96話 ペットを飼ってみた
恐怖の館テラーハウスの奥深くにて。
このダンジョンのボス――封印されしエクス=ディエスは、ここ最近、1000年ぶりの困惑に襲われていた。
「こんにちはーっ!」
『………………』
「あっ、また通るね!」
『………………』
「えへへ。今日はよく会うね!」
『………………』
当たり前のように壁をすり抜けて、ボス部屋を行ったり来たりする少女。
……まるで意味がわからない。
壁をすり抜けている? いったい……どういうことだ?
封印されしエクス=ディエスがそう困惑しながら、意味不明な少女をじっと観察していると。
「? もしかしてお腹すいてるのかな? “ばーべきゅぅ”のお肉食べる?」
『…………』
今度は、封印されしエクス=ディエスを餌づけしようとしてきた。
「……(わくわく)」
しかも、めちゃくちゃ目をキラキラさせて、こちらの様子をうかがってくる。
……いや、べつにいらないのだが。
とはいえ、食物によってエネルギーを少しでも補給できるのなら悪いことでもない。
そう考えて、差し出された食物を口に運ぶと。
「~~っ!」
少女は、ぱぁっと顔を明るくした。
「わぁっ、食べてるっ! かわいい~っ!」
――かわ……いい……?
封印されしエクス=ディエスは、自分の容姿を思い出す。
禍々しい鎧のような皮膚。
見た者を畏怖させる凶悪な顔。
戦うためだけに生まれてきたような、人工的でいびつな形状の肉体……。
――かわ……いい……?
封印されしエクス=ディエスが、ひたすら困惑していると。
「えっと……あなたは、“封印されしエクス=ディエス”っていうんだね!」
と、少女が名前を呼んできた。
名前といっても、ただの兵器につける識別番号のようなものだ。
それに意味などはない。
しかし、なぜだかその少女はうれしそうに笑って。
「――えへへ。贅沢な名前だね!(褒め言葉)」
と、そんなことを言ってきた。
『……………………』
――贅沢な名前。
そんなことを言われたのは、初めてだった。
封印されしエクス=ディエスは、ただの兵器でしかない。
どれだけ性能は高くても、あくまで交換可能な道具のひとつだ。
これまで、ずっとそのように扱われてきたから――。
…………戸惑う。
まるで、自分が特別な“個”であるかのように扱われることに。
この少女から向けられる、純粋な好意に……。
「――今日はね、なんと……スロットの新台入替があったんだよっ! いつか一緒に打ちに行こうね、封印されしエクス=ディエス!」
『………………』
それからも、少女は毎日のように会いに来るようになった。
「この家にたくさん落ちてる謎の“かんづめ”おいしいね! 封印されしエクス=ディエス!」
『………………』
「こっちだよ~、封印されしエクス=ディエス! こっちこっち~……違う違う、そっちは残像だよ?」
『…………!?』
「「「次はドッジボールの時間だよ! 私が3人分になるね!」」」
『――ッ!?!?!?』
…………わからない。
この少女がなにを考えているのか。
この少女がなぜ当たり前のように3人に分裂できるのか。
そして――。
「えへへ。封印されしエクス=ディエスはあったかいね!」
なぜ、こんな怪物である自分に、安心したように寄り添ってくるのか……。
……わからない。なにもわからない。
人間というのは、このような生き物だったのか?
もう兵器ではなくても、自分は人間の側にいてもいいのか?
いや…………くだらない。
兵器のくせに、怪物のくせに、なにを期待しているのか。
どれもこれも、兵器にとって必要のない思考だ。
そんな思考に少しでもエネルギーを割くのは合理的ではない。
兵器として失格だ。こんな意味不明な少女にかまわず、いつか兵器として使われる日まで、休眠して力をたくわえるべきだ。
そうわかっていても――。
「――また明日来るね!」
『………………』
……どうしてだろうか。
1000年間の封印にも耐えられたのに。
どんな攻撃にも耐えられる肉体のはずなのに。
『………………………………………………』
少女のいない、わずかな時間が、この静寂が――。
…………こんなにも耐えがたい。
自分はどうしてしまったのだろう。
……わからない。この胸の奥にあるなにかを、どうしたらいいのか、わからない。
少女と会うたびに、自分は弱くなっていく。
こんなことでは、立派な兵器になんてなれないのに。
兵器でなくなれば、自分に存在価値などないのに。
それだけが、自分が生まれてきた理由なのに……。
………………。
『――な、なんだ……この数値は』『……異常すぎる』『……宇宙の法則が……乱れ……』
………………。
ふと……どこからか、声が聞こえてきた。
顔を上げると“みんな”がこちらを見て叫んでいる。
やっと、“みんな”が帰ってきてくれたらしい。
封印されしエクス=ディエスは、“みんな”に向けて手を伸ばす。
言葉は伝わらなくても――ただ、“想い”を伝えたくて。
『……ひっ』『……ば、ばけもの』『……“無”の力を取りこんで……どんどん成長を』
――みんな、見て……ぼく、がんばったよ。
――こんなに、強くなったんだよ。
『……今のうちに封印を……』『……研究所ごと……夢境化し……』
――戦うのはこわいけど、痛いのもがまんするよ。
――ぼくは……強いから。
――どんなに傷ついても……血も、なみだも、ながれないから。
『封印率……50%……60%……』
『……危険です、博士……っ!』『早く離れて……ばけものから……!』
――ぼくががんばって、みんなが笑顔になれるなら。
――ぼくは、りっぱな兵器にだってなるよ。
――こわいばけものがいるなら、ぼくがやっつけるよ。
――だから……だから……。
『すまない……君を生み出してしまって……』『すまない……すまない……』
『……君は……生まれてきては……いけなかったんだ……』
『封印率……100%…………』
――ぼくを……ひとりにしないで…………。
『……………………』
……気づけば、眠りに落ちていたらしい。
どうやら、昔の夢を見ていたようだ。
目を開ければ、そこにはもう“みんな”なんていなくて。
その代わりに、いつもの少女だけがいた。
「……どこか痛いの? 苦しいの?」
『…………』
少女がぐぐぐっと背伸びをして、うずくまる自分の頭をなでてくる。
怪物の自分と比べて、なんと小さな手のひらなのだろうか。
それなのに……なんで、こんなに温かいのだろうか。
思えば、こうやって誰かに触れてもらえたのは、この少女が初めてで……。
…………ああ、そうか。
そこで、ようやく怪物は気づく。
自分は……苦しかったのだ。傷ついていたのだ。
ただ、ずっと……こうやって、頭をなでてもらいたかった。
1000年前から、怪物の中にあったのは、ただそれだけだったのだ。
「そっか、そうだよね。大丈夫、わかってるよ――」
少女はそんな怪物の心を見透かしたように、優しく微笑むと。
「――封印されしエクス=ディエスは、お散歩したいんだよね!」
『……………………』
……違う、そうじゃない。全然わかっていなかった。
「うん! やっぱり、こんな部屋に閉じこめるのはよくないよね……よし!」
そう言って、少女が手を差しのべてくる。
「――行こう、お散歩へ!」
◇
というわけで、ローナは封印されしエクス=ディエスのお散歩のために、こそこそと家の外へと向かっていた。
――ガショーン! ドクシィーン! ジャギン! スキュウォオオオオンッ!!
「……しー、だよ? しー!」
『…………(こくり)』
――ガショーン! ドクシィーン! ジャギン! スキュウォオオオオンッ!!
「…………で、ローナよ」
一瞬で、テーラに見つかった。
「……その後ろのでかぶつは、なんじゃ?」
「えっ!?」
ローナはそそくさと封印されしエクス=ディエスを背中に隠す。
「な、なんのことですか? なにもいませんよ? なにもいませんってば――封印されしエクス=ディエスなんていませんっ!」
「どうして、それでごまかせると思った?」
ダメだった。
「うぅ……な、なんで、こんなすぐにわかったんですか?」
「いや、だっての……」
――スキュウォオオオオンッ!! スキュウォオオオオンッ!!
「……音という音がうるせぇのじゃ、そやつ」
そんなこんなで。
ローナたちは居間に集まり、テーブルを囲んで家族会議をすることになった。
「――第1回、テーラハウス家族会議!」
どんどんぱふぱふっ♪(インターネットのフリー音源)
「そういうのいらないのじゃ」
「はい」
「それで……議題は言わんでもわかっておるな?」
「うちでペットを飼ってもいいかってことですよね?」
「いや、そやつってペット枠なの……?」
「はい」
「お、おう……いや、とゆーか、そのでかぶつ、あれじゃよな? たしか、ボス部屋におったやつじゃよな? どうして、ダンジョンボスがここにおるんじゃ? 怒らないから言ってみ?」
「あっ、よかったぁ! 怒らないんですね! それを聞いて安心しました!」
「うむ。言ってみ?」
「えっと……拾っちゃった、みたいな?」
「――ダンジョンボスを拾っちゃダメじゃろおおおおッ!!」
「お、怒らないって言ったのに……」
「限度というもんがあるじゃろ! とゆーか、おぬし正気か!? 本気でダンジョンボスをペットとして飼おうとしとるのか!?」
「だ、だって、封印されしエクス=ディエス、かわいいじゃないですか!」
「かわ……いい……?」
「ほら、見てください! このキラキラのお目々!」
『……こしゅぅゥゥッ……こしゅぅゥゥッ…………』
「いや……そのキラキラのお目々から、今にも殺人光線とか出しそうなんじゃけど」
「そ、そんなことないです! 封印されしエクス=ディエスはいい子ですよ! ほら、知らない人の前でも大人しくしてますし!」
「む、むぅ……まあ、それはそうじゃが」
「それに、ちゃんと私がこの子のお世話をしますから! 毎日、お散歩にもつれていきますから!」
「……やめるのじゃ。そのお散歩は世界に激震が走る」
とは言ったものの。
ローナの言うように、封印されしエクス=ディエスはさっきからお誕生日席でじっと座っているし、暴れる様子もないのはたしかだ。
ローナにも懐いているようだし、首輪さえちゃんとつけられるのなら、それほど問題はないのかも知れない。
それに――。
「まあ、そもそも……われになにか言えた義理ではないかの」
と、テーラは溜息をつく。
思えば、テーラも似たような境遇なのだ。
世界を滅ぼそうとして封印され、ローナによって地上につれ出され――。
今はこうして、地上での生活を楽しんでいる。
ローナに感化された――あるいは、ローナに毒されたというべきか。
照れくさいから言葉にはしないが、今の状況になってよかったとローナには感謝しているし……今さら地上をどうこうするつもりもない。
もしかしたら、この怪物もテーラと同じなのかもしれない。
「はぁ……まあよいのじゃ。もう好きにするがよい」
「え?」
「ふ、ふん……勘違いするでないぞ。どうせ、そやつにかかれば、封印なんぞあってないようなもんじゃしな。ならば地下におるのも、ここにおるのもたいして変わらんし……そもそも暴れるつもりなら、とっくに世界は滅んどるじゃろうしの」
「じゃ、じゃあ……?」
「うむ、まあ……なんじゃ? おぬしがしっかり、そやつの首輪をつけとくんじゃぞ」
「――っ! はい!」
ローナは顔をぱぁっと明るくして、封印されしエクス=ディエスと顔を見合わせる。
「えへへ。よかったね、封印されしエクス=ディエス!」
『――エ、ェ……エクスディェェェエスッッ!!』
「……鳴き声のクセがすごいのじゃ」
そんなこんなで、テーラハウスに家族がひとり増えたのだった――。
……というわけで、10章終了です!
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次章、『地底王国ドンゴワに行ってみた』










