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31.リリィ

 シノノメ・トオル―――。


 最初出会った時は気にも止めなかった。

 商人の護衛クエストで偶々(たまたま)一緒になった男の子。


 だけど途中で気を失い、なし崩し的に私たちが介抱することになる。

 正直めんどくさいと思った。なんで赤の他人の面倒を見なければならないの?


 でも受けてしまったからにはしょうがないか。なら、こいつが起きたらせめて宿代だけでも請求しよう。


 で、目が覚めたらさっさとさよならだ。その程度の男の子。きっと直ぐに忘れるだろうと思った。


 だけど、その男の子は変な奴だった。身なりは見たことのない服装をしているのに出身はノアル村だと言う。あの田舎村でこのような上質の布を使っている者は見たことがない。胡散臭い奴だと思った。


 私は人の機微を敏感に感じることができる。何か下心や疚しいことを考えていたら直ぐに分かる。

 化けの皮を剥いでやると思っていたが、話していたらそんなことは微塵も感じなかった。


 むしろ、時折悲しそうな顔をする。


 なんか訳ありなのかな。ちょっと気になってしまったが直ぐにおさらばする間柄だ。関係ない関係ない。そう思っていたのに、私が食器で指を切ると男の子は高価なポーションを使って傷を治してくれた。


 その行動に驚いてしまった。たかが指を切った程度なのに。


 なんで? もう目が覚めたんだからこの後は赤の他人。気絶したあんたを、なし崩し的に介抱しただけ。宿代も貰ったし後はさよなら。


 なのに何で……。


 男の子はどこか困った顔で、私が痛がっている顔を見るのが辛いからと苦笑する。

 その声は優しげで、裏表のない純粋な気持ちが込められていた。


 あ―――――。


 瞬間、顔に熱が篭るのを感じる。


 え? え? なに!? なんなのよもう!


 なんで心臓がドキドキと大きく鼓動するのよ……!


 きっと今のあたしの顔は真っ赤に違いない。突然の鼓動に戸惑っているとマッドが街を案内してやると男の子に言い出す。

 助かった。空気の読めないマッドにしては上出来だわ。今のうちにこの鼓動を沈めないと。


 それからマッド達と街の中を案内する。


 この男の子は不思議な奴だった。道具屋で特殊なマナポーションを平気で相手の言い値で売ったり、Lv1なのにLv25のマッドを殴り飛ばしたりと。


 それでいて謙虚に人に優しく接する男の子――――。


 変な奴―――。


 この時からシノのことが気になり始めるようになった。


 シノは2歳年上だが、Lvは私のほうが上。この世界ではLvが高いほど敬れる。もちろん、人生を長く生きる年上の先輩を敬うがそれでも、結局は力がある者が上なのだ。

 Lv1なのにありえない光景を見せられて、私はシノにライバル視をして気になっていたのかもしれない。


 でも、そんな言葉では片付けられないくらいの事が起きた。


 私の村が突然現れたドラゴンによって全滅―――。


 なんで? どうして? 


 頭の中が真っ白になり私は無我夢中でドラゴンに挑んでいき、そして絶望を味わう。

 

 私のわがままで大切な仲間を危険に晒してしまったこと、そして村の皆の敵を打てない自分の無力さに……。

 ドラゴンが私目掛けてブレスを放ってくる。諦めて目を閉じ死を受け入れようとした時、聞き覚えのある優しい声が聞こえた。 


 シノだった。シノがブレスを弾き、背中を見せ目の前で立っていたのだ。


 諦めるなよ、と――――。


 無力でもいい、最後まで足掻いて村の皆の敵を取れと、そう聞こえた。


 実際彼は村の事は知らない。だけど、その一言が私にはそう思えた。

 涙が溢れる。どうしようもなく涙がポロポロと。


 そしてシノはドラゴンを倒した。見たことのない強力な武器を使いながら。

 シノはギルドで冒険者たちに賛美の言葉を送られても驕らず、むしろ私のことを心配してくれた。


 どうしてそこまで私を心配してくれるの? 


 その気遣う言葉に少しずつ、彼の優しさが心に染み込んでくる。


 なんだろう、この気持ちは。なぜだか胸が暖かくなってくる――。


 初めて味わう感覚に戸惑いながら、私はその日の内にある決心を固める。

 故郷を全滅にした元凶である『風の玉』がシノの体内に吸収されたのだ。私は真実を知りたい。なら、シノについて行くべきではないか、と。

 マッド達に私の気持ちを伝えると、暫く考え込んだあと私の背中を押してくれた。それが私の為になるならばと。


 後はシノが了承してくれれば……。


 次の日私の願いはあっさりと叶ったが、その時にシノの秘密を知ることになる。彼は異世界人だったのだ。


 最初は聞き間違えかと思ったが、シノは嘘をついてはいなかった。

 珍しいスキルで様々なアイテムを生み出していく。それは世の理から逸脱している力。

 私は唯々、驚くことしかできなかった。


 シノはその生み出したアイテムをマッド達に餞別として渡していく。

 これからシノの旅について行くということはマッド達とお別れになる。この街から出ていき、もう2度と戻ることもないかもしれない。


 その前に私は心残りがあることをシノに伝えた。それは故郷の村人達の弔いだ。せめて彼らの魂を天へと導いてあげたい。

 シノは快く承諾してくれた。そしてシノの力で生み出したアイテムで私の故郷の跡地へと向かう―――。


 緑豊だった『風の森』は見る影もなく腐敗し荒れた大地へと変わっている。悲しみと悔しさが込み上げてきて涙が出そうになる。


 けど、私は泣かない。泣いてしまったら、また皆を心配させてしまう。私は努めて気丈に振る舞う。しかし、その行動は無駄に終わってしまう。


 シノに渡された花束を献花すると、不意に懐かしい思い出が脳裏に浮かんできたのだ。目頭が熱くなり、不意に頬を涙が伝う。


 お父さん……、お母さん……。


 突然背後から一瞬強烈な光りが起き、振り返るとシノが淡く光る3つの魔法陣を出現させていた。

 何かを決心したシノと目が合う。

 涙で視界が滲む先ではシノが様々なアイテムを生み出していき、その手には虹色に輝くフルートが握られていた。


 シノ……何を……。


 シノがその虹色に輝くフルートを吹くと何処からともなく、虹色に輝く燐光が腐敗した大地へと降り注いでいく。

 それは幻想的な光景だった。辺り一面に新緑の木々が生い茂っていき、足元には様々な花が咲き乱れていく。


 演奏し終えたシノは優しい顔で私を見つめる。その瞳に吸い込まれるように私はシノの前へと向かう。


 なんで、ここまでしてくれるの……シノ? どうして……。


 様々な疑問が浮かび上がる。


 どうしてそんな優しいのよ……。


 シノは微笑しながらゆっくりと口を開く。


 「何故って、そりゃ……。リリィが泣いているからだよ。リリィの悲しむ顔を見たくなかったから。少しでもその悲しみを和らげてあげたいと思った。

 それに村の人達を弔うなら腐敗した大地より、緑自然豊な大地がいいだろ?」


 その時になって私は初めて気づく。


 ああ、そうか。シノは他人の痛みに誰よりも敏感なんだ―――。


 シノはたまに悲しい顔をする時がある。それはきっと郷愁の念にかられているからではないか―――。


 自分のことできっと精一杯なはずなのに。故郷を失い悲しむ私を心配してくれる。


 なんて優しい人なんだろう―――。


 頬を流れる涙が止まらない。声にならない声が出る。


 私はこの人に何かしてあげられただろうか―――。


 シノは私の頭を優しく撫でてきた。


 トスンッ。とシノに抱きつき、その胸板に顔を埋める。


 シノの優しさが心に響く―――。


 彼が愛おしく思えてくる――。


 ずっと抱いていた気持ちの正体に気づく。


 ああ、どうやら私は彼に恋をしてしまったんだ――。


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