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岩見優司のリア充(?)な日常  作者: 霧島こう
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最終回 これからの俺たち

最終回 これからの俺たち


 陽菜の父親がいなくなって、四人だけになった室内で、緊張の糸が切れた俺は脱力して椅子にもたれかかってしまった。


「終わったのか……?」


 屋敷に入ってから、今まで振りまわっされぱなしで、手放しで喜んでいいのか、まだ予断を許さなかった。


「及第点なのはいいけど、陽菜はどこだ?」


 皇一はもう大丈夫みたいなことを言っていたので、思わず笑ってしまったが、やはり不安だ。気が変わったということも十分にありうることだし、とにかく陽菜の姿を確認するまでは安心できない。


 この家の構造に詳しい皇一に陽菜の部屋の場所でも聞いて、会いに行くかとも考えたが、皇一の反応は素っ気なかった。


「知らないな。気になるのなら、おじさんを追いかけて、問いただしてみたらどうだい? 娘さんとの交際を認めてくれたということで良いんでしょうかってね」


 さっきまで親身になってくれていたのに、手のひらを返したように冷たい。


「僕は生まれてくる子供のことで頭が一杯なんだよ」


「あ、それは……」


 早智にしては珍しく、赤面していた。


「あははは! 女の子をからかうのはやっぱり楽しいな」


 何だよ、早智をからかいたいだけか。それは良いから、俺にアドバイスをくれないものかね。


 皇一と早智の惚気話に、彼女との交際が続けられるかどうかの瀬戸際にある俺は苛立ちを覚えた。だが、俺以上に、この二人に苛立ちを感じていた人間がいた。さっき俺をフッたばかりの七海だ。


「そいつと遊び過ぎて、ただでさえ緩い頭のネジがさらに緩まないようにね」


「な、何ですって……!」


 七海の毒舌に、早智は顔色を変えていた。うん、いつもの光景だ。そう思っていると、七海はバッグを片手に席を立った。


「七海! どこに行くんだよ?」


「どこって、自分の家に帰るのよ。呼ばれたから来てみれば、とんだ茶番に付き合わされたものだわ」


 何と、もう帰るという。


「それじゃあね。陽菜とよろしくやるのよ」


「えっ……?」


 去り際に、皮肉ともいえる捨て台詞を俺に投げかけた。七海からすれば、好きだった相手と親友が再会する場面にいるのは忍びないので、この場を立ち去るつもりなのだろう。


 一瞬、七海を追いかけそうになった足を慌てて止める。七海に追いついたところで、どんな言葉をかけるというのか。おかげで陽菜と楽しくやれそうだとでも言うつもりか。……残酷すぎる。七海の想いを受け入れるつもりがない以上、彼女に言葉をかけることは出来ない。無闇に七海の傷口を広げるような真似をするほど、人の気持ちを読めない人間でもない。


 廊下に出たところで、七海は俺たちには決して聞こえないように、念入りに小さな声でそっと呟いた。


「じゃあね、私の初恋」


 それから、一度も振り返ることなく、七海は屋敷を後にしていった。


「あらら、行っちゃったわね」


「また学校で会えるさ」


「会わなくていいわよ、あんなやつ」


 早智と七海のことで話していると、にわかに廊下が騒がしくなった。


「何の音だ?」


 騒ぎを訝しんで聞き耳を立てていると、廊下の方から、こっちに向かって駆けてくる足音が聞こえてきた。


「誰かがこの部屋に駆けてきているみたいだな」


「騒がしいやつだな。いくら広い屋敷だからって、走り回るなよな」


 俺は悪態をついたが、早智は何かを察したのか、ニヤニヤ笑っていた。


「それだけ早く会いたい人がいるんじゃないのかな」


「何を言って……、まさか……!」


 何を言っているのか聞こうとしたところで、ハッと気づいた。ここに走ってくる人間で、心当たりがあるのだ。


「陽菜……!」


 そうだ、陽菜だ。きっと俺に会いたくて、ここに向かって走ってきているんだ。


 待ちに待った恋人との再会に、飛び跳ねそうになるのを必死にこらえる。


 そうしている間にも、廊下からは使用人たちがお嬢様と呼ぶ声が聞こえてくる。それを聞いて、俺の推論は、ますます確信を持った。


「あなたの待ち人が来たみたいね」


 早智と皇一もからかうような口調で、俺の背中をつっついてくる。


「からかうな」


 口ではそう言うものの、本音は陽菜ともうすぐ会える喜びで、心が躍りそうだった。


「やっほ~! みんなの生徒会長、華麗に復活……! ……痛い!?」


 部屋に入ってきたのは、妹会長だった。さっき強引に締め出されたのを根に持って、意地でカムバックを果たしたらしい。ややこしい真似をされてイラッときたので、頬をつねってしまった。


「せっかくまた舞い戻ってきてやったのに、何をするんだよ!!」


「うるさい。お前なんてお呼びじゃない……」


「! 私のおかげでここまで侵入できたのに、すごく失礼なことを言われたよ!」


 妹会長が何事かぼやいていたが、構うものか。人の恋路を弄んだ罪は重いのだ。


「こんなことならお姉ちゃんを連れてきてやるんじゃなかったよ」


 悔しさを押し殺すように呟いた言葉が、俺の耳に突き刺さった。


「今、何て言った?」


「ふん! 教えてあげないもん! もうすぐ分かるから自分で確かめれば?」


「へそを曲げるなよ。なあ、頼むよ。もう一度説明してくれ」


 すっかり不機嫌になった妹会長に許しを乞うたが、その謎は自然に解けた。


「優司くん!」


 俺を呼ぶ声がしたので、顔を上げると、涙を流しながら俺を見ている陽菜がいた。顔は涙でぐちゃぐちゃだったが、悲しい涙で顔を濡らしていた一昨日とは勝手が違っていた。


「妹会長……、でかした」


「ふん! 今更褒めてくれたって遅いんだから……。って、うわああ!!」


 感激のあまり、妹会長を抱きかかえていた。そして、そのまま駆け寄ってきた陽菜と抱き合った。


「会いたかった!」


「俺もだよ」


 間に妹会長を挟んでいることも忘れて、互いに強く抱き合って、そしてキスをした。


「見せつけてくれるわね……。人が見ている前だってことを忘れているんじゃないの?」


「…………」


「無視かい!」


 無視していた訳ではない。陽菜と再会の喜びに浸ることに夢中で、早智の声が届いていていなかっただけだ。……十分に失礼か。


「お父さんがね、しばらくは様子を見てやるって!」


「ああ、そうか……」


 完全に認めてくれた訳ではない。俺が不甲斐ないと判断されれば、今度こそ陽菜との仲を引き裂かれることだろう。ゆめゆめ油断などしないようにせねば。


「それでね。早速今夜からしごき始めるって」


「ははは……。そりゃ何とも気が早い」


 陽菜と結ばれる道はまだまだ険しそうだな。


「転校はどうなったんだ?」


「うん、良い機会だから、しばらく向こうの学校で勉強して来いって言われたわ。冬くらいにはまた戻る予定よ」


「ははは……、何とも金持ちらしい話だな」


「私は英語の勉強を頑張るから、その間に優司くんも頑張ってね。戻ってきてみたら、お父さんから嫌われているというのはナシよ」


「……そうならないように努力するよ」


 正直、自信はないけど、ここで踏ん張らない訳にもいくまい。陽菜からも心配はしていないからと言われたので、ますます失敗できなくなった。でも、構わない。陽菜が俺のところに戻ってきてくれたのだから。


 そんな俺と陽菜のラブラブな状態に触発されたのか、皇一が早智の前に立った。


「鹿内さん」


「はい!?」


 いきなり声をかけられた早智は飛び上がりそうなくらいに驚いていた。


「僕たちも互いの関係に決着を付けようか」


「ふええええ!?」


 まさかのお言葉だ。フラれるか、関係が成就するか、二つに一つの緊張の瞬間の到来だ。突然、そんな状況に置かれた早智は柄にもなく、狼狽していた。


 俺と陽菜も思わず息を飲んでしまったが、皇一の口から出てきたのは、早智に取って願ってもない言葉だった。


「喜んで!!!!」


 もちろん、すぐに早智は了承した。皇一と付き合いたいと毎日のように連呼していたので、断る訳がないだろう。


 母親にぶたれても、教師に怒鳴られても一度も泣かなかった早智が、涙を流しながら皇一に抱きついていた。


 俺は陽菜と抱き合ったまま、皇一に皮肉を言ってやった。


「早智から告白されたら付き合うんじゃなかったのか?」


 お前の方から告白するなんて聞いてないぞ。どういう風の吹き回しだ?


「気が変わったんだよ。触発されたと言っても良い」


「そんなことを言って、自分だけ一人なのが寂しくなったんじゃないの?」


「どうとでも言いたまえ!」


 許嫁同士だった二人が、爽やかにお互いを祝福していた。俺も無関係ではないから、あまりからかってばかりもいられないけど、何となく気恥ずかしくなってきた。


「早智は馬鹿だし、空気を読めないところだけど、大切な幼馴染みだ。悲しませるようなことをしたら、許さないからな」


「そのセリフは僕からも言わせてもらうよ。嫌われているとはいえ、陽菜と僕だって、幼馴染みなんだからね」


 お前に言われなくても、そのつもりだよ。


「あと、さっきから言おうと思っていたんだけど……」


「何だ?」


「彼女、そろそろ解放してあげたらどうかな」


 皇一が俺と陽菜の間に視線を送った。


 ……しまった。感激のあまり、存在を忘れていた。俺と陽菜の板挟みにしたまま、すっかり忘れていた。


「わ、悪い……」


「真奈美、大丈夫?」


「むぎゅう……。ひどいよ、お兄ちゃん」


 相当な圧迫を受けたことで、妹会長は目を回してノックアウト寸前になっていた。


 だいぶ落ち着いてきたところで、俺の家で待機しているホイケルたちにも結果を電話で伝えた。


「何だよ。フラれてノコノコ帰ってきたお前をどうなじってやろうか考えていたのに、復縁しやがったのか。面白くねえの!」


 言葉では憎まれ口を叩いているが、明らかに泣いていた。素直におめでとうと言えばいいものを、ひねくれたやつだ。


 その後、日向と光にも代わってもらった。日向は相変わらず淡々とした口調で、素直におめでとうと言ってくれた。光も同じようにおめでとうと言っていたが、問題はその後だった。


「わ、わ、私は優司さまが陽菜お嬢様と結ばれることになろうが、なるまいが、将来優司さまのメイドとしてお仕えするつもりです!」


「……何だって?」


 思わず聞き返してしまったが、直後に「い、い、言ってしまいました。遂に言ってしまいました」と独り言を言った後に一方的に電話は切られてしまった。


 当然、陽菜に何事かと聞かれたが、言ったら怒りそうなので、誤魔化しておいた。だが、陽菜の勘は俺の思っているより良いらしい。


「そう言えば、光だけど、この間寝言で、「私の夢は優司さまに一生寄り添うことです!!」って、絶叫していたわよ」


「へえ……」


 光が告白をしたことはだいたい分かっていたらしい。ていうか、俺の身にも危険が及びそうなことを、寝言で囁くなよ。


「ずいぶんお楽しみの様ですが、そろそろよろしいでしょうか」


 俺たちをここに案内してくれた初老の使用人がいつの間にか、俺の背後に立っていた。


「旦那さまがお待ちです。これから優司さまをしごかれると首を長くしております」


「……もう?」


 俺をしごくと言っていたのは覚えているが、もう始めるのか。でも、今はもう少し陽菜とイチャついていたいんだよな。


 陽菜から、父親を説得してもらえないかと、期待を込めて目をやると、「頑張ってきてね」と笑顔で言われてしまった。


「……了解」


 彼女に笑顔で応援されては頑張らない訳にはいかない。こうして俺は陽菜との短い逢瀬を楽しんだ後で、初老の使用人(陽菜に聞いた話では、松形さんという名前で、この家の執事の長らしい)に連れられて、将来のお義父さんになるかもしれない人の待つ別室へと移動することを余儀なくされた。




「それで、陽菜がいないのに、そんなに楽しそうなのか」


「これが楽しそうに見えるか?」


 陽菜の屋敷での顛末を語り終えると、夏凛に早速爆笑された。他人事だと思って、軽口を叩きやがって……。


 陽菜の父親からの山のような宿題が毎日生徒会室に届けられるようになったのだ。何でも、俺に課された最初の課題はT大への入学らしい。全く、俺の偏差値を知らないのだろうか。


 だが、T大へ見事受かったとしても、その後に鬼のような課題がざっと控えているのだ。それを考えただけでも泣きそうになる。ホイケルからは、お金持ちのお嬢様と付き合うにはそれなりに苦労が付きまとうものであって、今までがラッキー過ぎたのだと笑われた。


 俺の苦労話を横で聞いてきた夏凛が、何かを決意したように俺にすり寄ってきた。


「よし! じゃあ、俺も将来は陽菜の家にメイドとして雇ってもらおう。そして、優司に一生寄り添うぜ!」


「ば……! 何を言ってるんだ!?」


 悪質な冗談であることを、心底願ったが、俺にじゃれついてくる夏凛の顔を見る限り、本気らしい。


「妻に美咲さん、忠実な僕として俺と光か。なかなかの面子じゃないか」


「俺は望んでない。勝手に決めるな」


「ちなみに、陽菜から捨てられることになっても、俺はずっと寄り添ってやるから安心しろよ」


「どこがだよ! 不安の種をばら撒いているだけじゃないか。俺に気があるのなら、望んでないアプローチは止めてくれ!」


 望んでいないと言えば、まゆからは、俺の愛人を目指すと言われた。本人的には譲歩しているつもりなのだろうが、俺としては苦笑いするしかない。


 結局これでは以前と何も変わっていないような気さえする。しばらくは女性に振り回される日々が続きそうだ。俺は名門大学への受験で死にそうだというのに。


 やれやれ、本当に大変なのは、これからかもしれないな。


長々と続いていた本作品ですが、今回で最終回となります。ご期待に添えたかどうかは分かりませんが、私なりにベストな終わり方にしたつもりです。当初の予定ではもっと早く終わるつもりだったのですが、ここまで続けられたのは、この作品を読んでくださった読者の方々のおかげです。明日から次回作を始める予定なので、そちらの方も引き続き読んでいただければ嬉しい限りです。

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