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43.気持ち ★

 潮風と血生臭い匂いが混ざり合い鼻腔をくすぐる。辺り一面の砂浜は凄惨な光景だった。肉片、内蔵、骨が大量に散らばっている。何も知らない人がこの光景をみたら恐怖を覚えるだろう。


 正直、俺自身も『土竜・ウォルガイア』の威力に戦慄を覚える程に、その威力は絶大。


 今回は助かったが仲間が入り乱れる戦闘では使えないだろう。なぜなら敵味方関係なく殺してしまうから。


 こいつの使いどころはかなり限定的になってしまう。まだ『暴竜・ファルベオルク』のほうが使いやすい。だが、竜剣一本でこの威力だ。


 これほどの威力の竜剣が後46本もあるから恐ろしい。


「やはり慎重に使わないとな……」


 後は大量に浮いているソウルを回収するだけである。ビックマムの説明によると、このラミリールのランクは『 B 』らしい。


 同じランクのサンドワームの時はソウルが1800程だったから、今回の回収で相当数のソウルになるだろう。


 そこでふと気づく。体が動かないことに。自身の体を見回すと、まだ3人とも俺の体にしがみついたままだった。


 背中に物凄いプニプニとした感触が伝わってくる。振り向くとゴンザレス、リリィ、ビックマムという順番に抱きついている。


 どうやらゴンザレスの胸の感触みたいだ。


「わるい、3人ともそろそろいい加減離してくれるか」


「え? あ、ああ! う、うん! あわわわ、っきゃ!!」


 リリィは慌てて地面に腰を落とす。どうやらビックマムの足に引っかかって転んだようだ。


「こりゃたまげた……。ラミリールの群れを一瞬で片付けちまうとわねぇ。シノ坊、色々と聞きたいことが山ほどあるが、今はとにかくこの場所から離れよう。

 この血肉の匂いに誘われて別の魔物がよってきたら適わんからね」


「そうですね、当初の目的は既に果たしてますし、街に戻りましょうマスター」


 尻餅ついているリリィに手を伸ばし、地面から体を起こさせる。


「ああ、そうだな。ここから離れよう。――ゴンザレス」


 俺はゴンザレスにアイコンタクトをする。「ソウルの回収を頼む」と。


 俺のスマホを掲げる動作をみてゴンザレスはこくりと頷くと瞬間、漂っていたソウルがスマホウォッチへと吸収されていく。


 ソウル数の確認は宿に戻ってからでいいだろう。先ずは皆の安全を確保するのが最優先だ。


 行きに乗ってきた馬車はキングクラブの戦闘で巻き添えになるとまずいので、街へと戻ってもらっている。なので帰りは徒歩だ。もしあの時馬車を戻していなかったら――。


 ラミリールの死骸を見て俺は背筋を震わせた。


 

 ◇



 その日の午後、アムールのギルドに戻るとクエスト報酬をもらった。


 本来は指定部位をギルドに提出しなければならないのだが、そこはビックマムが討伐時に居合わせていたので、問題なく完了できた。


 カウンター越しにビックマムから報酬金の袋を手渡される。


「ほらシノ坊、報酬金4万ルピーだ。おや? 中身の確認はしなくていいのかい?」


「ええ、信じてますんで」


 金貨40枚が入っているであろう袋をそのまま受け取る。


「そうかい。ところでシノ坊、あんたマーメイドの婿探し、もとい武闘大会に出場するんだろ? あんたのその力なら優勝は間違いないだろうが、あたしが見たところあの嬢ちゃんたちはあんたに惚れている。

 いくらなんでもシノ坊、そこまでは鈍くないだろ? なのになんでわざわざ他種族の婿探しに」


 ビックマムはカウンターに肘をつきながら頬杖し、ギルドロビーの離れたところで待っているゴンザレスたちへと視線を送る。ゴンザレスとリリィは談笑しているところだった。


「別にマーメイドの婿になりたくて参加してるんじゃないです。理由わけ合ってマーメイドのお姫様に会って聞かなければならないことがあるんです。その手段の一環として大会にエントリーしようと。

 それに理由は言えませんが、リリィ達の気持ちに答えてもこの先、彼女たちを悲しませてしまうんじゃないかって……」


 リリィ達の気持ちは薄々気づいていた。


 だが俺は違う世界の人間だ。元の世界には俺の家族がいるし、連絡が取れなくなった今、行方不明者として探しているかも知れない。それに固有スキルによって寿命も半分になっている身。


 そんな中途半端な状態で、果たして女の子を一生幸せにしてあげられるだろうか。いや、普通に考えて無理だ。俺が納得しない。


 もし、仮にこの世界に残って彼女たちのどちらかを選び生きていくというのなら、この世界に転移した元凶であるウェイバーを探さなくてはならない。


 答えを見つけなければ、俺はきっと一生後悔したままの気持ちで彼女達に接するだろう。そんなのは絶対に嫌だ。

 

「かぁー、あんたマーメイドの嫁が欲しくて出場するんじゃないのかい!? はぁ~……。よくお聞きシノ坊。あんたは強い。

 武闘大会もきっと優勝するだろう。だけど、マーメイドのお姫さんの婿になる気はない。あんた、何様のつもりだい? それじゃ唯マーメイドのお姫様を泣かせるだけだろう。

 それにあの子たちもシノ坊の出場に対して不安なんじゃないのかい……? あんた、恋する乙女の気持ち考えたことあるのかい?」


「う……」


 ビックマムの意見はもっともだ。『元素の宝玉』の異変とウェイバーのことを知っているか聞きたいが為に、大会に出場するのだ。俺の行動は相手にとって身勝手もいいところだ。


 わかっていた。だが、マーメイドが現れるのは3年に1度の『ルナビスの日』だけ。しかもそれは武闘大会当日。きっとお姫様は武闘大会の様子をずっと見ているだろう。


 接触できる機会なんてそれこそ優勝するしかない。だけど、下手に接触しようものならきっと王国の兵士に捕まるだろう。できれば穏便にいきたい。


「シノ坊、大会まで4日。エントリー期間はまだ2日猶予がある。あの嬢ちゃん達のこともよく考えてから行動をし」


 俺は談笑しているリリィたちの方へと視線を向ける。


 よく考えて……か。


「あの、ビックマム。ありがとうございました。俺、目的の為に焦っていたみたいで周りが見えていなかったようです」


 深々とお辞儀をする。ビックマムは少し驚いた後、破顔一笑しカウンター越しに肩をバンバン叩いてきた。


「あっはっは! そうかいそうかい! あんた、もっと年重ねたら男前になるだろうよ。……頑張んな、男の子」


「はい。それじゃ、今日はもう宿に戻ります」


「あいよ。ギルド本部には先に使いを送っておくから。結果は数日後にわかるだろうよ」


 ビックマムに再度お辞儀をしカウンターに背を向け、ゴンザレスたちの方へと歩いていく。


 談笑していたゴンザレス達が俺に気づき、笑顔で迎えてくれた。

 

「あ、マスター! どうでしたか? 報酬金は無事に貰えましたか?」


「おう。ばっちりだ。今日こいつで美味しいものでも食べに行こう。そうだな、俺キングクラブ食べ損ねたから、食いに行くか」


「うえー、あたしは流石にちょっと……。さっきの光景を思い出しちゃう。シノのせいで暫くはキングクラブ食えないよ~。あ、なんか急に力が抜けてきた……」


 リリィはその場にペタリと座り込んでしまった。さっきの光景を思い出して足にきてしまったのだろう。


「おいおい、俺のせいかよ…………ほれ」


 リリィの前にしゃがみこんで背中を向ける。


「……へ?」

挿絵(By みてみん)


「……悪かったな、危険な目に合わせてしまって。……足、力が入らないんだろ? 宿までおぶってやるから」


「えっ、あぁ、あれっ、う、うん……」


 背中越しにリリィの上擦うわずった声が聞こえてくる。暫く待っていると遠慮がちに、ゆっくりと背中に体重を載せてきた。


「お、お願いします…………」

挿絵(By みてみん)


「ああ」


 リリィを落とさないようにゆっくりと立ち上がる。その体の軽さに、リリィも女の子なんだなぁと改めて実感する。

 普段強気だけど、こういう弱いところもあるんだよなぁ。

 

 ゴンザレスの方を見ると、ソワソワした様子で羨ましそうに見ていた。


「ま、ますたーっ! わ、わたしもオンブというものを経験してみたいですっ!」


「経験ってお前……。あー、うん。なら後でな。リリィを宿まで送ってからな」


「は、はいっ!」


 すっげー、嬉しそうな顔するんだなお前は……。まぁ、いいけど。

 

 リリィをおぶったまま、ギルドを出ると外は既に日が傾きかけていた。ゴンザレスはトテトテと俺の横をついて歩いてきている。


 夕日によってオレンジ色に見える白いワンピースが、吹く風によってふわりと揺らいでいる。


「ねぇ、シノ……。随分とビックマムと話し込んでいたけど、何を話していたの?」


 背中におぶっているリリィの顔が耳元の近くに有るため、その声がくすぐったかった。


「んー……? まぁ、色々かな……」


「ふーん。私たちには言えないこと……なんだ?」


 町並みの大通りを歩いていると様々な人たちの声が聞こえてくる。


 子供の遊んでいる声、露店で客寄せしている店主の声、井戸端会議をしている女性の声。


 街の喧騒によってかき消されてしまうほどにリリィの声は、かぼそかった。


「あのさ、俺やっぱり武闘大会出場するの辞めるわ」


「……。へ? な、なんで急に?」


 驚くのも無理はない。実力試験まで受けてエントリーを辞めるなんて言われたら、驚くだろう。


「別の方法でお姫様に会えるよう考えるわ」


「それは本当ですかっ! マスター!」


 隣を歩いていたゴンザレスがひょこりと顔を覗かせてくる。


「ああ、本当だよゴンザレス」


「そ、そうですか。マスターがそうっしゃるなら」


 ゴンザレスは納得したのか、また隣に戻りトテトテと歩く。特に会話もなく、空を見上げるとウロコ雲が茜色に染まっていた。


 不意に、首に廻していた腕に力が加わるのが伝わってきた。


「……そっかぁ。……そっかぁ」


 肩に顔をうずめてくるその仕草がこそばゆかった――。



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