33.馬車でのんびり……とはいかない ★
ベスパの街を出発して5日――。
アムール行きの馬車は運転している御者と俺とリリィ以外にも5人の乗客と4人の護衛がいる。馬車は前向きの座席で壁には座席ごとに窓があり、中央が通路になっている。日本のバス車内のイメージに近い。
俺が窓側に座っていて、その隣にリリィが座っている。
いわゆる乗合馬車というもので、街道の間にいくつもある宿場町を停留所として運行しているようだ。
できるだけ無理せず途中宿に泊まりながらアムールへと向かう。ちなみに防具装備は脱いでいる。護衛もいるし、何より移動している馬車の中での鎧は結構つらいからだ。
流れゆく景色をぼーっと眺める。
これから向かうアムール街は漁業が盛んらしくベスパに比べてとても活気があるという。海へ漁に出る男たちはとても逞しく豪胆だとか。
正直むさ苦しい場所は避けたいんだけど……。
余談だがここでとれた魚介類は、空間魔法で鮮度を保ち他の街へと取引されている。
鮮度が直ぐに落ちる魚介類は内陸の街にとってはとても貴重らしく運ぶには無理があったらしいが、とあるの男が物体の経年劣化を防ぐ空間魔法で物流システムを確立したそうだ。
だが空間魔法を扱える魔道士は数が少ないため、王国の管理下の元でアムールのみに商会が設立される。
その商会の名は『ウラヌス商会』――。
当然、市場はウラヌス商会が独占。王国側も介入しているので不正はないと思われるのだが、良くない噂が立っているという。
世界が違くても権力者というのは、力に溺れてしまうものなのかもしれない。
『マスター。5時方向、上空から魔物が接近してきています』
(魔物? どれどれ。鳥みたいな魔物か……数は7羽。かなり距離が離れているのに、あの大きさって……。)
『翼を広げた状態で全長6メートルありますね』
索敵機能で特徴を把握したのか。流石頼れるゴンザレスだ。とりあえず、目の前の席にいる護衛に人に知らせよう。
「あのー、護衛の人。あれ魔物じゃないですかね?」
「なに? ……げぇ!! あれはカルナンバードか! ちっ……厄介な奴に目を付けられてしまったな……」
片手剣を装備している護衛の男が馬車の外を覗いて舌打ちしている。
馬車の乗客たちから動揺する声があがる。厄介な魔物なのだろうか。
「あの鳥って強いんですか?」
「ああ、あの魔物の羽についている鱗粉は厄介でな、獲物に幻覚を見せ襲うんだ。この辺では滅多に見ない魔物のはずなんだが……おい運転手ッ! 厄介な魔物が出た! 馬車のスピードをもっと上げろ!」
「カルロ、魔物が近づく前に私が迎撃してみるわ。距離があるけど、鱗粉を浴びせられる前になんとかしないと」
弓を携えた護衛の女が馬車の後ろ扉を開け、上空の魔物に弓矢を構え放つ。だが矢はいとも簡単に避けられてしまった。距離があるから難しいところだ。
「くそっ、まだまだ!」
護衛の女は矢を放っていくが尽く避けられていく。どうやらカルナンバードは最初の攻撃から学習し、この馬車との距離を一定に保ち攻撃が収まるのを待っているかのようだった。
鳥の癖に賢いなぁ。でも護衛にはもう一人魔道士がいるから何とかなるだろう。って、あれ? リリィ何処いった?
「ケイト、無理に撃ちすぎるな! 矢が直ぐに底をつくぞ。 ベッグ、遠距離魔法いけるか?」
「ああ、任せとけっ――うわっ!!」
「援護するわ。ちょっとおじさん横にずれて」
「え、ちょ、ちょっとお嬢ちゃん!? 援護って……」
ちょーーーー! リリィ!!? なに護衛の人を押しのけて扉の前で仁王立ちしてるのぉぉぉ!
しかもその手に持ってるの俺が渡した武器じゃねーか!
『マスター。リリィはやる気満々ですね』
(見りゃわかるって!)
リリィの左手には『ソウルガチャ』で手に入れたアイテム『ヴァルキューレの弓』が握られている。魔力で光の矢を生成し対象を射殺す弓で、魔力が無い俺にとってはあまり必要が無いものだ。
魔力を上げるアイテムもあるが、弓を専用武器としているリリィに渡したほうがいいだろうと思い譲渡したのだ。
他にもリリィには様々な『ソウルガチャ』アイテムを渡している。
魔力を底上げするピアス『妖精の涙』、素早さを底上げする『サンドリアの服』、全ての能力を底上げする『クロイツのネックレス』、そして命中精度を上げるスキル『ホーク・アイ』。
ちなみに余談だが『サンドリアの服』は袖の部分を首の付け根から脇の下までカットしたネックライン型の黒いアンダーだ。元居た世界ではアメリカン・スリーブと呼ばれる。
露出が多い装備にリリィに文句を言われたことを思い出す。細身のリリィに似合うはずだと言うと、何も言わなくなったが。
『マスター。戦闘中です』
(はい、すんません。)
リリィが片膝を床につけカルナンバードに向けて弓を構えると、中心に一本の光の矢が出現する。
「―――――スキル『ロック』!」
リリィのエメラルド色の瞳が輝き、馬車の移動により光の残光が流れていくのが見える。狙いを定めた矢が放たれ―――。
パァン!
―――勢いよくカルナンバードの頭を吹き飛ばした。
「「「「「 え”え”え”ぇぇぇ!!! 」」」」」
周りの者たちは当然その威力に驚いていたが、それ以上に撃った本人が口を開けて驚いていた。
何故お前が驚く。
『マスター。威力調整の仕方を教えましたか?』
(なにそれ? そんなの説明に記載されてなかったぞ?)
『マスター。あの武器は装備者の意思で矢の威力を調整できます。消費魔力が多くはなりますが、リリィは全力で矢を放ったのでしょう』
(おっふ。確かに魔物相手ならいいけど対人だとやばい威力だよなあれ。確か特殊効果『眠り』が付加されているはずだが『眠り』どころかあれじゃ『永眠』だなー……。)
「な、なにこの威力……。シノ! この武器こんなに強いの!? 爆発系の魔法使ってないのに、弓矢の威力じゃないよこれ! 」
リリィが俺に詰め寄ってくる。
いや、リリィさん! 残りの魔物はどうした!? うわ、ちょ、ガクガク揺らさないで! うっぷ!
「俺に聞かれても。俺だって初めて見たんだし。だけど安心してくれ、威力調整が――――」
『マスター! 残りの魔物が急接近してきています!』
ゴンザレスに言われ窓から上空にいるカルナンバードへ視線を向けると、4匹がこちらに急降下してきている。残りの2匹は馬車の前面へと旋回している。どうやら挟み撃ちで馬車を攻撃するようだ。
「うわ! 前から魔物がぁぁぁ!!」
御者が車輪を止める減速レバーを思いっきり引いたのだろう。急ブレーキがかかった馬車がバランスを崩し横転し始める。
「きゃああああ!!」
「うわ! 馬車が倒れるぞ!」
やばい! ええい! イチかバチかだ!!
右手のひらを床へと突き出す。
「―――スキル『|リストレイント・チェイン(束縛の鎖)』ッ!!!」
窓の外には8つの青い魔法陣がぐるりと円を描くように展開し、束縛対象へと鎖が伸びる。
カルナンバードに向けてではなくこの馬車に向けて。
鎖が巻きつく衝撃が走るが、横転しそうになった馬車の動きが止まる。どうやら間に合ったようだ。
『マスター! 魔物との距離30M!』
「くそ! クイックオープン! 『ミスリルソード』!」
具現化された武器を握り締め、横転しかけて上向きになった窓から外へと飛び出す。
馬車から飛び出し辺りを見回すと6匹のカルナンバードが視界に入る。外へ飛び出た俺をチャンスと思ったのだろう、カルナンバードが俺へと目標を変え迫ってきた。
一気に纏めて倒すしかないな。
馬車に被害が出ないように空中へと飛ぶ。徐々にカルナンバードが近寄ってくる。
空中で体が落下し始めるのを感じながら『ミスリルソード』を腰だめに構える。
(ゴンザレス! スキル発動のタイミングを計れ!)
『了解! マスター!』
挟み撃ちで攻撃してくるカルナンバードにスキルを撃ち込むタイミングをゴンザレスに委ねる。
『………――今です! マスター!』
「―――スキル『円迅』!!!」
ミスリルソードで円を描き斬ると衝撃波が巻き起こる。だがそれはいつもの衝撃波ではなかった。絶対零度の冷気を帯びている衝撃波の直撃を受けたカルナンバードが瞬く間に凍り、粉々に弾けた。
うぉぉ! 属性がスキルに反映されてる!? マジか!
氷の破片と一緒に地表へと着地し、馬車の方へと向くと中からリリィが出てきて駆け寄る姿が視界に映る。
「シノー! やったね♪」
リリィが右手のひらを上げてきたので思わずハイタッチをする。パチンと心地いい音が響き渡った。
「いやいや、やったね♪ じゃないからッ! しかも思わずハイタッチしちゃったしッ! リリィ、マジで勝手なことはやめてくれ!」
「ん? なんでよ? 魔物は無事倒せたんだからいいじゃない。それとも何? あのままあの護衛の人達に任せとけば良かったとか?」
「そうだよ、それそれ! もしかしたらあの人達がなんとかしたかもしれないだろう? 下手に横槍を入れないほうがいいんじゃないかって―――むぐぅっ」
両手で頬をむにゅうーっと挟まれた。しかも顔が近い。
「シノ、さっきの人がなんて言っていたか覚えてる? 厄介な魔物だって言っていたのよ。なら、加勢するのは当たり前じゃないの?」
む。確かに普通に考えればそうだ。下手をすりゃ被害が出たかもしれない。護衛の仕事なんだから余計な手出しはしないほうがいいと変に固執していたみたいだ。
「ひゅ、ひゅあん(す、すまん)」
「ん。わかればよろしい」
挟まれていた頬はやっと解放された。
「にしてもこの『ヴァルキューレの弓』凄いわね。倒すつもりではいたけど、あんな威力があるなんて私ビックリしちゃったよ」
「ああ、それ装備者の意思で矢の威力を調整できるんだよ。込める魔力量によって威力が変わるみたい」
「へー、そうなんだー。って、それを早くいいなさいよねっ! これくれた時に言ってほしかったよもう……ぶつぶつ」
「わるいわるい。次から気をつける」
リリィはぶつぶつ言いながらも『ヴァルキューレの弓』を眺めている。
「うわ! な、なんだこの光る鎖は!? これが馬車の横転を止めているのか!」
あ、いけね。 馬車を束縛したままだった。
馬車の方へ振り向くと、中から乗客たちが次々と降りてくる。
カルロと呼ばれていた護衛の男が俺の方へ駆け寄ってきた。
「君! 無事か!」
「ええ、大丈夫です。魔物も倒しましたので安心してください」
「あ、ああ。まさかカルナンバードをいとも簡単に倒してしまうとは。あんたたちも冒険者か……」
さてどうしたものか。
リリィと目を合わせると『あんたがこの場をなんとかしなさいよリーダー』と目で訴えかけている。
「ええ、だけどしがない冒険者ですよ」
「そうだったか! ありがとう助かったよ! 正直我々だけでは危なかった。君たちが乗車していてくれてたことに感謝する」
「ア、アハハ、いえ、お礼を言われる程にはそんな……」
「私の名前はカルロ。失礼でなければ名前をお伺いしてもよろしいか? カルナンバードを倒す強さをお持ちなんだ。さぞかしランクも高いのでしょう」
カルロは爽やかな笑顔で握手を求めてきた。
「シノです。こっちの女の子はリリィ。ランクは……そこそこですが、次の宿場町まで僕らも護衛に加わりますよ」
「おお! それはありがたい! シノ殿にリリィ殿、恩にきます」
差し出された手を握り返す。
「ふふ、流石シノね。よくわかってる♪」
背伸びをして俺の頭を撫でてくるリリィ。
恥ずかしいから止めてくれ……。
「さてと、まずは鎖を解除しないとな」
ゴンザレスにソウル回収を頼みながら、俺は馬車の方へと向かっていった。




