第3章:臨戦者の道理(1)
魔術国家デ・ラ・ペーニャ――――その冠が決定的に色褪せたのは、7年前。
デ・ラ・ペーニャ×エチェベリア間で勃発した『ガーナッツ戦争』において、僅か10日足らずで敗北を喫した事が原因と言われている。
ガーナッツと言う木の実が、殻を剥いて9日間で黒く変色してしまう事から、その名が付けられた。
そしてもう一つ、実しやかに囁かれている逸話がある。
「魔術士を倒す事など、ガーナッツを噛み砕くよりも容易なものだな――――とある名もない騎士が勝鬨の際にそう叫んだ事からその名が付いた……とか。俺はそちらを推すけどね」
地面に這い蹲る魔術士の頚動脈に刀身をあてがいつつ、深層から浮かび上がる笑みに身を委ねる男がいる。
口にはガーナッツを頬張っており、ポリポリと緊張感の欠片もない音を立てていた。
「た、頼む……殺さないでくれ! 命は! 命だけは勘弁してくれ……して下さい」
「ほー。随分と身の振り方をわきまえた御人だ。好感が持てるね」
「お願いです! 金なら好きなだけ都合しましょう! 女もです! 望むなら地位も裁量の限りを尽くちましゅっ! だから! だかるぁ……あがっ」
禍々しい殺気が、静かに弾け、消える。
それと同時に、一つの生命が闇の中であっさりと消えた。
「残念。噛まなかったらもう少し考えたんだけどねえ」
深紅で汚れた銀色の剣を薄汚い布で拭い、土下座の体勢から動かなくなったそれを蹴飛ばして、仰向けにした。
そして、もう動く事のない指から魔具を外し、無造作に仕舞う。
それは戦利品だった。
金銭的、美術的な価値に優れた魔具ではあるが、目的はそれではない。
魔術士にとって、首と同価値の魔具を狩る事――――それだけに意味がある。
「~♪」
目的を果たした男は、噛み砕いたガーナッツを吐き棄て、地に伏す魔術士のデスマスクを鼻歌交じりにを拝んだ。
享年50を越えるであろうその顔には、年輪のように重ねた皺が努力の痕跡のように見て取れる。
尤も、努力とは必ずしも良い意味ではない。
人を蔑み、陥れ、辱め、蹂躙する事に使う労力もまた、努力だと言える。
その皺は、罪跡と同じ意味を持っていた。
しかし、それすらもこの男には何の意味もない。
彼が殺された理由は、彼の罪とは何ら関係ないものだった。
【カーベルト=パルメランス】
丁寧な字で名簿に記されたその名前は、彼が魔術士として優れている証。
そしてこれこそが、彼が命を失う理由そのものだった。
「はい、終了っと。やっぱ仕事は夜に限るね」
その名前が、空の色と同じ黒インクによって塗り潰される。
存在を亡くした名前には、それでも尚意味があると言うのに。
「さて。次は……」
足元に置いていた鞄から名簿を取り出し、捲る。
その名前を見た瞬間、男は狭い空間の中にドス黒い息を漏らした。
「ほー。こりゃまた、ド偉い大物だ。ま、こう言う連中はさっさと間引いておかないとな」
くぐもった笑い声が響く空に、紅の衣がはためく。
男は一つ仕事を終えた充実感に浸りながら、闇に消えた。
この夜――――天秤がほんの少し傾いた。
第3章 " the essentials of clinician "




