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・人攫いと皇女と人質王子

「ではお一人でソーミャ皇女を誘拐すると?」


「依頼人はソーミャ皇女を無傷で捕らえろと言っている」


 探りを入れると彼はあっけなく吐いた。


「それはおやさしいことで」


「違うな。フリントゥスは拷問を楽しみたいだけだ。ヤツは女を何人も、ただの肉塊に変えてきた怪物だよ」


 フリントゥス皇子のおぞましい本性に怖気が走った。ここを築いたクローゼ皇后の再来のような男が皇帝となったら、帝国とその属国に本当の暗黒時代が訪れる。


「見れば綺麗な顔をしている……。お前も、フリントゥスに、解体されてみるか……?」


「私は協力者です。現在の赤竜宮は厳戒態勢。貴方だけで侵入できるなど――」


 燭台とたいまつだけが照らす暗闇の中で、銀色の光がひらめいた。不意打ちのナイフが俺の喉を水平に切り裂こうとした。

 あと少し反応が遅れたらゲームオーバーだった。


「はっ、やっぱり男か」


「はい、男です。ですが、どうしてわかったのですか?」


「歩幅と歩き方だ。お前は女にしては足を外側に向けて歩く。カマ野郎ならば納得だ」


「好きでこんな格好をしているのではありません」


 そう静かに返しながら、武神王のバンテージを軽く締めた。


「まあどちらにしろ――」


 再びヤツの刃がひらめき、俺は胸を狙った刃をギリギリのところでかわした。


「消えてもらうぜ、綺麗なお坊ちゃん」


「残念ですが、貴方に俺は殺せません」


「ハハハハッ、手ぶらで何を言う!! そうだっ、そこの鉄の処女にぶち込んでやるよっ!!」


 ナイフではなく男の長い腕が、少年の喉を狙って襲いかかってきた。それは戦闘とはとても言えない、完全にこちらを舐めくさった動作だった。


「その動き、隙だらけです!!」


 身を深く屈めて腕をよけた。それからバネのように足腰を弾ませて、脳震盪を狙ったアッパーを敵のアゴに叩き込んだ。


「ンガッッ?!!」


 続けて敵の視界が天井に向いた隙に背後に回り込んだ。


「き、消え――うごぁぁっっ?!!」


 その次は足払い。体格に勝る大人を背中から転倒させた。


「貴様っ、ちょこまかとっっ!! だがこの程度――うっ、か、体が……!?」


「最初にアゴを狙ったのは貴方をスタンさせるためです。後は貴方を無力化させるだけ。先日の暗殺者より歯ごたえがありませんでした」


「な、なんだと……!?」


「僕はアルヴェイグ。父の名はオラフ。アリラテの王子です。これから俺は貴方を――」


「や、止めろ……っ、俺に危害を加えれば皇后の命はないぞっ!!」


 そう脅されて皇后様の姿が目に浮かんだ。あの方はとても厳しい人だ。皇太子殿下よりもずっと恐ろしい人だ。


 けれど皇后様は頭ごなしに俺とソーミャを引き離そうとはしなかった。皇后様は恐い人だけれど、成果を上げれば認めてくれる寛大な方だ。


「俺は、ソーミャと皇后様に(あだ)なす貴方を――これから、蹴り潰します……」


 宝石が見えないよう逆向きに着けたオーラカフスを握り、片足を上げた。


「はははっ、こいよ……!! やれるもんならやってみろ、ガキがっ!!」


「では失礼」


 この誘拐犯は若造の蹴りをつかんで組み伏せるつもりだったのだろう。起死回生のチャンスをそこに見つけたのだろう。

 しかし彼を待っていたのは実体のない衝撃、オーラ踏み踏みだった。


「うっ、がっ、げっ、がはっ、ぎひっ、うががががががぁぁっっ?!!」


 誘拐犯の真上に飛び上がって、踏み付けの連打を放った。


「や、止め……っ、ギャッ、ゲフッ、ゲハッ、うぎっ、アッ、アガハァァッッ?!!」


 踏み付けるたびに俺の体は軽く浮き、そのたびに潰された男が悲鳴を上げた。それは全体重がかかった蹴りを連発されたようなものだった。


 まだ攻撃力に欠ける俺なりの、重さを生かした連打が、絹のアクトンをまとったエセ紳士をボロ雑巾に変えていった。

 全身打撲による無力化まで、そう時間はかからなかった。


「突然ごきげんよう! わたくし、ソーミャ・ガラド・アザゼルともうしまーす!」


 俺が目的を達成すると、拷問場には到底似合わないウキウキのスキップでソーミャ皇女が乱入してきた。


「わたくしの彼ピヨピヨの、ワイヤーアクション映画ばりの蹴りの嵐、いかがでございましたでしょうか!!」


「ぁ……ぅ……ぁ……ぅ、ぅぁ…………」


「まあっ、そのお言葉をお母様にもお聞かせ差し上げかったですが、生憎、現在! 貴方方にさらわれてしまっておりまして!」


 爽やかさすら感じられるハキハキとした恨み節だった。

 間者の彼からすればこれは計算外のアクシデントだ。誘拐計画の途上で思わぬ強敵に破れてしまった、現在進行形の危機だ。


 けれどそれは俺たちからすれば、皇后様を誘拐したクズどもの末端の捕獲に成功。これから始まる尋問へのゴングだった。


「おやおや……? そちらにございますのは、まあっ、なんと愛らしき、鉄の処女……! 中はサビ付いた針でビッシリにございます!」


 鉄の処女というのは人間の形をした縦長の箱だ。内部は針で覆われて、古の拷問人は尋問相手をこの箱の内に閉じこめたとされている。

 ソーミャはその拷問器具に駆け寄った。


「う、うぅ……っ、うぐ……っ」


「『なぜここに皇女が!?』と、そうおっしゃいたいのでございますね。わたくし、ただいまデート中にございます」


 初耳だ。それに拷問場は断じてデートスポットではない。


「して先ほどより、ウサギのように耳を立ててうかがっておりましたが、はて誘拐魔様」


 彼女はサビまみれの鉄の処女を撫でた。


「貴方方が(かどわ)かされましたうちのお母様は、お元気でございましょうか?」


 それから彼女とは到底思えない、処刑場で惨死した少女と見間違えるほどの怨念にまみれた顔をした。


「ひ……っっ?!」


 その幽鬼は鉄の処女のふたを開こうとしている。その幽鬼は俺にドン引きされるとは考えもしないようだった。

 

「ま……待て……っ!! お、俺は……っ、皇后の誘拐には関わってない!! この件は頼まれただけなんだ……っっ!!」


「まあ、左様にございますか♪」


 ソーミャ皇女は幽鬼を止めてたおやかに微笑み、鉄の処女を断末魔のように軋ませて全開にした。

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