37.守衛所
「ゴンザレス、索敵範囲内に守衛所の場所はあるか? この男を衛兵に引き渡さないとな」
鎖に縛られ気絶している男を担ぐと、男からすえた匂いが漂ってきた。
うっぷ……。このおっさん、風呂にないってないな? 臭すぎる……。
「ここから300メートル先に衛兵の守衛所があります。先導しますのでついてきてください」
鼻を押さえているとゴンザレスがふわりとワンピースをなびかせて先頭を歩いていく。
その場を移動し、守衛所のある場所へと向かう。
暫く歩いていると一部始終を知らない通行人たちが、鎖で縛っている男を担いでいる俺を見て何事かという顔をしていた。
目立ってしまっている。
もしこの男の仲間が見ていたら、また面倒事になりそうだぞ……。しゅ、守衛所はまだか?
盗まれた物を取り戻すために気が張っていたためか、冷静になると色々良くないことの考えばかりが頭をよぎり落ち着かなくなる。
「マスター、あの建物が守衛所になります。衛兵に訳を話してこの男を引き取ってもらいましょう」
ゴンザレスが指差す方向には、建物の入口に武装した2人の衛兵がいた。その建物には竜の絵が描かれた旗がいくつも並んでいる。
やっと着いた。早くこの男を引き取ってもらおう。
建物に近づいていくと、入口の側に立っている衛兵が怪訝な顔をしてこちらを見てきた。
「おい、止まれ。その担いでいる男はなんだ? 何用でこの守衛所に来たのだ?」
「実は路上でこの男に連れの者の荷物を盗まれまして捕まえたんです。それでこの男を衛兵さんに引き取ってもらいたくてきたんですが……」
「またスリの被害か……。そうか、ではここで暫く待っていてくれ。上の者に報告をしてくるので。オドリア、俺は隊長に話を通してくるからここを見ていてくれ」
「ああ、わかった」
衛兵の1人が建物の中へと入っていく。
とりあえず、担いでいる男を入口の横に降ろしす。こんな臭い男をずっとは担ぎたくないのが本音だ。
「君らも大変だったな。しかし、盗まれた物を取り戻すだけでなく犯人も捕まえるとは大したものだ。その格好からして冒険者かい?」
オドリアと呼ばれていた男が優しく話しかけてくる。
「ええ、そうです。冒険者になって日は浅いですが……」
「ははは、その装備を見ればわかるよ。君はともかく、そこの金髪の嬢ちゃんの装備は凄いな。
特にその弓。相当な価値のある武器なんじゃないか? そんなものを持っていたらスリの標的になってもおかしくはないよ」
オドリアはリリィの背中にある『ヴァルキューレの弓』を指差す。
そうだよな、俺はビギナー用の装備だから派手さはないが、リリィの装備は装飾が凄いから目立つよな。服の生地もいい素材で出来ているし。
「狙われたのは悔しいけど、仕方がないわ。冒険者は何時でも危険と隣り合わせだから」
「ははは、そうだな。ところで、さっきから凄く気になっているんだが、そこの銀髪のお嬢さんも君たちの仲間なのかい? どう見ても君たちと不釣り合いなのだが……」
オドリアに言われてゴンザレスを見る。
ゴンザレスの格好はフリフリとした純白のワンピースを着ているため、冒険者には全く見えない。むしろ、良い家柄のお嬢様といった感じだ。
「私は冒険者ではありません。マスターをサポートする従者みたいなものです」
「従者!? アハハハハ、こんな可愛い子が従者ねぇ。なんか複雑な関係みたいだが、強く生きろよ青年」
オドリアは笑いながら俺の肩をバンバン叩く。
なんか一人で勝手に自己解決している。まぁ、深く聞かれないよりはいいか。
頬を掻いていると入口の扉が開いて、中からさっきの衛兵が出てきた。
「待たせたな。被害にあった状況を詳しく聞きたいから、中に入ってくれ。それとその男はこちらで引き取る」
オドリアに軽く会釈をし建物の中へと入る。
案内された場所は、小さな部屋で真ん中にテーブルと4つの椅子があった。
「その椅子に座って構わない。なに、時間はそんなに掛からないから安心してくれ」
テーブルを挟んで男と対面するような形で座る。
「それでは早速だが――――……すまん。報告書を書くのに肝心な洋紙を持ってくるのを忘れた……ちょ、ちょっと暫く待っていてくれ」
衛兵は恥ずかしそうに部屋を出て行った。
「随分と間抜けな衛兵さんね。……ねぇ、ところでシノ。あの盗人が持っていた密書に書かれていたこと、どうするの?」
「ああ、とりあえず表向きは衛兵に任せる。これは公共機関の領分だ。だが俺たちも裏で動く。しかしまぁ、捕まえた盗人の男がマーメイドのお姫様の拉致計画に加担していたとはな。
必ず黒幕を捕まえて俺たちでお姫様を護る」
「うん。そうだね。『元素の宝玉』のことについて聞かなくちゃいけないしね」
リリィの言葉に頷く。それから暫く無言で衛兵が戻ってくるのを待つ。
ガチャ。
「いやー悪い悪い、待たせてしまってすまないね」
「いえ、気にしないでください」
衛兵が洋紙とインクペンをテーブルの上に置き、対面の席に座る。
「それじゃ改めて―――」
コンコンッ。
ガチャ。
「失礼するよ」
「ヴィクセル隊長!? どうなされたのですか!?」
衛兵が起立し、部屋に入ってきた男に向けて敬礼をする。
ヴィクセルと呼ばれた男は40代半ばだろうか、顔にはシワがいくつもあるがその眼光は鋭かった。他の衛兵と比べてその容姿は立派な服を着ている。隊長と呼ばれていたし偉い人物なのだろう。
「いや、報告に上がった盗人を今見てきたのだが、縛っていた鎖が中々外れないとオドリアが嘆いていてね。そのような鎖を扱う人物に興味を持って覗いてみたのだよ。アルバ君、私も事情聴取に同席してもいいかな」
「はっ! 勿論であります! ではヴィクセル隊長、こちらの椅子に―――」
「よい、私は立っているから君が座っていたまえ」
「は、はぁ。で、では―――」
アルバと呼ばれた衛兵は恐縮しながらも、いくつか質問をしてきた。盗みの被害にあった現場、その際、どのようにして盗人を捉えたかなど。
バカ正直に答えるつもりはないので、ゴンザレスのことは伏せておき束縛のスキルで捕まえたとだけ伝えた。
「束縛のスキルか。随分と面白いスキルを習得しておるのだな。どうりで普通の鎖と違うわけだ」
「後でスキル解除しますので」
「ああ、そうしてくれると助かる。……ところで、君たちは盗まれた物を取り戻した際、盗人のカバンから何か他に見ていないか?」
「あ、それなら――――」
「いえ、何も見てはないです。カバンを開けたら直ぐに盗まれた物が出てきたので。荷物は取り戻したし、早く衛兵さんに犯人を引き渡さなきゃって思っていたので直ぐにこちらに来ました」
リリィが余計なことを言う前に見ていないと伝える。
ヴィクセルはこちらの真意を見極めるようにじっと見つめてきた。目を逸らさないよう見つめ返す。
「……そうか。いや、すまない。アルバ、もう聴取はいいだろう。彼らを外へお連れしなさい」
「はっ! かしこまりましたっ!」
ヴィクセルはそのまま部屋の外へと出て行った。
「ふぅー……。緊張した……。っとすまない、情けない姿を見せてしまったね。あの盗人の処罰は我々に任せてくれ。では外まで案内しよう」
アルバに外に案内される際、盗人に巻きつけた『チェイン』の鎖を解除してから守衛所の外へ出た。
◇
守衛所を出た後、空を見上げると茜色に染まっていた。結構時間が経ったなと思いスマホウォッチで時間を確認すると『PM4:36』と表示されている。
もう今日はギルドに向かうのは止めて、宿を探したほうがいいかもしれない。
「さて、もうそろそろ日が沈みそうだし今日はもう宿を取って休もう。リリィ達もいいよな?」
「ええ、そうね。私も疲れたわ。じゃー、泊まる宿だけど何処にしようか」
暫く大通りを歩く。道行く人はこれから家に帰るのだろうか。
「んー、あ! あそこの宿屋なんてどう? 建物も綺麗だし、空室の看板も出ているから丁度いいんじゃない?」
「あれか。宿屋を吟味する時間もないしそこにしよう。……ん? どうしたゴンザレス?」
リリィが指さした宿屋に入ろうとすると、ゴンザレスが今歩いてきた大通りを見つめていたのに気づいた。
「マスター。守衛所から出てきてからずっとつけられています。まさかとは思ったのですが、どうやらあの鳥がずっとこちらを一定の距離で着いてきているのです」
「なんだって?」
ゴンザレスが指差す建物の屋根には、一匹の黒い鳥がこちらをずっと見ていた。茜色に染まる空の下、その鳥の存在は不気味だった。
「ねー、2人とも入らないの? もう、どうしたのよ」
「あの黒い鳥、ゴンザレスが言うには俺たちの後をずっとついてきているらしい」
「……え? それ本当?」
「ええ。私の索敵機能で着いてきているのを確認しているので間違いないです」
リリィは右手を顎に添え一人思案している。
「ねぇ、もしそれが本当なら……あの鳥、使い魔かもしれないわ」
「使い魔!?」
使い魔という単語が出てきた事に驚いてしまった。ここは異世界だから使い魔がいたっておかしくはないが、監視されるお覚えはないぞ。
いや、今日に至るまで色々とやらかしてきた……か? いやいやいや、それにしても……。
って、リリィ? なに『ヴァルキューレの弓』を構えているんだよ!? ほら、街の皆さんも何事かこっちを見ているぞ!
「お、おい」
リリィは建物の屋根にいる鳥に向けて弓を構えている。弦を引くと細い光の矢が出現した。
「―――スキル『ロック』」
スキルを唱えた後、光の矢が放たれた。そしてその矢は鳥に命中し絶命して地面に落ちてくるかと思ったら、そのまま黒い霧となって霧散した。
「―――なっ!!! き、消えた!?」
「やっぱりね。ねぇ、ゴンちゃん。あの鳥は何時ごろから私たちを着けていたかわかる?」
「守衛所を出てからですね」
「そう……。シノ、もしかしたら私たちトラブルに巻き込まれたかも」
は、はは。マジか……。
沈みゆく夕日の光りが目に染みた。




