17.過ち
男は走る。歳は30代中頃だろうか。必死に何かを叫びながら走る。
右手にはショートソードが握られている。何かを追いかけていると言うよりは、見えない何かから逃げているようだ。
叫びながら走る男は徐々に息を切らしていく。見えない恐怖に逃げるため必死に走り続けていた為だろう、バランスを崩し足を縺れさせ前のめりになりその場に倒れていく。
その顔は「ああ、もう助からない」と、諦めにもにた絶望の顔であった。
そして男は倒れ込んだ地面の真下から飛び出してきたサンドワームによって飲み込まれた。
『マァァァァァッック!!!』
別の方向から声がしてきた。声のする方へと顔を向けるともう一人、別の男が呆然と立ち尽くしていた。仲間が目の前で喰われたことにより、ゆっくりとやるせない表情に変わっていく。
飲み込まれた場所をじっとただ見つめている。マックと呼ばれた男は既にその場所にいない。マックを飲み込んだサンドワームも既に地中へと潜っている。
男はマックのいた場所に向かおうと歩き出そうとした瞬間、突然地中からまた現れたサンドワームに下半身半分を飲み込まれ、そのまま地中の中へと引きずり込まれてしまった。
『ジェミィィィィ!! ああぁ……。そんな……』
また別の方向から声が聞こえてくる。声のした方へと向くと、泣き崩れる男がいる。
地に伏せ泣いていた男と目が合う。
『頼む――――、
俺たちを殺さないで……』
瞬間、ぬちゃり……と両腕に生暖かい感触があった。
両腕を前に掲げると、そこには―――血まみれになっている両手が視界に入った。
足元はいつの間にか血だまりになっており、そこにはズタズタになった二人の――――――。
『うああああああああああああ!!』
あまりの壮絶な光景に、叫び声を上げ俺は―――。
「ハッ――――!!」
勢いよくベットから上半身を起こす。
「――ハァ! ――ハァ! ――ハァ!」
辺りを見回す。そこは、血まみれになった場所ではなく、『豚の満腹亭』の部屋。そう、俺が宿泊で借りている部屋だった。
窓の外を見ると、夜は更け静寂が訪れている。窓から差し込む月明かりの中、呼吸を整える音だけが響いていた。
「ハァ、ハァ、ゆ、夢……?」
あまりの凄まじい光景の夢に、体が震えていた。いや、夢の光景は事実、昼間に俺が2人の男を見殺しにした内容そのままだった。
カチ、カチカチ―――ガチガチガチガチ――。
静寂の中、部屋に火打石を打ち付けるような音が響いてくる。
音源は自分の歯だった。震えで歯が打ち付け合い、ガチガチと音が鳴る。
初めて人が死んでいくさまを目の当たりにした。自分の身を守るとはいえ、俺が自分の意思で人を見殺しにしたのだ。
今更ながらに後悔と罪悪感に胸が押しつぶされそうになり、シーツを体に巻きうずくまる。
『……マスター』
ゴンザレスの心配するような声が響く。
「ゴンザレス、俺、自分の身を守る為に人を利用し見殺しにしちまった……。いや、殺したようなものか……。覚悟はしていたつもりだったんだがな……」
暫しの沈黙が流れる。
「……なぁ、ゴンザレス。俺、今更ながらに後悔してる……。自分のみを守ることに躍起になって、肝心なことが見えていなかった。別に殺さなくてもよかったんだ。やりようによっては他にも方法はあった。
元の世界に帰れたとしても、もう……親父とお袋に会わせる顔がねぇ……。 俺は……、俺は人殺―――!!」
『マスターッ!!』
突然、ゴンザレスに怒鳴られる。
今までゴンザレスに怒鳴られたことなんて一度もなかったので、ビックリした事と同時に、膨れ上がった感情がゆっくりと沈静化していく。
『マスター、それ以上先の言葉を申されるのはお止めください……』
「…………。」
ああ、そうか。俺の思考を読んだのか。なら、事実なんだから……止めるなよ……。
「……ゴンザレス、いま……悟ったよ。ノアル村で『人としての矜持』とか口にしていたが、俺はただの『偽善者』だ。
何が……何が人を見殺しにしたくないだ。 俺は自分の身可愛さ余りに人を利用し、見殺しにしたじゃねぇか!! 俺はッ! 俺は……最低のクズ野郎だ!!!」
心に溜まった泥を吐き出すように叫ぶ。
誰かに罵って欲しかった。じゃいないと、罪悪感で心が押しつぶされそうになる。頼むゴンザレス、俺を罵倒してくれ……。俺の行動は、間違っていた……。
『マスター。……確かに人を見殺しにした事は事実です。しかしまた、ノアル村で人を助けたこともまた、事実です』
ゴンザレスの一言に、俯いた顔を上げる。
『……何が正解で不正解なのかは、私にはわかりません。この世に一つの正解など無いと思います』
ゴンザレスはゆっくりと、諭すように語りかけてくる。
『……ですから、そんなにご自身を責めないでください。
マスターの昼間の行動が過ちだというのなら、その過ちを止められなかった私にも責任があります。
私はマスターのサポートAIです。ですから、罵られるなら私の方です』
「……ゴンザレス、何を言って――」
『マスターが悲しむと何故か私も悲しくなるのです……。過ちを犯した事実は変わりません。ですが、これから防ぐことはできます。
人は過ちを犯しながらも、学習し、成長するものです。苦い経験を経て、マスターも成長しているのです。私と同じように。
だから、自分を見失わないでください。貴方が帰るべき世界へと帰れるよう、私もお側でサポートさせていただきます――』
まるで感情を持った人間のような口調に、驚く。
それと同時に『自分を見失うな』と言うゴンザレス言葉が、胸に深く染み渡る。
ゴンザレスは俺を見てくれている。過ちを犯した俺を責めるわけでもなく、まるで慈愛のような暖かさで包んでくれる。
「……くっ。ううぅ…………」
涙が頬を伝う。
『マスター』
優しい呼びかけに、目の前にゴンザレスがいるような錯覚を覚える。
両手に落ちた涙の雫は、窓から差し込む月明かりで光っていた。




