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・エピローグ 1/3 SIDE:????

 物心付いて世間を知るうちに、俺は若くしてこの世の低い天井に気付いてしまった。

 父親は冴えない下級騎士の男で、母親は無教養な靴屋の娘。俺もまた父親の雑務を手伝いながら朝晩を鍛錬に費やすだけのつまらない子供だった。


 剣の腕だけなら同世代で最強を自負していたが、そのちっぽけなプライドも1人の男に打ち砕かれた。


「ベルナディオに続き、君のような人まで……。僕は慢心していたようです……」


「蛮族の国の剣術に、この俺が……。んな、バカな……」


「僕の祖先は帝国の騎士です。半世紀ばかしの乖離はあれど、ルーツは貴方と同じです」


 ソイツの名はオラフ・イポス。慢心した俺の前に現れた100年に1人の天才だった。女遊びの噂の絶えないナンパ野郎に、俺は騎士会館の訓練場で惨敗した。


「おめぇ……やるじゃねぇか……。目ぇ覚めたぜ、この野郎……」


「僕もです、僕も慢心していました。祖国の家族を守るためにも、もっと強くならないと……」


「……なら、付き合ってやんよ。家教えろ、暇あったら俺んちにこい。俺も強くなりてぇんだ」


「ベルナディオにも同じ質問をしたのですが、なぜ貴方は力を求めるのですか?」


「他にねぇからだ。俺は下級騎士のせがれ、いくら働いたって華々しい出世なんてねぇ。俺は気に入らねぇんだよ、この世の全てが!!」


「フフ……僕たちはいい友達になれそうです。これからどうかよろしく、騎士令息ゴルドー」


「はっ、よろしくな、王子殿下」


 その日から俺は趣味の一つを捨てた。道楽にうつつを抜かすあまりにオラフに負けたのだと思い込んだ。

 オラフは『せっかく人助けになる才能を持っているのにもったいない』と言ってくれたが、俺の決意は揺るがなかった。


 恐れ多くもベルナディオ皇太子殿下とも友人となり、身分差の釣り合わないおかしな友情関係が結ばれた。

 俺はいつまでも続くと思っていた。居心地も悪くねぇし、やつらとの鍛錬は俺の目的にも適っていた。


 しかし終わりが訪れた。オラフの祖国アリラテで反乱が起こり、オラフに処刑の危機が訪れた。反乱軍がクーデターを起こし、オラフの父を脅して決起させた。


 降伏しなければ嫡子オラフ・イポスを処刑する。その書簡の返信が宮廷に帰ってこれば、俺は最強のライバルにあの世へ逃げられてしまう。


「どうにかしやがれっ、ベルナディオ様よぉっっ、テメェ皇太子なんだろがっっ!!」


「ゴルドー、お前は私がみすみす、剣術でも恋愛でも敗北を喫した男を見殺しにするような人間と思うか?」


 あの日、俺は宮廷のベルナディオの書斎に押し掛けた。ベルナディオはその若さで黒竜宮長――つまりは宮廷の一部始終を任されていた。


「ああっ、ヤツが死ねばマルサちゃんはお前のもんだ! オラフが死んだ方が都合がいいだろがよっ!」


「オラフを救う策がある。母上にもご賛同いただけた。ゴルドーよ、折り入ってお前に頼みがある」


「よし乗った! 勝ち逃げは許せねぇ!」


「では共に赤竜宮にこい、共に皇帝へ直訴するぞ」


「……あぁっ、なんだそりゃぁっ!?」


「オラフを鎮圧部隊の総大将にする。そしてゴルドー、お前はそれに同行し、オラフを監視しろ」


「ダチを見張れだって……? テメェ頭正気かよっ!」


 それは友を救うための苦肉の策だった。この直訴が俺たちの運命を変えた。


「オラフを救う方法は他にない。オラフが手を緩めようとしたら厳しく問いただせ。そしてオラフに父親を斬らせろ。この条件ならば父上にもご理解いただける」


 直訴は叶った。俺はオラフの護衛としてあの戦いに従軍した。そしてその戦いで俺たちは斬った、限界に達した貧困と過剰な搾取に決起するしかなかったアリラテの民を。


 オラフは同胞の返り血を拭おうともせず、最後は自らが育った城に乗り込み、姉、祖母、従兄弟、そして王である父親を斬った。


「これでいいのですよね、ゴルドー……」


 かける言葉が見つからなかった。オラフは鎮圧を終えた後も、家族の血を浴びた服とマントを決して脱ごうとしなかった。

 いつかコイツは帝国に復讐をするんじゃねぇかと、嫌な疑いを覚えた。


「オラフ……俺に政治はわからねぇ、わからねぇけどよ……。皇太子殿下を恨むのはお門違いだ。悪ぃのは……悪ぃのは……」


 誰が悪いのか俺にはわからなかった。なにせ俺は無骨な下級騎士のせがれだ。何も考えずに帝国の命令に従い、人を殺すのが俺の役割だった。


 そんな俺にオラフは答えをくれた。わかってはいても、騎士の子として、決して至ってはならない答えを。


「帝国です」


 オラフは騎士王の剣の血を払うと、やっとそれを鞘に収めた。父が座していた玉座に腰掛け、俺に手招いた。

 それに俺は覇王の貫禄を感じた。この男ならばもしかしたら、全てをぶっ壊せるのではないかと、期待に胸が沸いた。


「奇遇だな、相棒。俺も同じ結論に至った」


「ゴルドー……!」


「今の帝国は間違っている。バカな俺だってわかるんだ、みんなわかってんだよ、みんなな……」


 俺は慈悲深き弾圧者にして新王オラフにひざまずいた。帝国への忠誠心は俺の胸からとうに消えていた。

 いや、最初からそんなもんなかったのかもしれねぇ。


「ベルナディオに伝えて下さい。僕自らの手で始末を付けさせてくれたことに感謝する。おかげで民の被害は最小限、家族も苦しまずに逝けた」


「ああ、お前は正しかったんだ。お前でなけらりゃもっと酷ぇ戦火が広がってた」


「それともう1つ伝言を」


「おう、なんでも言え。バッチリそのまんま伝えてやるよ」


「ベルナディオ、君たち帝国がこのまま変わらないなら、僕はいつか君の首を取りに行く。諸侯を従え、僕は帝国を叩き潰す」


「お、おい……おめぇ……」


 その言葉に俺は気味の悪い笑みを浮かべていただろう。


「20年待とう。20年経っても変わらないなら、僕は犬を止めて復讐を果たす。帝国を変えろ、ベルナディオ」


 全てはこの言葉から始まった。オラフは20年間の猶予を与えた。


「果たされなければ皇帝を殺す。僕自らが殺しに行こう。僕が君を赦すかどうかは、君次第だ」


 20年経ったら皇帝を殺しに行くと予告した。


「ったく、言いたい放題言いたがって、伝える側にもなれっての……。おう、伝言確かに承ったぜ。おめぇの想い、代わりに叩きつけてやるよ」


「ありがとう。ゴルドー、貴方と出会えてよかったです」


 その伝言を胸に俺は帝都に戻った。オラフの無念ももっともだった。俺は皇太子殿下にそっくりそのままの言葉を叩き付けた。


「そうか、恨まれることは承知であったが、そこまで決意させてしまったか……」


 伝言だけでは怒りが収まらなかった。大義のない戦いに身を投じ、俺たちは無辜の民を斬った。

 だが本当に正しかったのは、あの反乱に加わって帝国を倒すことだった。


 俺は堕落し切った支配階級の生活のために、過ちを正そうと決起した勇者たちを弾圧してしまったんだ!

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