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第7章 「忘却」

「おばあちゃんが家にいたのは、そういう事情だったんだね。代わりに、おじいちゃんとお母さんが留守みたいだけど…」

「今日はシルバーデーなので、博さんは大浜潮湯に行きましたよ。」

 博さんというのは、私の母方の祖父である吹田博の事なの。

 結婚して随分経つのに、今でも名前で呼び合っているなんて、微笑ましくなる仲の良さだよ。

「おじいちゃんも好きだよね、大浜潮湯が…」

 大浜潮湯のCMは、地元のUHF局のSBC堺で時代劇や刑事ドラマの再放送、そして深夜アニメを見ていると、嫌でもお目にかかれるんだ。

 そのCMのせいで海鮮料理付きの宿泊プランのイメージが強いんだけど、ちゃんと日帰り入浴も受け付けているの。

 宿泊客への配慮として、日帰り入浴が出来るのは、チェックアウト後の10時半からチェックインの始まる15時まで。

 日帰り受付時間が短い代わりに、入浴料は税込600円。

 南海高野線百舌鳥八幡駅に程近い「玄武の湯」みたいな、スーパー銭湯と大差のないリーズナブルな入浴料だね。

 他にもスタンプカード制度を導入していて、1回の入浴ごとに1つスタンプが押され、10個スタンプが貯まると1回入浴無料。

 そして、レディースデーやシルバーデーなどにはスタンプ倍押し。

 今日は水曜日でシルバーデーだから、御年65歳のおじいちゃんは、スタンプカードに倍押しして貰えるんだ。

 施設内の食堂を利用してもスタンプが貰えるから、おじいちゃんったら昼間から一杯やっているのかも知れないね。

「そして、万里は同期の友達と一緒に、鳳のモールまで遊びに出かけたわ。」

 同期の友達というのは、人類防衛機構時代の母の戦友達の事だ。私の母こと吹田万里は特命機動隊のOGで、除隊した時の階級は准尉だったらしい。

 現在は専業主婦という事になっているけど、予備役として堺県第2支局に名前は登録されているんだよ。

「今頃は友達と一緒に、シネコンで映画でも見ているんじゃないかしら。千里も、今のお友達を大事にしてあげるのよ。」

「うん!勿論だよ、おばあちゃん…」

 母が特命機動隊に志願したのは、小学校高学年の頃。

 その時からの親友とすれば、約30年来の付き合いという事になる。

 マリナちゃんや京花ちゃん、そして英里奈ちゃんとも、いつまでも末長く友達でいたい物だね。

 何だかまるで、卒業式の課題曲の歌詞みたいだけど。

「じゃあ私、部屋に戻っているからね!」

 私はクロスワードパズルに熱中している祖母に声を掛けると、飲み終えたビールの空き缶をゴミ箱に目掛けて投げ捨てたんだ。

 

 そして私は、自室のある2階へと繋がる階段を、静かに上り始めたの。

 祖母が受講するはずだった公開講座のゲスト講師が襲撃された事件は、確かに気の毒だと思う。

 しかし、単なる不良少年による逆恨みの犯行なら、それは警察の追うべき事件であり、特命遊撃士である私達の出る幕ではない。

 それに、クラスメイトの彩ちゃんが語った牛頭の怪人など、所詮は眉唾物の都市伝説でしかない。

 この時の私は、そう思っていたんだ。

 ましてや、その両者の相互関係に至っては、考えも及ばなかったの。

 こうして自室に戻り、日課である個人兵装のメンテナンスと明日の支局における勤務の準備を終えた私は、学習机に腰掛けると、いつものようにパソコンを立ち上げたんだ。

「皇国の興亡、この一戦にあり…ってね。」

 そんな私がアクセスしたのは、ブラウザゲームの「アドミラル・メートヒェン~戦え、乙女挺身戦隊~」。

 日露戦争時代の軍人さん達をモチーフにした美少女達と共に、ラスプーチン率いるロシア魔導師団と戦う、萌えミリタリー物だ。

 ファン達の間では、「アドメト」って愛称で呼ばれているんだ。

 このブラウザゲームで始まった「アドメト」も、ライトノベルにコミカライズと、今や様々にメディアミックスを展開している人気作品に成長したよね。

 SBC堺を始めとするUHF局の深夜枠では、「アドミラル・メートヒェン~愛、死にたまう事なかれ~」のタイトルで制作されたアニメ版が放送されているし、ゲームやアニメで乙女挺身戦隊のメンバーを演じた声優さん達による2.5次元ミュージカルは、その完成度と歌唱力の高さから、「今年の紅白歌合戦に出演するんじゃないか?」と期待されている位だしね。

「やった!SSランクの三十年式歩兵銃だよ!これでうちの島村綾子ちゃんは、無敵のワンマンアーミーだね!」

 ログインボーナスでレアな装備品を獲得した私の念頭からは、彩ちゃんと祖母の話なんて、何処かに吹き飛んでしまっていた。

「来るがよい、ラスプーチン!我ら乙女挺身戦隊ある限り、貴様の野望など何一つ叶わぬ事を、その骨身に刻んでくれる!潔く、日本海の藻屑となれ!」

 気分はすっかり、帝国乙女挺身戦隊最高司令官。

 帰宅した母から夕食に呼ばれるまで、ゲーム会社によってプログラムされたロシア魔導師団との戦いに、私はうつつを抜かしていたのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読む限りは、普通の日常モノな会話っぽいけど……不穏な感じも混ざってて……妖怪アンテナが立ちそうだぜ(ぇ
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