第2章:研究者の憂鬱(10)
大学の敷地内に豎立する建築物は、主に3つ。
1つは大学の本館。
その奥に実験棟。
そして、主に学生が居住する寮。
現在、赤ベストと青ベストの2つのグループは、大学本館~実験棟の中央を境界とし、東西に分かれた位置で敵対している。
寮は赤側の領域――――西側にそびえ立っている。
複雑な構造の建築物ではないし、内部への侵入は禁止されているので、地形としての利用価値は制限されるが、戦闘は巨大な障害物が身近に一つあるだけでも、優位性が大きく変化する。
つまり、これが本当の戦闘であれば、青側はかなり不利な状況と言う事になる。
しかし、これはあくまでルールに支配された実践訓練。
本来の戦闘とは違う。
アウロスはしゃがみつつ、頭の中でこの訓練の性質を整理し始めた。
(特色は、3つ)
1つは、『敵のリーダーが誰であるか相手にはわからない』点。
これによって、読みと駆け引きが重要になってくる。
本戦は、リーダーに触れる事が勝利の条件。
当然、相手から最も遠い場所、見つかり難い場所、触れられない布陣――――と言うのがセオリーとなる。
無理に裏をかいて前線に配置しても、リスクが大きい。
ただ、目の前にいる敵を全て触れる事ができるかと言うと、それは難しい。
そうなると、『取り敢えず前にいる連中から襲撃』より『前線にいる敵を捨て、奥を集中的に狙う』と言う戦術の方が、有効な場合もある。
よって、前線リーダー配置作戦も、なくはない。
そしてそれは、2つ目の特色である『リーダーに触れられたら敗北』と言う点とも絡まって、余計に面倒臭い仕様へと昇華する。
通常、こう言った団体戦のリーダーの選定としては、『最も指揮能力のある人間』若しくは『最も戦闘能力の高い人間』が考えられる。
魔術士にとって、戦闘能力とは魔術の巧拙に尽きる。
魔力量が多く、殺傷力の高い魔術をより多く使える人間が、高性能の戦士と言う訳だ。
だが、この訓練において、魔術は決定的な攻撃にはならない。
魔術の特色として、結界は攻撃魔術よりもルーリングが容易で、遥かに早く綴る事が出来る。
加えて、予め属性がわかっていると言う事であれば、尚更防御に有利な状況と言える。
仮に、至近距離で不意打ちを喰らうと言う事であれば厳しいが、それ以外ならまず防げる。
しかも、『触れる』と言う行動が唯一の殺傷手段である以上、魔術は唯の足止めにしかならない。
つまり、魔術の巧拙は優先順位が落ちざるを得ない。
そうなると、やはり回避力、すなわち身体能力の高い者がリーダーとして相応しいのだが――――魔術士の身体能力など、誰も大して変わらない。
明らかに体力面で劣るアウロスのような存在を除けば、誰も彼も標準的な人間と大差ないだろう。
この訓練においては、指揮能力も大して関係ない。
戦闘においては素人ばかりの集団で、指揮系統がものを言う場面などまずあり得ないからだ。
よって、この場合のリーダーの資質は、『危機察知能力に長けている者』が最も重視される。
加えて、敵から遠い場所に配置する場合は後衛術が、裏をかいて前線に配置する場合は前衛術が得意である事も、条件として挙げられる。
もし、前衛術が得意な人間が後ろにいれば、援護が上手く出来ないからだ。
無論、フェイクの可能性もあるが、戦力を低下させてまで騙す事に、そこまでのメリットはない。
よって、リーダーとなり得る人材をまとめるとこうなる。
・危機察知能力が高い
・配置と専門魔術は一致している
後は、前線と僻地、どちらを選択するか――――なのだが、この判断基準は実はハッキリしている。
(最も発言力の強い人間の性格に依存する、だろうな)
アウロスは、嘆息しながら空を見た。
虚ろな色。
そう言う天候になっていた。
雲が一切流れないのを確認し、思考を再開させる。
こう言った『素人の団体競技』は、お山の大将が振るう采配によって殆どが決まってしまう。
よって、もしその大将が考えなしだったら、これまでの分析など全く意味を成さない。
しかし、幸いにもこの大学と言う施設には、考える事を放棄する人間はいない。
机上の空論が大好きな連中が集まる、頭ばかり大きな建物だ。
つまり、やるべき事は1つ。
そう判断したアウロスは、情報収集を試みる事にした。
「おーい」
訓練開始前と言う事もあり、敵陣はまだリラックスムードに包まれている。
その中に入って、努めて朗らかに呼び掛けた。
一応、それくらいのバイタリティは持っている。
「ちょっと質問良いか? 俺、どうも研究室で仲間外れにされててさ……余り情報とか教えて貰えてないんだ」
「へえ、それは気の毒にな。良いよ、何?」
大学は自尊心と虚栄心と才能の巣窟と言っても過言ではない場所だ。
よって、『自分が優れていると言う実感』を常に欲している人間が、かなり多い。
それを刺激し、アウロスは同情を引く事に成功した。
「そちらのグループで一番偉いのは、誰?」
かなり直線的な質問だったが、話し方も相成り、雑談の域を超えていないように聞こえたのだろう――――アウロスの眼前の魔術士はあっさり応えた。
「ああ。それならガルシドさんで決まりだ。なんたって、ライコネン教授の息子だからな」
「息子……?」
既に知っている事実だが、敢えて知らない振りをする。
「そんな事も知らなかったのか? 常識だよ常識。教授も超親バカで、息子をわざわざ自分の研究の総合責任者に据えてっから、余計誰も口答え出来ねーのさ」
かなりの有力情報。
アウロスは内心で笑みを浮かべつつ、真顔で続ける。
「それじゃ、大変だろうな。そのガルシドって人、相当傍若無人なんじゃないの?」
「傍若無人って程じゃねーけど、まあ大体そんな感じ。エリート意識丸出しで、負けるのが死ぬ程嫌いなタイプだな」
あっさりと人格情報の入手成功。
しかし、サービスは更に追加されてくる。
「ホラ、アンタんとこにレヴィっているじゃん。そいつをライバル視しまくりで、常に自分の方が注目を集めたがってるよ。その癖、自分の噂には敏感なんだよな」
「成程。うん、大体わかった。ありがとな」
「あいよ」
閉鎖空間は自然とゴシップ好きを生む。
それも良い方向に作用し、アウロスは必要な情報をほぼ全て得る事ができた。
(エリート意識……レヴィに対抗意識……目立ちたがり……そして、自分の噂に敏感。これで大体読めるな)
有益な材料が揃った所で、再び思考を練る。
もう1つ、重要事項があるからだ。
それは――――3つ目の特色『審判の不在』。
勝敗を決めるのはルールだが、そのルールが遵守されているかどうかは、各自の裁量に委ねられる。
本来なら、ミストがその役割を担うべきなのだが、そうはしていない。
ほぼ全員が成年なのだから『ズルをする人間などいないだろう』と言う信頼の元に、このようなルールにした――――そう判断する者もいるだろう。
しかし、アウロスはそうは思っていない。
このルールによって、敗者は自分で敗北を宣告しなければならない。
仮に公に認めなくても、心の何処かに羞恥心は残る。
(これは、屈辱を増長させる為のルールだ)
アウロスに与えられた役目をより強化させる効能が予測される。
正解はミスト本人のみしか知りえないが、アウロスには確信に近い自信があった。
そして、これらを総合的に判断した結果――――1つの結論が生まれる。
それを念頭に、自分の位置取りを決めるべく、立ち上がり歩を進めた。
落ち零れのままで正面から敵をなぎ倒すなど不可能なので、前線で立ち回る事はできない。
必然的に暗闘を余儀なくされる。
しかし、使用できる魔術が制限されている以上、1人で何人もの敵を無力化するのは難しいし、仮に出来ても怪しまれてしまうだろう。
よって、アウロスの役目は支援が主だったものになる。
その役割の中で、成果を挙げなくてはならない。
(問題は、誰を支援するか……だったんだが、もう答えは出てる)
敵のリーダーは、ライコネン教授の息子で、恐らくは自分に大きな役目を振り分けるであろうガルシドでほぼ決まり。
加えて、彼はレヴィに強い対抗心を抱いている。
それならば、こんな絶好の機会に他人任せと言う事はない。
エリートならではの充足感を得る為、レヴィの前に必ず現れる。
リーダーにも拘らず、だ。
寧ろ、その無謀とも言える行動が、ガルシドの自尊心を充足させる事だろう。
つまり――――
(レヴィに張り付いてれば、自然と大将戦の舞台にご招待、って事だな)
アウロスは歩きつつ、レヴィの潜伏する実験棟の影を目視出来て、尚且つ自分が隠れられる位置を模索した。
この大学は、高さ1メートルの塀で囲まれている。
そして、内部には建築物の他に、銅像やオブジェ、実験などで使用される『カベナギ』と言う実のなる大きな木が散見される。
勿論、これらを魔術で壊そうものなら、弁償は免れない。
そこまで踏まえた上での『実践訓練』だ。
だからこそ、こう言った障害物は有効利用できる。
ある意味、結界以上に強固な防御壁かもしれない。
(レヴィは……あそこか)
アウロスの推測では、青側のリーダーはレヴィ。
理由は敵となる赤側とほぼ同じだ。
ただ、こちらはリジルやクレールに聞けばわかる事だし、そもそも知る必要もない。
レヴィはこの訓練におけるリーダーのセオリー通り、敵から最も遠い本館の東棟最奥に位置取っていた。
それを確認し、そこから北北西に8メートル離れた場所にあるオブジェ『マハラジェ=モルタール武勇を舞う』の影に、アウロスは身を寄せる。
ポジションは万全。
後は開始の合図を待つだけだ。
そして、それから5分後――――
「では始め!」
ミストの強い声が、大学の領地内全てに響き渡る。
斯くして――――様々な思惑を孕んだ訓練の火蓋が切って落とされた。




