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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第4章:偉大なる詐術者(21)

「殺される……為?」

【ウェンブリー魔術学院大学】二階、助教授室――――もう直ぐ自分の部屋ではなくなる予定のその場所で、ミストはいつものように両肘を付いて腰掛けている。

 机の上にはいつもの珈琲。

 しかし、今日は少しだけ苦味が強い。

 そう言う気分だった。

「殺す為、じゃないの? そりゃ、敵討ちなんて古い風習だとは思うけど」

「あくまで推測だからな。実際にそう思っているのかどうかは定かではない。だが――――」

 その傍らに立つセーラ=フォルンティを一瞥し、自信を滲ませて言い放つ。

「彼女の感性を鑑みるに、その可能性が高い」

「私には攻撃性の強さしかわからないけどねえ」

 苦笑するセーラに、ミストは異種の微笑を返した。

「関わりが少なければそう見えるのも無理はない。しかし、本来の彼女は上品で繊細だ。そう言う人間は自分の汚い部分を何よりも嫌う。自らの行動で人を死なせたと言う過去が、彼女には許せない筈だ」

「死なせた? 誰を?」

 セーラは綺麗に整理された本棚の中から一冊の本を取り出し、タイトルも確認せずにそれを開く。

 そして、読むでもなくその中身を眺めた。

「彼女は七年前、二度家を飛び出している。一度目は連れ戻されたらしいが、二度目は懇意だったメイドと共に逃げたらしい」

「二度……余程家が嫌だったのね」

「一度目にあっさりと連れ戻された事が子供心にも悔しかったのだろう。二度目の家出の際、彼女は母親にとって最も大切な物を持ち出した」

「大切な物? 宝石とか?」

 安易な想像。

 ミストは肩を竦め、緩やかに目尻を下げる。

「さあな。兎に角、それが母親の逆鱗に触れたようで、母親はその大切な物を取り戻す為に刺客を送りつけた。暗殺者だ」

「ど、どう言う母親よ……あり得ないそんなの」

「我々の感覚ではな」

 ミストの言葉に嘆息が乗った。

 無論、申し訳程度の。

「そんな過程を経て、親の手を離れメイドと二人ひっそりと暮らしていたが、結果的にその暮らしは直ぐに崩壊した。彼女の最も信頼していた人物の死によってな」

「一緒に逃げたメイドね」

「そうだ。暗殺者は共犯者たるメイドを殺し、奪われた物を取り返した。しかしルインは殺さなかった」

「それは、母親の意向じゃないの? 『私の娘を誑かしたメイドを殺せ』って感じで。普通ならそうでしょう?」

 無造作にページを捲りつつ、セーラは視線をミストに向ける。

 目は合わない。

 当然――――とも言える事だったが。

「暗殺者に直接言われたそうだよ。『お前を殺すように言われている』とな」

「……」

 窓から風が舞い込んでくる。

 麗らかな午後の風と呼ぶには少々透明感に欠ける、薄暗い風。

「しかし、彼女は死ななかった。見逃されたのか、彼女が自分の力で生き延びたのか、他の誰かが助けたのか、理由は知らないがな」

「そこまでは話して貰えなかった、と」

「それだけではない。肝心な部分については語ろうとはしなかった。どうも、私は彼女に好かれていないらしい」

 珈琲カップを手に取り、再び机に置く。

 黒い液体に微かに映っていた自分の顔が不満だったのだ。

「良いじゃないの。唯でさえ教え子に好かれて好かれて苦労しているのに、これ以上好意を寄せられてどうするの?」

「人に好かれて困る事はないさ。それとも、私が女性に好かれる事に何か問題でも?」

「……答えを知っていながらそう言う事を聞く。そんな所は本当にムカつく」

 セーラは本で顔を隠したまま呟いた。

 その行為に余り意味がないと知りつつ。

「まあ、ルインの過去がどうあれ、私としては彼女が今まで通り暗殺者を狩ってくれればそれで良い」

「特に魔術士殺しを、でしょ? 部下が同胞殺しの天敵となれば、貴方の魔術士内での評価は上がるものね」

「評価と言うよりは脅威だ。これからは特にそのカードが必要になる」

 今度は素直に珈琲カップを口元に運んだ。

 その目に宿る光が、苦味と漆黒に溶けて混ざる。

「上に行くと言う事は、海千山千の老人どもを相手に我を通すと言う事。様々な手札を必要に応じて切らなければならない。必要時に必要なカードがないなど論外だ」

「その為に変わり種のチームを編成したのね。普通はエリートと血統で構成するのに」

 研究チームの構成は、当然ながらそのチームの統率者によって行われる。

 権力を有するものにはそれを行使する必然があり、その必然には概ね銘柄や派閥と言ったものが付随する。

 統率者は自分の道具を探し、時には手足をも選別する。

 彼らにとってチームとはすなわち、自己の価値を保持し、高める為の集団だ。

「全ては20代で教授の座を射止める為だ」

 ミストにとっても、その価値は変わらない。

 しかし、ミストには既存の上位者と同じレールを歩む気はない。

 よって、当然チーム編成も規定路線とは異なる。

 それだけの事だ。

「もしかして、あの件も?」

「さあな」

 あの件――――その指示詞はミストを苦笑へと誘った。

「怖い人。他人の人生を弄んで。私もいずれあの子のように棄てられるのでしょうね」

「君を棄てる? 馬鹿馬鹿しい。そもそも私は誰も棄てはしない」

「でも、あの子がこれ以上ここにいられるとは思えないけど?」

「それは――――奴次第、だろう」

 そこで、話を閉じ、ミストは机に積まれた書類の一番上に乗っている紙に視線を送る。

 その視線をセーラは目聡く追った。

「ああ、貴方のお気に入りのあの子、ね」

「気に入っているつもりはないのだがな」

 その言葉に、セーラは目を半分閉じて眉唾を示した。

 ミストはその様子を一瞥し、再び視線を戻す。

 そこには今しがた話題に出た部下の報告書があり、その内容はミストに少なからず衝撃を与えるものだった。

(生物兵器の金属憑依、か……面白い技術を見つけて来たものだ)

 元々『一攫千金論文』と呼ばれていた研究とは言え、既存の研究と一線を画すアプローチではあった。

 しかし、それ故に未知の世界。

 そこに期待している部分はあったが、期待以上のものは抱いておらず、寧ろそれより他の部分に価値を見出していた。

 それは、良い意味で裏切られる格好となったが――――

「ところで、その彼はどうしてるの?」

「奴なら保健室で寝ている」

「……保健室?」



「はーい、それでは叩きまーす」

 そんな裏切りを行使したアウロスはと言うと、【ウェンブリー魔術学院大学】一階、保健室にいた。

「があっ!」

 その理由は至極単純。

 半日程森を彷徨った結果、何とか集落を発見し、そこから馬車を乗り継ぎつつどうにか戻った大学において、治療が出来る唯一の場所だったからだ。

 更には、治療費の節約が利くと言うオマケ付き。

 極めて合理的な行動と言える。

「では、次はココを……えいっ」

「だああっ!」

「うふふっ。うふふふふ」

「はがあああっ!」

 しかし――――それは誤りだったと後悔しつつ、アウロスは悲鳴を火花にように放つ。

 それは何故かと言うと、校医のシーダ=マルラーレンが負傷した右肩を見るや否や、槌でトントンと叩き出したからだ。

 それだけなら、診断だと我慢できなくもないのだが――――

「あ、あの……時折明らかに医者としての本分を逸脱した光悦を覗かせているのは何故……」

「患者さんに不安を与えない為ですよ。そりゃっ」

 にっこりと。

「うががががっ!」

「ふむふむ、ここも、ですね」

 校医は戦闘時の数倍の冷や汗を滲ませ天を仰ぐアウロスを尻目に、一人納得しながら書類を作成していた。

「結論から言いますと、思いっきりヒビってますねえ」

「……ヒビって?」

「三箇所くらいヒビってます。亀裂骨折ですね。バッキバキに折れてはいないですけど、立派な骨折です」

 亀裂と聞いて、アウロスは内心安堵していた。

 全く動かなかったり感覚がなかったり、と言う訳ではなかったものの、痛みと腫れはかなり酷い。

 経験上、ポッキリ折れていても不思議ではないと思っていた。

「整復の必要もないですから、固定して様子を見ましょう。暫くの間、患部は出来るだけ心臓より高く保って下さい。最寄の接骨院を紹介しますので、明日そこへ行って下さいね」

「は、はあ」

「えいっ」

 そして、何ら意味のない一打。

「ぎゃあああっ! な、何すんだおい!」

「うふふ……おとこのひとのなさけないかお……うふふふふ」

 校医は変態だった。

「そこまで酷い怪我ではないようですが、今日はここに泊まって行って下さい。痛みが酷いようなら鎮痛効果の高い薬草を配合しますので、それを飲んで下さいね。副作用も多少はありますけど気にしなくて大丈夫ですから……うふふっ」

「即刻帰らせて下さい」

「えいっ」

「うがあああっ!」

 斯くして、アウロスは暫く変態の変態性を満たす餌となり続けた。



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