第4章:偉大なる詐術者(19)
ルイン=リッジウェア。
女性。
魔術研究学院【ウェンブリー】の第二前衛術科『特別研究員』。
そして――――『元』令嬢。
とある地方の領主の娘として生まれ、幼少時代は父を亡くした事を除き、何不自由ない生活を送る。
彼女の元には常に数人の召使いが跪き、起床から睡眠までに消費するエネルギーは一般人の半分以下。
社交界での作り笑顔や作り礼儀作法、或いは作り会話などの空虚な時間こそあれど、彼女の住む屋敷の日常は優雅そのものだった。
しかし、それはあくまで表の事。
夫の死以降、自らが領主となったルインの母は、その裏におぞましい秘密を持っていた。
その秘密とは――――魔術の人体実験。
元々は一流の魔術士、一流の研究員として名を馳せていた母による悪魔の儀式は、夫の没後更にエスカレートし、ついには身寄りのない子供を奴隷として買い取り、その子等を被験者として使うまでに至った。
彼女は表の顔で付き合う者達にそれを悟られまいと、奴隷達との接点は意図的に絶っていた。
万が一目に触れようと不審に思う事のないよう、被験者の外見にも気を配っていた。
外に晒す部分――――顔や手などは決して傷付けぬように実験を行ったのだ。
そんな陰の努力もあって、当時のルインが親の裏の顔を知る事はなかった。
しかし、ある日の事。
彼女に転機が訪れる。
大多数の人間の人生を大きく狂わせる出来事――――戦争。
その気運が高まるにつれ、怪しげな魔術士達が毎日のように屋敷に訪れ、徐々にルインの目は不信感を帯びて行った。
そして、その日――――彼女は見てしまった。
両手を鎖で繋がれた、自分と同じくらいの年齢の少年が、無抵抗のまま攻撃魔術を受ける様を。
その光景が異様であると判断するのは、当時まだ子供だった彼女にも決して難しくはなかった。
加えて、彼女とは別の位置でそれを見下ろしていた母親と、その隣にいる怪しげな風貌の男が、揃って笑みを浮かべていた事もまた、それを安易なものにした。
人が傷を負う姿を見て、ごく自然に浮き出ているその笑みは――――彼女がこれまで見て来た母親のものとは全く異なり、実の娘が別人ではないかと疑う程だった。
『……』
『……ははは』
談笑。
声は聞こえない。
項垂れる少年の視界にも収まらないだろう。
しかし、それは救いだった。
表情はあくまで筋肉の収縮運動でもたらされる表現に過ぎない。
そんな、人間にとって異質とは言い難い普遍的なものが、人を人でなくす。
ルインはそれを初めて知ると同時に、自分にもその血が流れている事を強烈に意識した。
斯くして、惨絶極まりない世界と自身の内面に眠る腐臭に耐え切れなくなったルインは、逃げるように屋敷を出る。
しかし、甘やかされて育ったルインは、自分の意思で何かを成した事のない非力な少女。
自立など出来る筈もなく、直ぐに連れ戻された。
母親である領主は、戸惑いつつも彼女を抱きしめた。
ルインは純粋だった。
そう育てられたからだ。
だから、自分の親に気持ちの悪い行為はして欲しくなかったし、気持ちの悪い顔はして欲しくなかった。
そんな行動理念が、非力な少女を再び突き動かす。
幼いながらもそれなりに考えた結果、彼女は実験データをまとめた書類を持ち出し、またしても屋敷を出た。
決して賢いとは言えない行動。
しかし、想いは溢れ出ていた。
このような実の娘の行動に対し、母親の下した判断は――――
「仕方がないですね」
ポツリと、そう呟かれたその日。
澄み切った青空が全世界を覆い尽くした、その日。
ルインは総てを失った。




