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21.霧~リリィ視点~

「ガハハハハ、今日も無事に討伐クエスト達成だな」


 隣にいるマッドの馬鹿でかい笑い声が辺りに響く。時刻は夕刻、王都とベスパを繋ぐ街道付近で討伐目標の魔物を倒し終えたところだ。

 マッドは大剣を軽々と肩に担ぎ笑っている。ボナとミーナは今倒したばかりのグレイウルフの尻尾を切り落としていた。


「マッド、私の隣でそんな大きな声で笑わないでよ。耳に響くじゃない」


「ん? なんじゃい、別にいいではないか。にしてもリリィ。最近のお主、ヤケに気合入っているではないか。やっぱり、シノに触発されているのかの」


 シノの名前がマッドの口から出た時、ドキリとし左手に持っていた弓を落としそうになる。

 慌てて弓をしっかりと持ち直す。


 う~~。な、なんであいつの名前が出てくるのよ。


 マッドに抗議しようとすると、討伐クエストの証である魔物の指定部位を剥ぎ終えたボナとミーナが寄ってくる。


「なになに? リリィちゃん、シノさんの事が気になってるの?」


「ち、違うわよ! なんでそうなるのよ」


「でも、実際にシノッチと出会ってから魔物討伐に精を出しているじゃない。でもまぁ、気持ちはわかるわ。Lv1なのにLv25のマッドを殴り飛ばしたんだもの。

 リリッチも触発されてるんでしょ。Lv24なのにLv1のシノッチに負けるのが悔しいのよねん?」


「う……」


 図星な事を言われ言葉に詰まる。正直な話シノと知り合ってから今日まで4日間、魔物の討伐に積極的に参加していた。

 つい先日、いつものようにギルドへ足を運び掲示板のクエストを見ていると、ギルド内である噂が流れていたのだ。Lv1の冒険者が「C」「B」ランクの魔物を倒してきたという。しかも、正式な依頼を受けてなくてだ。

 普通はありえない。Lv1で挑むなんて自殺行為だ。だが、目撃者によると指定部位どころか、倒した魔物の死骸ごと空間魔法で運んできたと話していた。

 その噂を聞いてまさかシノなのではないかと、マッド達と話していた。流石に「B」ランクは話を盛りすぎではないかと半信半疑だった。そんな噂もあってか負けず嫌いな私はついつい意地を張ってしまう。

 

 本来、前衛のマッドとボナをサポートするのが役目なのだが、シノに負けたくないという思いで前衛に負けないくらい攻撃してしまうのだ。

 お陰で矢の消費量も半端なかった。


「ふふ、リリィちゃん負けず嫌いだもんね」


 ミーナが優しく微笑む。つい恥ずかしくなり下を向いてしまう。


「だが、無茶はいかんぞリリィ。変な意地で戦闘状況を誤れば死に繋がるからな」


「わかっているわ、マッド。その、気をつける」


「あら、珍しい。リリッチがマッドに素直に謝るなんて」

 

「私だって謝る時だってあるわよ! もう、しらない」


 頬を膨らませて、そっぽを向く。


「ガハハハハ、怒るな怒るな。さて、ベスパに戻りギルドへ報告完了を終えたらエールでも飲むかのう」


「マッドは何時もそればっかりよねん」


 皆して笑いながらベスパの街へと続く街道を歩いていく。



 ◇



 ベスパの街についた時にはかなり日が落ちていた。「月夜の時間帯」の少し前といったところだろうか。今日も結構な運動量で汗をかいていたため、早く湯に浸かりたい気分だった。

 だけどその前に、ギルドに完了報告を伝え報酬をもらわなければならない。人をかき分けながら大通りを歩く。


「あー、腹減ったのー。 お、あそこの露店で串焼き売っておるぞ」


「ちょっとマッド、報告を終えてからにしなさいよ」


「そうよん、ノンノン。この後またエール飲みながらドカ食いするんでしょ。今は我慢しなさいな」


 まったく、マッドの腹の燃費の悪さには呆れる。さっさと歩きだそうとする。



 ゴーーン!! ゴーーン!! ゴーーン!!



 突然、けたたましい鐘の音が鳴り響く。何事かと思い、鐘楼のあるギルドの方へと顔を向ける。「月夜の時間帯」の鐘の音にしてはまだ少し早いし、何よりこれは警鐘?


「おい! 西の空を見てみろ! でっけぇ霧が空に立ち昇っているぞ!」


 一人の男が叫び、西の方角へと顔を向けると不気味な霧が立ち上っていた。それは巨大な竜巻が巻き起こっているかのようだった。


「――――!!」


 その霧を見て不安を覚える。西の方角には私の故郷がある。ノアル村の近くの森にオルテガという村があるのだが、村は人目につかぬよう結界が張られていて外からでは視認できないし、エルフ以外村の中には入れない。


 オルテガ村にはある宝玉が祭られている。世界を構成するといわれている至宝『元素の宝玉』の1つ、『風の玉』と呼ばれるものだ。


 もしかしたら村に何かあったのではないかと不安になる。


「おい、ギルドに向かうぞ。何かしらの対策を講じるかもしれん」


「そうね、マッドの言うとおり急いでギルドへ向かいましょう」


「ほら、リリッチぼけっとしてないで行くわよん」


 ボナに手を引かれながらも、西の空に立ち上る霧から目が離せないでいた。



 ◇



 ギルドの中に入ると、私たちと同じように駆け込んでくる冒険者たちがいる。皆、何かしらの情報を集めるために来たのだろう。


 ロビーには普段より多くの冒険者たちが集まってきている。


「あ……」


 その中に見覚えのある後ろ姿を見つけたが、すぐさま人の波の中に消えていった。


「皆の者、静粛にしたまえ」


 ロビーにひときわ大きな声が響く。カウンター中央に頭のハゲた中年の男がいた。身なりからして上役の身分だろう。


「諸君、よくぞ集まってくれた。私はギルドべスパの副ギルド長を務めるアスターというものだ。既に皆も目にしたと思うが、西の方角に突如として謎の霧が発生した。

 我々はこの異常事態に対応すべく、緊急偵察クエストを発行する。自然現象なのか人為的なのかを探るためだ。できれば多くの者に参加してほしい。掲示板に詳しい内容を記す。以上」


 副ギルド長は奥の部屋へと消えていく。ロビー内にざわめきが響き渡る。


「おい、どうする。受けるか?」

 

「いや、流石にやめておいたほうがいいんじゃないかしら」


「そうねん、ミーナの言うとおり受けないほうがいいと思うわ」


 ボナとミーナは反対意見のようだ。だけど私は……。


「ね、ねぇ、皆……。私、どうしても確認したいことがあって、偵察クエストを受けたいと思ってる」


「リリッチ、本気!? こういう危なっかしいのは止めた方がいいと思うわ。情報が少なすぎるし、何より得体が知れないじゃない」


「ボナ、それを調べる為に偵察クエストが発行されたんじゃろうが」


「だ・か・ら、もし未知の敵がいた場合が怖いのよん。こういう依頼はリスクが高いの。だから、止めた方がいいわリリッチ」


 ボナの言いたいことは分かる。確かに得体の知れないものには近づかないほうが身の為だろう。

 だけど、どうしても確認しなくてはならない。


「で、でも……」


「ねぇ、リリィちゃん。理由を聞いてもいいかしら。何故このクエストに拘るの?」


 ミーナが優しく諭すように聞いてくる。マッドもボナも私が口を開くのを待っている。


「実はあの霧の方角に私の故郷の村があるの」


「え? あ、あんな所にエルフの村なんてあったの? マッド知っていた?」


「いや、知らん」


 無理もない。


「村には結界が張られていて外からじゃ視認できない上に、エルフ以外は村の中には入れないようになっているの」


「そ、そっか。だからリリィちゃん、村の皆が無事か確認したいのね」


「うん……」


「リリッチ、そうならそうと早く言いなさいよねん。なら、クエストの登録をしてくるわん」


「え? い、いいの?」


「当たり前じゃない。仲間の家族が危険な目に合ってるかもしれないなら助けるのは当たり前でしょ。だから泣かない顔しないでリリィちゃん」


「そういうことよん。じゃ、カウンターに行ってくるわ」


 ボナはそう言うとカウンターの方へと歩き出していく。ミーナは優しく頭を撫でてくれる。仲間の気遣いに涙が出そうになるのをぐっと堪える。


「皆、ありがとう……」


「だがリリィ。最悪の事態だけは覚悟をしておけよ」


 マッドは真剣な目で見つめている。最悪の事態……、村が全滅しているということも覚悟をしなければならない。


「うん。わかっているわ。マッドもありがとうね」


「ならよし! さて、もうひと仕事頑張ろうかの!」


 マッドはニカッと笑いながら頭をくしゃくしゃと撫でてくる。


「うん!」



 ◇



 ベスパ街を西に出て暗闇の中を6台の馬車が走る。6人組パーティが3組と4人組パーティ3組の計6組だ。それぞれの馬車はパーティごとに分かれてる。


 各パーティには魔道士がいるため、ライティング魔法で暗闇を照らしながら進む。本来、暗闇の中を移動するのは危険だ。夜行性の魔物が多い上、いざ戦闘になったら暗闇の中では不利だからだ。

 だが今回は6人の魔道士がライティングで辺りを照らしているため、闇夜に紛れて襲われる心配は多少回避されると思われた。


 このスピードなら休憩を挟んでも明け方頃には目的地に着くだろう。


「う~、にしても寒いわねん。ギルドの方で馬車を支給するって言うからラッキーって思ったけど、これただの荷馬車じゃない! 寒いのよ!」


「だがボナ、暗闇の中を移動となると周りを見渡せる荷馬車が最適だぞ。それに、寒いのは筋肉が足りていないからだ。わし全然寒くないぞ」


「マッド、流石にそれは関係ないわ」


 この時期、昼間は暖かいのだが夜になるとかなり冷え込む。皆それぞれ防寒対策はしていたつもりだが、やはり吹き曝しの荷馬車は結構きつかった。


 2時間ごとに休憩を取りながら、目的地まで進む。途中、グレイウルフの魔物の群れに遭遇したが30人の冒険者の前では相手にはならなかった。


 そして出発してから12時間、日が昇り始めた頃に目的の霧の前まで到着した。近くで見る霧は唯々大きかった。その場所は森があったはずだが、霧が全てすっぽりと包んでいる。


「お、おい。霧の境の地面を見てみろ……」


 他のパーティの冒険者が指を差す先を見つめると、ありえない光景があった。


「草が……霧に触れている部分が腐っている……」


「おいおいおいおい、やばいんじゃないかこれ」


「ちょっと待ってろ。夜中に仕留めたグレイウルフの前足がある。これを放り込んでみよう」


 冒険者がグレイウルフの前足を放り込む。すると霧に触れた途端に腐り溶けて骨だけになる。


「拙いな……。この霧は瘴気か……。とてもじゃないが近づけない」


 瘴気と言う言葉を聞いて愕然とする。最悪の事態が起こってしまったことに。


 そんな……まさか村の皆はもう……。


 そのまま足元から地面に崩れ、呆然と霧の向こうを眺める。


「リリィ、しっかりしろ! リリィ! 自分を保つんだ―――」


 マッドの声が遠くから聞こえてくるように感じる。


 呆然と霧を見つめていると、突如霧が引き始めた。


「な、なんだ!? 何が起きている!」


 霧は中心部へと吸い込まれていく。霧が引いた場所は草木が枯れ、動物の骨だけになった死骸が顕になり見る者を絶望的な気持ちへと変えていく。


 霧が完全に引くと、数百メートル先のその中心部には巨大なまゆがあった。大きさは30メートルを超える程大きく、繭から脈動の音と共に不気味な緑色の光りが点滅している。


 脈動音が止まり、辺りに静寂が訪れる。


 繭が裂け、中から緑色の鱗をし背中には巨大な羽、頭には鋭い角が4本、その両手両足には鈍く光る爪が、低い唸り声を上げるその顔の瞳は緑色に輝き、残光を残す――――。


 その姿はまさにドラゴン。神話に出てくる生物、究極の生命体がそこにいた。


 『ゴアァァァァァアアァ!!!』


 ドラゴンは胸を反り上げ、こちらに向けて咆哮を上げる。それは絶望の咆哮。聞く者全てを震え上がらせていた。


 遥か先の目の前にはドラゴン、周りは朽ち果てた森の姿。そしてそのドラゴンのいる場所はかつて故郷の村があった・・・・・・・・場所だった。


「うあああああああああああああああ!!」


 目の前が真っ白になり、駆け出す。左手に弓を持ち、腰に装備している矢筒から矢を抜き取る。


「ファイヤーアロー! ファイヤーアロー!」


 走りながら弓矢を構え、ありったけの魔法スキルを撃ち込む。


「ファイヤーアロー! ファイヤーアロー! ファイヤーアロォォォ!!」


 やじりに炎属性が宿り、ドラゴンへと命中し爆発するが傷一つ付いていなかった。


 自分の無力さに、目の前の強大な敵に絶望し立ち止まる。


「う、うぇ……ぐす……」


 村の皆が死んだしまったことに悔しさが込み上がる。


「戻れリリィ! リリィィィ!!」


 後ろの方からマッドの叫ぶ声が聞こえる。


 ドラゴンが口を大きく開けた先に、魔力の渦が巻き起こり、緑色に発光したエネルギーの塊が蓄積されていく。


 遂に口からエネルギーの塊が発射され、死を覚悟して静かに目を閉じる―――。


(皆、巻き込んじゃってごめんね……)


 諦めたその時、誰かが目の前に立つ気配が感じられた。 


「え……」


 聞き覚えのある声に目を開けると、巨大な漆黒の大剣と青い燐光を放つ白銀の剣を持った青年の背中が目の前にあった。


 青年は目の前に迫ってきていたエネルギーを大剣の腹で弾き飛ばす。


 響き渡るのは爆発音ではなく、訪れたのは静寂――――。


「―――大丈夫か、リリィ」


 そして響き渡るのはシノの優しい声だった。



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