47.情報収集
アムール街で利用している宿『海の銀砂子』は4階建ての白い建物で、一階は食事処だ。宿泊者以外も利用できる飲食店なので、老若男女様々な人が訪れる。
しかもこのお店はアムールの宿屋の中でお洒落な内装で人気が高い。海の街なので料理も海産物をメインとした物が多いが、メニューのバリエーションが多いため、客を飽きさせないと定評があった。
入浴でさっぱりした後、ゴンザレス達と合流する一階の食堂へと向かうが、やはり夕食のピーク時間なのかフロアはかなり混んでいた。
だがこのお店は一般客用と宿泊客用とで席を分けているため、宿泊客が席につけないということはない。
俺たちが利用している部屋番号の札が置かれているテーブルへと向かい席に着くと、ウェイトレスがオーダーを受けに来てくれた。流石、観光地とあってベスパの宿屋とはサービスが違った。
まだゴンザレス達が来ていなかったので、注文は後ですると伝え暫く待つ。お店をぐるりと見渡すと、一般客用のテーブルは全て埋まっているようだ。
周りの喧騒がなんだか心地よい。気分が浮かれているからかもしれない。
「あー、ダメだ。顔がにやけてしまう」
本来の目的を忘れてしまいそうだった。これではマズイと思い、両手で自分の頬を叩き気合を入れる。
今の俺は元の世界に戻る目的はほぼ無いに等しい。唯一心残りがあるとすれば、家族に俺は生きていると一言伝え謝りたい事だけだろうか。
だが、この世界に残るといっても旅の目標は変わらない。俺をこの世界に転移させた元凶の男を探し出す。更にリリィの家族を死に追いやった『元素の宝玉』のことについても調べなければならない。
どの道、この二つは一つの線で繋がっている。『元素の宝玉』を調べていけば追々、元凶の男にたどり着くだろう。となると、やはり別の『元素の宝玉』を守護しているマーメイド族のお姫様を探さなければならない。
丁度、三年に一度開かれるお祭りで、マーメイドのお姫様の婿探しである武闘大会に出場できれば直接話ができると思ったが、婿になるつもりもないのに出場するのはおかしいのでこれは無しだ。
そうなると、接触できる場がないのだが、さてどうするか。別の切り口を考えなければならない。
「どーすっかなー。そもそも武闘大会を開くのはここの領主って言ってたよな……」
マーメイド焼きを買ったお店の店主が言うには、海の恩恵を授けてもらえるということで領主が動いているらしい。なら、まずこの領主に直接あって話をしてみるか。
だが、どうやって会うかだ。
「んー、明日、ビックマムに相談してみるかな」
アムールのギルド長であるビックマムなら、この街の領主と面識があるかも知れない。ダメもとで聞いてみるしかないな。それと大会出場のキャンセルもしないと。明日までが期日だったっけ。
早速明日から動くことに決めた。
明日の予定を決め、未だ来ないゴンザレスたちを待っていると、横のテーブルにいる二人の客の話が聞こえてくる。聞くつもりはなかったのだが、勝手に耳に入ってくるからしょうがない。
「――それ本当かよ? この街にイビルノイアが現れたって」
「ああ、守衛所に勤めている兄貴から聞いたんだ」
「まじかよ……。なんでまたこの街に」
「さぁな。だが、やばいことが起きるのは確かだ。しかも、祭りの時期に現れるなんて何か事を起こそうとしてるんじゃないか?」
なんだか物騒な話をしている。酒の話の場では似つかわしくない内容だ。だが危険な話は耳に入れておいたほうがいいだろう。
事前情報の有無で生死を分けることがあるからだ。
ゴンザレス達が来るまでの少しの間、情報収集をしておくか。
俺はテーブルの下でオープンと唱え『ソウルガチャ』で手に入れたアイテムを取り出し、それを持って隣で話している二人組の男の所へと向かった。
「ん? なんだい兄ちゃん?」
「ちらっとお話が聞こえてきたんですけど、よければその話聞かせてもらってもいいですか?」
俺は二人の前に『神酒』を置く。飲む者の味覚に合わせて最高の味に変わる酒だ。透明な瓶に入った液体をセットで出てきたグラスに注ぎ差し出す。
「これ、『神酒』っていうお酒なんですど」
二人の男は訝しげな顔をして互いに顔を合わせていた。だが短髪の男が差し出したグラスを手に取り肩をすくめると、もう一人の長髪の男もグラスを手にとった。
「聞いたこともない酒だな。だがまぁ、只酒飲めるならいいか」
良かった。交渉は成立のようだ。俺は空いている席に座る。
「さっき、イビルノイアって言ってましたけど」
「ああ、悪名高い強盗集団イビルノイアな。小さな村や街を襲っては皆殺しにしているらしいんだ。最近王国を悩ませている犯罪集団の一つさ」
なんという酷いことを。詳しく聞き出すべく、身を乗り出す。
「悪名高い? そんなに有名なんですか?」
「なんだ、兄ちゃん知らないのか? イビルノイア、金の為ならなんでもやる集団だ。中でもボスである男は元王国騎士隊らしい。懸賞首になっているぞ」
「たしか、騎士隊の7番隊隊長だっけ? なんでそんな人が犯罪に手を染めちまうのかねぇ」
王国の元騎士が犯罪に手を染めているのか。隊長と言われているほどだから相当強いのだろう。
「で、その『イビルノイア』は今この街に潜伏していると」
「ああ、俺の兄貴はこの街の守衛所に勤めているんだが、兄貴の話だと3日前にイビルノイアの構成員が捕まったらしいんだ。
それで判ったらしいんだが、ただ……」
「ただ……?」
短髪の男は口ごもり、長髪の男は早く言えよと催促をするが、首を横に降る。
「いや、詳しいことは教えてもらえなかったが次の日、守衛所内で事件が起きたらしいんだ。今、内部でゴタゴタしているって兄貴が言っていてな」
「おいおい、そんなんで大丈夫なのか? 王国の騎士団様たちはよ? なぁ、兄ちゃんもそう思わねぇか?」
長髪の男が同意を求めるように肩を強く叩いてきた。確かに強盗集団がこの街付近に現れた時に、公共の治安部隊がゴタゴタしているのは拙いだろう。
その間に街で犯罪を起こされたらと思うと正直怖い。
にしても3日前に捕まった構成員か。俺が捕まえた男は密書を持っていた。推測だが、きっとその男はイビルノイアの構成員ではないだろうか。この二人の話だと辻褄が合う。
「とまぁ、俺が話せる情報はこれだけだ。ってことで兄ちゃん、酒いただくぜ? ゴクッ……、――んうおおお!?」
『神酒』を一口飲んだ短髪の男は、驚愕の表情を浮かべていた。
「おい、どうした? そんなに固まって」
「おいおい、なんだこの酒……。めちゃくちゃうめぇじぇねーか!!」
「そんなにか? どれどれ……。ゴクッゴクッ……、ホアアアァァァァ!」
長髪の男も『神酒』を飲んだ途端、可愛らしい奇声を発した。筋肉質の男が可愛らしい声を上げるのは正直気持ち悪い。
現に別のテーブル席に付いている若いカップルがその声を聞いて、顔がひいている。
あ、テーブルを動かしている。
「に、兄ちゃん! こ、この酒はなんて名なんだ!? ぜひもう一度教えてくれ!」
二人のグラスの中は既に空っぽになっている。無理もない。飲んだ者の味覚に合わせて最高の味になるのだから。
『神酒』のボトルをテーブルの真ん中に置く。
「『神酒』ってお酒なんですけど、これは売ってないんです。手に入れたのは偶然なので、二度と手に入らないかもしれません」
短髪の男はひどく残念そうな顔をした。長髪の男に限っては絶望的な顔だ。
「これ一本しかないですけど差し上げます。俺、酒飲まないので」
「マジか!! いいのかい兄ちゃん!!」
短髪の男は歓喜を上げながら、即座にお酒をグラスに注いでいる。なんという手の早さだ。
「あ、バカ野郎! お前何グラスに並々注いでるんだよ! 俺の分も残せよ!」
長髪の男もボトルを奪い取り、自身のグラスに同じように並々と注いでいった。
「いや~、しかし兄ちゃん気前がいいなぁ! こんな美味い酒をくれるなんてな!」
「まったくだ。ここの料理は旨いし、この酒も美味い。これで美人な女がいたら最高なんだがな! わははは!」
二人の男は上機嫌に談笑し始めた。
俺はお酒はあまり飲めないが、やはり飲む席としては笑いが絶えない方がいい。楽しい席というのは好きだ。
「あれ、マスター? 席はあちらではないのですか?」
背後から声がしたので振り向くと、湯上りのゴンザレスとリリィがいた。ふんわりと石鹸の香りがしてくる。
「ああ、悪い悪い。ちょっとここの人達と少し話してた」
「ホアアァァァ……ち、小さくて可愛いぃ……」
「あの金髪の女の子、エルフか? すげぇ美人だ……」
さっきまで談笑していた二人の男はピタリと止まり、ゴンザレスたちを見て惚けていた。無理もない。だって二人共可愛いから。
「な、なぁ、兄ちゃん。その後ろの子達は兄ちゃんの知り合いか? 良かったら一緒にご飯でもどうだ?」
「ああ。こんな可愛い子たちとお近づきに―――、こほんっ、どうせなら皆で食事したほうが楽しいよな! うんうん!」
この二人、下心見え見えである。
断ろうとしたら、リリィが俺の左腕を持ち席から立ち上がらせて、にこやかな笑顔で抱きついてきた。
「お誘い嬉しいんですけど、私、この人の彼女なんで。もう、メロメロなんで! だからごめんなさい」
笑顔で断るリリィ。頬を身体に擦り付けてきている。
「はい、私もマスターのものなので。ごめんなさい? です」
ゴンザレスも俺の右側に回り抱きついてきて、二人のふくよかな胸の感触が伝わってくる。
二人の男は呆然としている。そりゃ、可愛い二人の女の子が一人の男にべったりとくっついているのを見たら唖然とするだろう。逆の立場だったら俺も同じリアクションをしそうだ。
あ、握っていた箸落とした。
「マスター。もうお腹ペコペコです。早くご飯にしましょう!」
「さ、行くわよシノ! まったくもぅ――」
俺はゴンザレスたちに腕を引っ張られて、自分たちのテーブルに戻っていった。
戻る時、「は、ハーレムだと……」と後ろから呟いているのが聞こえてきたのだった。




