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・エピローグ 2/3 SIDE:????

「おい、そんだけか……?」


「どうした? 落ち着け、ゴルドー」


「反逆者の肩を持つつもりはねぇですけどよぉっ!! あまりにもあんまりじゃねぇですかいっ!? 俺ぁオラフの味方すんぜ、そんときはよぉっ!!」


 俺はベルナディオの書斎を去ろうと背を向けた。


「待てゴルドー、どこへ行く?」


「家出しやす」


「何……?」


「あんなもん見ちまったら、もう、無理でさ……。辺境で魔物でも狩って気ままに暮らして、心の整理が付いたら帰ってきやす……」


 そう口にすると肩が軽くなった。低い天井にふさがれた息苦しい世界が、嘘のように高く広く感じられるようになった。


「それでは私の周囲から誰も居なくなってしまうではないか……」


「んなことねぇですよ、俺たちは離れても一緒です。オラフだって20年待つって言ったでしょ……? 信じてなかったらあんなこと言わねぇですよ……」


「そうか、オラフは私を信じてくれているのか……」


 ベルナディオは書斎机を立って俺の背に立った。俺は友人に振り向かなかった。

 振り向かない俺にベルナディオは、とある呪いの言葉を口にした。


 誓いってのは呪いなんだ。本気で誓ちまうと、人はそれに縛られ、抜け出せなくなっちまう。

 その言葉が一生自分を縛り付けることになる覚悟で、皇太子ベルナディオは俺の背に誓った。


「私は帝国を変える。オラフの反乱を未然に防いでみせる。たとえ皇帝を敵にしようとも、私は必ず正義を果たす。しかし、それでもどうにもならないのならば……」


「へぇ、どうすんで?」


「我々で一緒に滅ぼしてしまうか……」


「はははっ、んじゃそんときは、こっち側ってことでよろしく!」


 それから20年近くを帝国の外で過ごした。ときおりオラフと連絡を入れ合いながら、ガチの反乱の下準備を進めながらな。

 再びアザゼリアの帝都に帰ったのは、名と身分を偽り、反乱計画の間者として宮廷に潜り込んだ時だった。


 オラフはベルナディオを信じていたが、ベルナディオが皇帝になれなかった場合は決起すると決めていた。

 で、俺の役は暗殺の手引きと、人質にされている諸侯の子らの確保だった。


「ゴルドー……?」


「げっ?!」


「いつ帰ったのだ……? なぜお前が正規軍にいる? なぜ父親の地位を継がない? なぜ私に会いにこなかった?」


「まあ、わたくし、余計なことをしてしまったようです……」


 目立たないようにしていたはずが、ソーミャ様にベルナディオ皇太子を紹介されてしまった。

 今年は約束の20年後。20年後にオラフは帝国を滅ぼすと宣言していた。


「あの時、お前は言った。その時はオラフの側に付くと」


「ええ、言いやしたが、それが20年ぶりにダチへかける言葉ですかい?」


「ゴルドー!」


「俺たちは止まりやせんぜ。改善するどころか悪化の一途、止まる理由がねぇ」


 皇太子殿下はソーミャを退室させた。戦乱となればソーミャ皇女も無事では済まないだろう。オラフと俺が勝てばあの子も処刑台送りだ。


「ゴルドー、私もその計画に一枚噛みたい」


「はぁ……っ?」


「父上は私を排除するつもりのようだ。私は父親を殺してでも皇帝になる。力を貸せ、ゴルドー、オラフ!!」


 ベルナディオは誓いを忘れてなどいなかった。誓いを果たすために皇帝殺しを決意していた。


 皇帝はかねてよりベルナディオの融和的な考え方に疑問を持っており、表では認めながらも、裏では思想を変えなければ廃嫡すると迫っていたそうだ。


「私が皇帝となる道はもはや他にない。私も父親を殺そう、我が友オラフと同じように」


 つまりはそういうことだ。

 此度の皇帝暗殺騒動は貴族派の陰謀と疑われていたが、実は逆だった。これは俺たちと皇太子殿下による陰謀だった。


 俺たちは皇帝に毒を盛り、喉を潰した。ベルナディオは皇帝に相応しくないなんて、言わせるわけにはいかねぇ。筆談もできねぇように指の骨を折ってやった。


 あの戦乱で死んでいった無辜の民の痛みと比べれば、蚊に刺されたようなもんだろうよ。


「悪く思わねぇでくだせぇ」


 皇帝の寝室で俺はわびた。


「父上、これは当然の報いだ。貴方の失策がこの事態を招いた」


 ベルナディオが糾弾した。


「苦しいですか? ですが僕の家族の苦しみにはおよびません。姉さん、お婆ちゃん、父さん……やっと無念を晴らせました……」


 皇帝は恐怖した。救いの手などどこにもないことに。オラフが向ける20年越しの憎悪に。それに加えて――


「わらわの言うことを聞かぬからこうなる。ベルナディオこそが帝国の黄金期をもたらす英傑。わらわがそう言ったではないか」


 夫を裏切った妻、プアン皇后の存在もまた皇帝には衝撃だっただろう。


「心配はいらぬ。可能な限りの延命をさせる。それがオラフの望みじゃ」


「皇帝陛下、帝国はこのオラフと盟友ベルナディオがいただきます。貴方はどうかそこで、惨めに弱り果てていって下さい。それでも到底、同胞の苦しみにはおよびませんが……」


 これが真実。ソーミャ皇女とアルヴェイグ殿下が知る必要のない黒い真実だ。俺たちは暗愚な皇帝を排除し、正義を果たした。


 ベルナディオは皇帝となった。無論、最後っ屁の妨害はあったが俺とオラフがいれば他愛ないものだった。


 万歳、皇帝ベルナディオ万歳。

 広場で民は熱狂し、力ある貴族たちは苦虫を噛み潰した顔をした。

 何も知らねぇアルヴェイグ王子はベルナディオを尊敬の眼差しで見つめていた。


 きっとベルナディオなりの罪滅ぼしのつもりだったのだろう。自分たちのような酷い人生を味わわせないための善意だったのだろう。アルヴェイグへの異常な関心と寵愛は。


 その寵愛は変わらず、戴冠式の舞台でアルヴェイグはベルナディオの左に並び立った。右にはオラフ。後ろにはプアン皇后。そのまた後ろには俺。ソーミャ皇女ももちろんいた。


 人々の歓声は鳴り止まず、皇帝と英雄の誕生に熱狂した。戴冠式を終えた後も人々は広場から去ろうとしなかった。


 俺は御者として王子殿下とオラフを屋敷に送り、そんで王子殿下の目を盗んで作業部屋に入った。

 俺も昔はこういうのが好きだった。物心付いたときから人の物を直したり、バザーで壊れたオモチャを買って直して売っていた。


 子供に頼まれたときは金を取れなかった。なんでかはわかんねぇけど、それをしたらおしまいだって俺はわかっていた。

 オラフに負けたあの日まで、俺も王子殿下のように、近所の子によくモテたもんだ。


「あれ、ゴルドーさん? もしかしてゴルドーさんもこういうのに興味があるんですか?」


「ははは、バカ言っちゃいけねぇ。俺みてぇな無骨なおっさんに、王子殿下みてぇな器用なことができるわけねぇでしょ」


「じゃあ、なぜここに?」


「……直すとこ、見せてくれやせんか? 殿下が物を直すとこ、見るの好きなんでさ」


「いいですよ! なら一緒にやりましょう、僕が教えてあげます!」


「気持ちは嬉しいですが、あんまおっさんに無理させねぇでくだせぇよ、殿下」


 なんでかな。なんでかわかんねぇけど、なんか息子でもできたかのように王子殿下がかわいい。

 俺は王子殿下から修理の技を教わった。そしたらなんでか知らねぇけど、涙があふれてきて、王子殿下に笑われちまった。


 なんでだろね。なんでかはわかんねぇし、わかる必要も別にねぇ。俺は王子殿下の護衛として、この先もずっとこの子を見守り続けると決めたんだからな。


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