11.目標 ★
チュン、チュンチュン――――。
「……ん……んぁ……あ、あれ?」
目を開けると見慣れない天井が飛び込んでくる。
上半身を起こすと、ちょうど窓から差し込んでくる朝日が視界に入り、眩しさに目を細めた。
左手で太陽の光を遮り見渡すと、見知らぬ部屋の中。部屋には俺以外に2人の男がベットで寝ている。
あ、あれ? なんで俺はこんなところで寝ているんだ!?
寝ぼけていた頭をフル回転させる。
確か昨日、荷馬車でべスパまで連れて行ってもらっている途中……あ! そうか、俺ゴンザレスとの会話の途中で気を失ったのか。
ゴンザレスとの会話の最中、スマートフォンの動力源が俺の寿命だという事実にショックの余り、気を失ってしまったのだ。
部屋で寝ているということは、この人たちが気を失った俺をここに運んでくれたのか?
よく見ると隣のベットで寝ている人は、どうやら昨日荷馬車で一緒にいた冒険者の人だった。
茶髪のオネェ言葉の男が隣のベットで寝ていて、更にその奥には髪と髭をボサボサに生やした中年が大きなイビキをかいている。
辺りを見回すと、殺風景な部屋だった。部屋は10畳くらいの広さで、ベットが4つに1メートルくらいの木箱が4つしかない。
寝泊りする施設のように思える。
は! ス、スマートフォンは無事か!? 無くしてないか!?
慌ててスマートフォンをしまっておいたズボンの右ポケットをまさぐる。
そこにはしっかりとスマートフォンがあった。
「ほ……。よかった」
安堵の溜息をつく。
『おはようございます。マスター』
部屋の中を見回しているとゴンザレスの声が脳内に響いてきた。
ああ、おはようゴンザレス。まさかショックの余り気絶するなんて初めての体験だよ。
『申し訳ありません、マスター。まさか気絶するほどまでに精神的ダメージを受けるとは。私はAIサポートとしては失格です』
本当に申し訳なさそうにゴンザレスが謝ってきた。女の子のシュンとした声を聞いてると逆に居た堪れない気持ちになってくる。
確かにこうしてゴンザレスと話している間も俺の寿命が消費されていると思うと気がきじゃないが、それをゴンザレスに八つ当たりをしてもしょうがない。
それにグダグダいじけていたって俺の寿命は増える訳ではないのだ。まずは異世界に飛ばされた原因を探るのが先だ。きっと理由があるはず。能力も付加されている訳だし。
きっとそうに違いない。というか、そう思いたい。じゃないと凹む。
そう自分に言い聞かせ、深く息を吸い込み吐く。
(――ゴンザレス、大丈夫だ。落ち込んでいてもただ闇雲に時間が消費されるだけで、何も解決には至らない。だから、まずは目標を立てようと思う)
『目標……ですか?』
(ああ、大まかだが3つの目標を掲げようと思う。まず1つ目は、何故俺がこの世界に飛ばされたかの原因を調べる。きっと理由があると思うんだ。なんの取り柄もないただの大学生の俺がこんな特異的な状況に陥るのはおかしいだろ? だから調べるんだ。
そして2つ目。元の世界に戻る方法だ。これは1つ目の目標と関係してくるかもしれない。この世界に飛ばされた原因を排除することによって元の世界に戻れるかもしれないからだ。まぁ、これは俺の仮説だがな。
最後に3つ目。この俺の固有スキル『ソウルガチャ』の能力解除の方法だ。俺の寿命を消費してスマートフォンを起動しているのなら、それを解除させる。できるかどうかはわからないが、何もしないよりはいいだろう。
ただ、もし解除方法が見つかった場合、元の世界に帰れる時かもしくはこの世界に永住するようになった場合、身の安全を確保できた時になると思う)
『了解しました。しかし、流石ですねマスター。精神的ダメージを負っても尚、今後の行動目標を即座に立てるとは……。今後もサポートAIとしてマスターに尽くしていきます』
(ああ、よろしく頼む)
ゴンザレスに褒められ照れていると、隣のベットに眠っていた茶髪のオネェ言葉の男が起きてきた。
「ふぁ~~~……あふ。あら、お兄さん起きたのね。おはよう。目覚めはどう? 昨日荷馬車の上で突然気絶したからびっくりしたわ」
オネェ言葉の男はそう告げると、立ち上がり更にその奥で寝ていた髪と髭をボサボサに生やした中年男を起こす。
「ほら、マッド。起きなさいよ、朝よ。マッド」
「ンゴゴゴゴ……フゴ! あ? なんだもう朝か。……ん? おう、あんちゃんも起きていたか」
俺はベットの上で正座し、姿勢を正せて深々と二人へと頭を下げる。
「あの、この度は気絶した俺を介抱していただきありがとうございました。本当、なんとお礼を言ったらいいやら」
「ガハハハ、いいっていいって、気にするなあんちゃん。元気そうで何よりだ」
寝起きなはずなのにもの凄い豪快な笑い方である。
「ワシの名前はマッドドック。マッドと呼んでくれ。そしてこっちの男は―――」
「ボナンザよ。ボナでいいわ。お兄さんのお名前も聞いてもいいから?」
「東雲 透といいます。シノと呼んでください」
ボナンザに差し出された右手を握り返しながら自分の名前を答える。
「シノッチ、よろしくね。あと、私たち以外にも2人いるんだけど―――」
ボナンザが喋っている途中に部屋の扉がノックされ、女の子の声が聞こえてきた。
「マッドー? 豪快な笑いが聞こえてきたってことは起きたのね? 部屋に入るわよー」
開けられた扉の向こうには、二人の女の子がいた。1人は赤毛のちょっとふっくらした女の子。そして2人目は金髪ポニーテールで耳が長い小柄な女の子だった。
「マッド、ボナ、おはようございます。あら、気絶された殿方も起きてらしゃったのですね」
おっとり口調で、癒すような雰囲気をまとった赤毛の女の子が俺の姿をみて微笑む。
「おお、ミーナにリリィおはよう。シノ、この赤毛の方がミーナでこっちのちっこいのがリリィだ。ちなみに、ミーナは今年で30歳になるんだが、婚期を気にしているようだから其の辺は触れないでやってほし―――」
ミーナがもの凄い勢いでマッドの顔面を鷲掴みする。そしてそのままギリギリと握り締めているようだった。
「あだだだだだだ、待った! ミーナ落ち着け! ワシが悪かった!」
「マッド……一言、余計よ?」
ミーナは笑顔のままこめかみに青筋を立てて、どす黒いオーラを放ちながらマッドの顔にアイアンクローを食らわしている。
うわー……。
「は! いけない! 私としたことが、はしたない所を。ほほほほほ。ミーナと申します。お見知りおきを」
「シ、シノと申します。よろしくお願いします」
は、ははは……この人、怖ぇ……。
金髪ポニーテールの女の子が俺の前までやってくると右手を差し出してきた。その手は握手を求めているような感じではなかった。
「シノ、私はリリィ。まずは出すものを出してもらうわ」
いきなり何を言われたのかわからず、キョトンと差し出された右手とリリィの顔を交互に見つめる。
「お金よお金。あんたの宿代を立て替えたんだから、さっさと返して頂戴」
ああ、そういうことか。しかし、困ったな。フーリ村長に僅かばかりだがお金を渡されたのだが足りるだろうか。
前に怪我をしたダルクにポーションを渡した後、お金についてそういえば聞いたな。
確か、ルピーという単価でそれぞれ一枚あたり
金貨:1000ルピー
銀貨:100ルピー
銅貨:10ルピー
鉄貨:1ルピー
って言ってたっけ。ちなみに貨幣の表面にはこの国の初代国王の肖像画が描かれているのだそうだ。
「えっと、リリィ。ちなみに宿代はいくらなんだ?」
「4人用の部屋で一晩だから80ルピーよ。なに? あんたもしかしてお金持ってないとかいうんじゃ……」
リリィがジト目で俺の目を覗いてくる。
「いや、ちょっと待って。あることにはあるんだが、いくらあったかは覚えてなくて。ボナ、俺のバックはどこに?」
「シノッチのベット側に木箱があるでしょん。そこに荷物を入れておいたわ」
「ああ、ありがとう」
直ぐ様ベットから降り、木箱の蓋を開ける。
確かに俺のショルダーバックがそこにはあった。バックの留め金具を外し、中に入れておいたお金が入っている布袋を取り出し中身を確認する。
えーと、銀貨5枚か。十分に足りる。フーリ村長には感謝しないとな。
「リリィ。100ルピーの銀貨1枚でもいいか? 銅貨がなくてちょうどでは払えないんだ」
「構わないわ。ちょっと待って。んっしょっ」
リリィは腰ベルトの後ろにつけているポーチからお金を取り出そうと、上半身を後ろへ捻る。
窓から差し込む光りが、ポニーテールで髪が束ねられて顕になったリリィのうなじを照らす。
その色っぽい姿にドキリと胸を鳴らす。
『……マスター。何を想像しているのですか。何を』
(うお!? いいいいや、何を言っているんだゴンザレス。 俺は何も変なことは考えてないぞ。うん、普通だ)
ゴンザレスに思考が筒抜けな事を忘れていた俺は溜息を付く。
「はい、銅貨2枚20ルピーよ」
「ああ、ありがとう」
「にしても、あんた変わった服装しているわね」
「そ、そうか? まぁ、旅商人から買った服だからな」
やばい。これで誤魔化せるか?
「ふーん」
リリィが胡散臭そうな目で見てくる。
どうしようか困っていると、ミーナが声を掛けてきた。
「シノさん、私たちこれから朝食を取りに行くのですが、シノさんもご一緒にどうですか?」
「えー、シノも一緒なの?」
リリィが不機嫌な声を上げる。
どうやらリリィは俺のことを快くは思っていないようだ。そりゃそうだろうな。全く知らない垢の他人が気絶してその面倒を見たのだ。厄介者しか思えないだろう。
「まぁまぁ、リリィちゃん。いいじゃない」
ミーナがリリィを説得している。
どうしようか悩んだが、結局この宿のこともよくわからないので一緒に行動することにした。
「いいんですか? 助かります、宿屋に泊まるのは初めてなもので勝手がわからなくて」
「なんだ、シノは今まで村から出てこなかったのか?」
「ええ、まぁそんなところです」
フーリ村長とダルクには俺の事情を知っているので、この村の出身者で通して構わないと許可をもらっている。
出自がわからないとこの世界でやっていくには不便だろうということだそうだ。
「あらん、それならあたしが手とり足とり教えてあげようか・し・ら・ん」
ボナンザが腰をくねらせながらこちらに向かってくる。
「いえ! 全力でお断りさせていただきます!」
「そんなに怯えなくてもいいじゃない。冗談よ」
「いやいや、お前の場合は別の世界の扉を開かせそうだからのー。誰でも怯えるわい」
「はいはい、下らないやり取りはもうおしまいにしてご飯食べに行こうよ。一階の食堂に先に行ってるねー」
リリィはそう言いながら部屋から出て行く。
「そうですね、食事しにいきましょう」
ミーナがポンッと両手を合わせ、笑みを浮かべる。
マッドたちも頷き、部屋から出て行く。俺もその後ろをついていくのだった。
◇
1階に降りると、広いフロアになっていて食事する丸テーブルが10以上並んでいる。
壁側にはカウンター席があり、その奥には棚の上に色々なお酒の瓶が並んでいて、酒場のような作りに近かった。
「おーい、こっちこっち」
リリィが先に端っこのテーブルについていて、こちらに手を振っている。
4人用の丸テーブルだったが、リリィが気を使わせて椅子を隣のテーブル席から持ってきたのだろう。俺の分の席を用意してくれていた。
何だかんだ言って、リリィは結構優しい子なのかもしれない。
席に着くと恰幅のいいおばちゃんがカウンターから出てきてこちらに向かってきた。
「5人分の朝食でいいかい? 追加オーダーがあったら言っておくれ」
「いや、飯は6人分で頼む。ワシ2人前食わんと腹が満たされないからの」
「あいよ、追加分は12ルピーいただくよ」
マッドが腰袋から12ルピーを渡すと、おばちゃんはさっさとカウンターへと向かい奥の部屋で料理している人に指示を出していた。
「マッド、2人前食べるんですね。体もガッチリしているし」
「ガハハハハ、そうだろうそうだろう。素晴らしい筋肉だろう! 漢たるもの筋肉があってこそだ。シノも食べて筋肉をつけろ」
「何言ってるのよマッド。シノッチは可愛い顔をしているんだからそんなむさくるしい筋肉をつけてはダメよん。ノンノン」
ボナが流し目で俺を見た。背中にゾクリと悪寒を感じ、慌てて話題をかえる。
「り、リリィの耳って凄く長いね!」
「そりゃそうよ。だって、私エルフだもん」
「エ、エルフ!? 本当にエルフっているんだ……」
「ちなみに、ワシもドワーフと人間の混血じゃ。ボナとミーナは人間だがな」
へー、そうだったのか。確かにマッドの筋肉のつき方はドワーフ特有のものなのかな?
「エルフって長寿って聞くけど。ということは、リリィって結構俺たちより年上ってこと?」
「確かにエルフは長寿だけど、まだ私は18よ。ピチピチの18なの」
リリィが18と言う度、隣にいるミーナがビクンビクンと震えている。
怖いのであえて振らないことにしよう。絶対に。
「なんだ、俺の2こ下か。実は100歳なのとか言われたらどうしようかと思ったよ」
「私の場合はそこまで生きられないけどね……」
リリィは俯きポツリと呟く。
「……え?」
どういうことなのか聞こうとしたらボナンザに遮られる。
「にしてもシノ、20歳だったのね。いいわ~ん、素敵よ。20超えてもその童顔は素敵よ。おにーさんしびれちゃう」
ボナの強烈な流し目で体がガクガクと震えだす。
あわわわわわ、ヤバイ。俺、ボナに狙われてる!?
「やめんか、ボナ。シノが泣きそうな顔になっとる。それに歳の話はもういいじゃろ。見ろ、さっきからミーナがビクンビクンと震えておる。人間はわしらと違って短命だからな。エルフと比べられてもシワができるのは当然――」
刹那、ミーナのアイアンクローがマッドの顔面をロックする。
「いだだだだだ、ミーナ! 待った! ワシはただお前に気を使おうと! あだだだ!」
「マッド……、その気遣いの仕方が間違ってるの、わかる?」
笑顔のままマッドの顔をアイアンクローを食らわす光景はシュールだった。
マジでこの人、超怖ぇ……。
ちょうどその時、カウンターの方からおばちゃんが料理を運んできたので、マッドはミーナのアイアンクローから解放される。
「お待ちどう、朝食6人前だよ。残したら承知しないよ」
テーブルに並べられた料理はパン・肉野菜のスープ・蒸したジャガイモのような物と、飲み物はミルクだった。
「それじゃ、頂きましょう」
ミーナが笑顔のまま両手をポンッと合わせると、皆思い思いに料理を口にしていく。
俺もスープを口にしようとした時、隣にいたリリィの苦痛の声が聞こえてきた。
「いっつ~~~~~~……」
「どうした?」
リリィの右手を見ると、人差し指がざっくりと切れていて結構な量の血が出ていた。
どうやらスープの皿がかけていたらしく、そこに指を引っ掛けて切ってしまったようだった。
「あらあら、大変。リリィちゃん。ちょっと見せて。……結構深いわね。これじゃ暫く弓は引けないわ」
「おいおい、それだとクエストを一緒に遂行できないではないか。困った。後方支援がいないと討伐クエストは厳しいしの」
「平気よ…これくらい布の切れ端で縛っておけば大丈夫。……いっつ」
マッドたちは困った顔をしていた。
今こそここで介抱してくれたお礼を果たすべきだろう。たしかまだポーションは残っていたはずだ。
(ゴンザレス、ポーションの残り個数は?)
『7個残っています。マスター』
そうか。なら直ぐにリリィの傷を治してあげないとな。
「リリィ、その傷見せて」
「え? ちょ――」
リリィの右手を俺の方へと引き寄せ、『アイテム収納』からポーションを取り出す。
「クイックオープン、ポーション」
目の前の空間に小さなガラスのような塊が出現し、弾けるとともにポーションが具現化される。
「な――――」
俺以外の4人は目の前の起きた現象に驚きの声を出していたが、それを無視しポーションをリリィの怪我をした人差し指へとかけていく。
すると瞬く間に傷口が塞がっていった。
「うん、傷が治った」
「シ、シノ今のは一体……それにポーションなんて高級な物を……」
リリィが困惑した顔で聞いてくる。
「ああ、俺の能力に物をしまえる空間能力があってね。そこに入れておいたポーションを使っただけだよ」
「空間魔法……。シノさん、あなた凄いわね。私も魔導士の端くれだけど、空間を操るのは上位魔導のクラスよ……なにか特別な魔導の修行でもしていたの?」
ミーナはどうやら魔導士のようで、今俺が行った行為は相当凄いことらしい。
「え? あ、あははは……、これといって特には」
やばい、余計なことをしてしまったのだろうか。テーブルの下でポーションを取り出せば良かったか。まぁ、既に目の前でやってしまったものはしょうがない。
「だけど、シノ。いいの? ポーションなんて高級品を使っちゃって」
以前、ダルクにポーションを渡した時にわかったことなのだが、ポーションは1本最低でも3000ルピー、金貨3枚はするらしい。
この世界では回復系の魔法はないとのこと。だから必然的に回復できるポーションのような物は高値の価値が付けられる。
なんで攻撃系の魔法があって、回復できる魔法がないのか聞いてみたが詳しくはわからないと言われてしまった。
「いいよ。介抱してくれたお礼ってことで。それにリリィの痛がっている姿を見るの、俺も辛いしな」
「……え」
苦笑しながらそう言うとリリィの顔が真っ赤になる。
「あ、あの……」
「ん?」
「……えっと」
「……あ、ありがと」
「あらあら、まぁまぁ♪」
ミーナのにこやかな笑顔の視線を感じながら、ギクシャクとスープを啜るリリィ。
渡りに船というか、空気の読めないマッドが豪快に笑ってきた。
「ガハハハハ、すまんなシノ。お礼のお礼と言ってはなんだが、この町のことを案内してやるぞ? 今まで村を出たことがないって言うなら案内したほうがいいだろう」
「いいんですか? なら食事を終えたらお願いしてもいいですか?」
「ああ、構わんとも。みんなも今日の予定変更してもいいよな?」
他の皆もそれで構わないと頷く。
朝食を終え、俺はマッドたちに連れられて宿屋を出て行った。




