗き見るのは雑作もない事ですわ。それに――」
その女性の発言に、ごくりと唾を飲み込む。
「貴方のその透き通った眼差しを見れば、悪党ではないということくらい分かりますわ」
思わず目が点になった。
「はい?」
「ふふ、私の言葉が信用ならない? まぁいいわ」
指をパチンと鳴らしたかと思うと、その女性の体が浮かぶ。どうやらシャボン玉のようなものに座っているようだった。
あのシャボン玉は移動用の魔法か何かなのだろうか。
女性が目の前に降りてきたとき、俺はその姿に驚いてしまった。




