・奥の手【無窮のスコップ】で皇后救出作戦
屋敷の使用人たちは女官の正体に気付かなかった。正門に立った俺を庭師のお兄さんが取り次いでくれて、特に疑われることもなくエマさんとの接触が叶った。
場所は待機室。使用人たちが食事や休憩、ミーティングを行ったりする部屋だった。
「えっと、私に用って聞いたけど、アンタ誰?」
当然ながら王子様専用のあの媚び媚びしい態度はなかった。特別扱いのない自然な応対に『これだよ、これ』と俺は感動した。
「逆に聞きたいです……。どうして誰も気付かないんですか……」
「そんなこと言われてもアンタなんか知んないし。ま、いいけどねー、今は王子様いなくてすごく暇だし……」
「もう一度言います。どうして気付かないんですかっっ!! 気付いて下さいよっ、エマさんっっ!!」
いつもの調子で叫ぶと、さすがのエマさんも謎の女官の正体に気付いてくれた。
「嘘っっ、どうしたの、その格好っっ!?」
「はい、これは事情あって正体を隠――」
「超かわいいっっ!!」
誘拐の標的はソーミャ皇女ならびにアルヴェイグ王子。よって引き続きの変装が必要とはいえ、男子には不服な評価だった……。
「っと、違った、ではなく……。このエマ、王子殿下のあまりの女性らしさについ嫉妬してしましました……♪」
「猫かぶるのもう止めません……?」
「いいえ、私は平民、貴方は王子様。これが私なりの親愛の形でございます♪」
エマさんは14歳の王子の腕に胸の谷間を押し付けた。推定Kカップだったそれは、この2年でさらに大きく成長していた。
「俺はもっと雑に扱ってもらいたいです……」
「そのお話はともかく、この風変わりなご帰宅はどのようなご事情からでしょう?」
その質問に俺は表情を引き締めてみせた。
「手柄を上げるチャンスがやってきて、あのスコップが必要になりました。俺の部屋からアレを取ってきてくれませんか?」
「ご主人様、その返答では、その素敵なお姿の説明にはなりません。私もぜひお化粧なり、誠心誠意協力を尽くしたく思うのですが……♪」
押し付けられる大きな塊に色ボケしかけた頭と腕を振り払って、エマさんと距離を取った。
「ロメインさんのお屋敷に忍び込みたいんです」
「あのロメイン子爵のお屋敷ですか」
「知っているんですか?」
そう聞くとエマさんは嫌悪の顔をした。
「使用人の横の繋がりでもすこぶる評判の悪い方です。事あるごとに使用人に暴力を振るい、若いメイドには必ず手を出すクズの中のクズ。妊娠するなり捨てられたメイドも数多くいるとか……」
「それが本当なら好きになれない人ですね」
そう評価するとエマさんが嬉しそうに笑い、また俺の二の腕を狙ってきたので飛び退いた。
「俺、思春期なんです。それを何度もやられると、平静を保てなくなるので止めて下さい」
「ご主人様はロメイン子爵とは正反対です。この屋敷の者は皆、やさしい旦那様に恵まれたと幸せそうにしております」
「なら堕落するようなことをしないで下さいよ……」
「貴方をお慰めすることが私の仕事ですので、一時の堕落もまた結構かと」
「それこそ結構です……!」
部屋を出て行くエマさんに抗議の言葉を送った。
それから少し待つとエマさんは、俺がお願いした緑色のスコップをシーツにくるんで持ってきてくれた。
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名称:無窮のスコップ
特性:
・大工の才能
設計、建築の才能をもたらす
・全てを穿つモノ
『地盤』に該当する地形の防御力を無視する
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それは【無窮のスコップ】という名前の転生品で、元々は名のある大工職人の金槌だった。
しかしその職人、後年は慢心し、手抜き工事がたたり、業界を愛用の金槌ごと追放されることになる。
『穴があるなら入りてぇです、この野郎!』
彼の遺品である金槌は己の人生を恥じ、自らも穴に入るためにスコップに転生する決断をした。
「久しぶり。君の出番がきたんだけど、お願いできますか?」
『ええ、アチシなんでも掘るですよっ、王子様の墓穴だってよ!』
「それは掘らないでくれると嬉しいです」
そのスコップをエマさんから受け取って、肩へと担ぐと、そこからたのもしさがあふれ出してきた。スコップ、それは男の子のロマンだ。戦隊ヒーローのグリーンを連想させる緑色の金属光沢も、カッコイイ……。
「物が喋るこの感じ、どうにも慣れません……」
『何作るんです、このやろー! 欠陥住宅以外ならがんばってやんですぜぇーっ!』
「この屋敷から、悪の巣窟に続くトンネルを掘りたいんです。協力してくれますか?」
『はーんっ、よくわかんねぇけどいいじゃねぇですかっ! よっちゃっ、アチシが掘ってやろうじゃんですよっ、地獄の底までぇよぉーっ!!』
話がまとまったのでそのスコップを担いだまま庭に出た。
ちょうど生け垣が陰になっている辺りで足を止めて、【無窮のスコップ】を大地に下ろした。
するとちょっとした奇跡が起きた。スコップの切っ先が対象の『硬さ』を無視して、ただの重力だけで深々と埋まった。
テコのように取っ手を動かすと、芝生に覆われた地面はほぼ自重だけで掘り返された。【無窮のスコップ】を使って掘る地面はプリンよりもやわらかった。
「さあ出番だよ、【無限のポーチ】!!」
『ほいさっ、今日はたらふく食らえそうじゃわい!』
「俺が掘り返した物を自動的に、全部吸い込んで!」
『ワシに任せいっ!』
後は簡単、ひたすらに掘るだけ。ひとたびスコップを振るえば土砂がポーチの中に竜巻のように消えてゆく。
これならば地中から皇后様が捕らえられている地下雑居牢へと、難なくたどり着ける。そう判断すると一度手を止めた。
「ふぅ、後は方角かな。これで地下トンネルを簡単に造れることがわかったけど、方角が間違っていたらたどり着けないよね」
斜め下方向に続くスロープ路から外にはい出た。
「ではこのエマが市場で方位磁針を買ってまいりましょう」
「話が早くて助かります。では僕は、ロメイン邸の景観を近くで確認してきます」
ロメイン邸の特徴さえわかれば、この屋敷の尖塔から方位磁針で方角を割り出せる。もう1つの問題は距離だけど、これも【直角三角形の辺の計算】の式で答えを出せる。
それは貴族街が整然とした碁板目構造の街だからだ。なのでここから目的地までの縦と横の歩数をカウントすれば、後は三角形の定理に当てはめるだけで距離がわかる。
とまあ難しい話はともかく、エマさんを追いかけるように俺は屋敷を出て、まずはロメイン邸を見つけることにした。




