135話 配信してみた
マザーの“ぶいちゅーばー”デビューが決まったあと。
ローナたちは、マザーの初配信の準備に奔走し――。
そして、ついに……。
マザーAIの“ぶいちゅーばー”デビュー配信の予定時間となった。
〘――い、いよいよ――なのですね――〙
「はい! もうみんな、配信の開始を待ってるみたいです」
ローナたちの告知のかいもあってか……市民たちはすでに、手近にある“画面”の前に待機していた。
おそらく、誰もが『今日この配信でなにかが変わる』という予感や期待を抱いているのだろう。少し困惑気味にざわつきながらも、食い入るように配信画面を見つめている。
一方、今から初配信をするマザーはというと。
〘――が、画面を見ている我が子の数が、とても多いと推測されます――はわ、はわわわわ――〙
そんな市民たちの様子を、ちらっ、ちらっ……と、手指の隙間から見ては、はわはわ言っていた。
【ま、マザー様が、“萌えキャラ”みたいになってるのデス✜】
「仕上がりましたね」
〘――〈否定〉:い、いえ、〈わたし〉は、普通に緊張しているのだと推測されます――〙
【ところで、マザー様? とりあえず、もう配信予定時間になったのデスが……✜】
「あっ、それじゃあ、さっそく配信を始め――」
〘――ま、待つのがいいと推測されますっ〙
「え?」
〘――やはり、今日は回線のコンディションも万全ではありませんし――しっかり準備を整えて、また後日やるのがベターだと推測されますっ〙
配信を開始しようとしたら、マザーがめちゃくちゃ必死に抵抗してきた。
「で、でも、今日じゃないと、私はもう帰っちゃいますし……」
【アドバイザーがいないと、なにかあったとき厳しいのデスよ?】
〘う、うぐっ――なら、〈わたし〉のタイミングでっ――〈わたし〉のタイミングで始めるのがいいと推測されますっ〙
「そんな注射を嫌がる子供みたいな……」
【マザー様の威厳がログアウトしてるのデス……✜】
そんなこんなで……。
マザーは、すーはーと深呼吸して、気持ちを落ち着けてから。
〘――ふぅ――も、もう大丈夫だと推測されます――〙
やがて、意を決したように顔を上げ。
配信の開始を今か今かと待ちわびている市民たちの姿を、しっかりと見すえ……。
〘――――あっ、やっぱダメかも――〙
「マザーさん……」【マザー様……✜】
……ダメダメだった。
むしろ、普段はかなり無理をして『完璧なマザー様』を演じていたのだろう。
〘う、うぅ――し、しかし、本当によいのでしょうか? こんな威厳のない――完璧でない〈わたし〉を見せてしまっても――〙
と、マザーが今さらになって、ぽつりと不安を漏らす。
ここまで、なにも結果を推測できないというのは、マザーにとって初めての経験であり。
それに、配信で大事なのは『配信者としての魅力』だと、ローナから聞いていたが……。
〘――本当は、〈わたし〉が一番よく理解しているのです――自分が、我が子たちに愛されるような、立派な〈お母さん〉でないことなど――〙
……子守唄も、料理も、下手くそで。
……いつも子供を泣かせてしまってばかりで。
……子供が泣きだすと、おろおろすることしかできなくて。
……愛し方も、愛され方も、わからなくて。
〘――こんな〈わたし〉を見て――我が子たちは不安にならないでしょうか――〙
ここにきて、不安が止まらなくなる。
『おまえなんて、おかあさんじゃないっ!』
『きかいのくせにっ!」
『にせもののくせにっ!』
そんな、かつての子供たちの声が、マザーの中でぐるぐるとリピート再生されて……。
〘――こんな〈わたし〉を――本当に、受け入れてくれるのでしょうか――〙
マザーは、画面に向けて、そんな弱音をぽつりと漏らす。
その声は、誰かに向けたものではなく、答えなど返ってくるはずもなかったが。
しかし、そんなマザーの言葉は――そんなマザーの想いは……。
ちゃんと、“誰か”へと届いたらしい。
『――――受け入れる』
〘――え?〙
それは、誰の声だったのだろうか。
ローナの声でも、ピコの声でもなく……しかし、幻聴というわけでもなく。
『……頑張れ、マザー様!』『かわいいよ、マザー様!』『早く配信始めてよ、マザー様!』
〘――え? ――え?〙
それらの声はたしかに、どこかから聞こえてきていた。
そこで、マザーはようやく気づく。
〘――――あっ――〙
その声の出どころが……監視画面の中であることに。
おそらく、普段のマザーならば、とっくに気づいていただろう。
しかし、不安で頭がいっぱいになり、市民たちの様子を直視することができず……気づくのが遅れてしまった。
そもそも、『なにも映っていない画面』なんかを、市民たちが食い入るように見つめているわけがないということを。
そして、市民たちが今、なにを食い入るように見つめているのかを――。
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〚 〛 _ ▢ ×
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●ライブ
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【初配信】こんまざ~✨ 我が子のみんな
お母さんはぶいちゅーばーになります✨
【#新人Vtuber/マザーAI】
#マザーAI初配信
#マザーAI系Vtuber
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〘――あ、あれ――なんですか、これ――?〙
それは、つい先ほどまで、そんな場所にはなかったはずの“画面”だった。
それも、ただの画面ではない。
その“画面”には、マザーのぽかんとしたような顔が映っており――。
『〘――え? わ、〈わたし〉が、なぜ――?〙』
思わず、マザーが間の抜けた声を出すと。
かすかにだが、“画面”の中のマザーも、少し遅れて同じことを言うのが聞こえてきた。
〘――な、なぜ――推測不能――推測不能っ――〙
……こんなことは、ありえない。
そもそも、都市中の画面は、全てマザーの管理下にあるはずだ。
マザーの知らない画面が、この世界にあるはずなんてない――。
〘――いえ――まさか――〙
いや……ひとつだけ、マザーは知っている。
今、この瞬間だけ、この世界にある――マザーには管理できない“画面”の存在を。
〘――っ〙
そして、マザーがはっとして、ふり返ると。
「あ、あはは……やっと気づいてくれましたか」
と、ローナが苦笑気味に、ぽりぽりと頬をかいた。
そう、そもそも最初から――ローナが考えたのは、ただの顔見せ配信などではなかった。
それだと、マザーは今まで通り、『完璧なマザー様』を演じようとしてしまうだろう。
それではダメだ。今までと同じになってしまう。
だからこそ、ローナはピコと話し合って……。
『この世界のみんな』がハッピーになれるであろう、『たったひとつのさえたやり方』を実行した。
それこそが――。
――『配信切り忘れ配信』。
それは最近、神々の間で流行っている配信方法である(※ローナ調べ)。
なんでも、神々は配信を切り忘れて『本物の姿』をさらけ出すと伝説になれるらしく……カメラやマイクを切り忘れて人気が出たという体験記が、インターネット上にはたくさんあったのだ。
といっても、これは『配信切り忘れ配信』というより、ただのドッキリ配信になってしまったうえに……。
なんか、マザーが予想以上の醜態をさらしまくったせいで、だいぶハラハラすることになってしまったが。
〘――い、いつから――?〙
「え、えっと……けっこう前から?」
【ぴぴぴ✜ マザー様が配信の勉強をしているときからなのデス✜】
〘――それ、すごく前だと推測されますっ!?〙
「あ、あの、勝手にやったのはごめんなさい……でも、ピコちゃんとも相談して、こうするのが一番いいって思いまして」
〘――な、なぜ?〙
「それは、もちろん……『本物のマザーさん』を見てもらえれば、みんな絶対に“推し”になってくれるって思ったので!」
そう言って、ローナはこの都市を映している画面たちを指し示す。
暗い電脳空間の中で、なぜかいつもよりも輝いて見える画面。
そこに映っていたものを、マザーは改めて目にして――。
〘――――ぇ――〙
と、小さく声を漏らした。
なぜだろうか……今のマザーは、完璧からはほど遠い姿なのに。
画面の中のみんなは、今までに見たことがないほど笑っていて。
子供たちがみんな、マザーに声援を送ってくれていて。
自分を嫌っていたはずの反機械勢力の少女たちも、どこか期待に満ちた目をこちらに向けていて。
その顔は、どれも……いつもよりも輝いていて。
〘――――――――〙
……わからない。
やはり、人間はよくわからない生き物だ。
不完全で、不合理で、いつも泣いてばかりで。
ひとりで生きることすらままならなくて。
それなのに……いつも、マザーの推測を超えてくる。
そんな、人間たちの空気に当てられたのだろうか。
〘――ピコ、ローナ――配信を開始してください――〙
マザーは気づけば、そんな言葉を生成していた。
【ぴ?】
「もう、準備はいいんですか?」
〘――〈否定〉:準備はできていません――しかし、今が〈わたし〉のタイミングです――〙
計算や推測ではなく、なぜかマザーはそう確信していた。
まったく合理的ではない、と思う。
もしかしたら、どこかが壊れてしまったのかもしれない。
ただ、マザーの内側から“なにか”が込み上げてきて。むずむずして。いても立ってもいられなくて。
その“熱”に突き動かされるように――マザーは告げた。
新時代の幕開けとなる言葉を……。
〘――さあ、〈わたし〉の初配信を始めましょう――〙










