エピローグ第5章 「想いを受け継ぎ、乙女は防人の道を行く!」
横堤ツバキ曹長にハンドルを握られた武装特捜車が、私達を第2支局まで送迎するべく市立斎場の駐車場に現れたのは、それからすぐの事だったの。
「ねえ、横堤ツバキ曹長!支局に戻ったら私達、精進落としに飲み会に繰り出そうかなって計画してるんですよ!」
運転席の真後ろの席をキープした私は、シートのヘッドレスト越しに横堤ツバキ曹長へ呼び掛けたの。
「よろしければ、横堤曹長も御一緒しませんか?江坂准尉には、さっき御参加の確認を取りました。御2人の分は勿論、私達5人でオゴっちゃいますよ。」
「はっ、吹田千里准佐!ありがたき幸せに存じます!私共の分まで飲食費を御出し頂けるとは、恐悦至極であります!」
今年の春に私立鹿鳴館大学の3回生に進級した曹長は、注意深いハンドル捌きはそのままに、嬉々とした口調で私に応じてくれた。
飲み会の誘いに素直に喜んでくれる可愛い部下を持てて、私としても将校冥利に尽きるって物だよ。
「そんなに気にしないで下さいよ、横堤曹長!これは私達なりの、ささやかな労いですから!」
殊更に明るくて開放的な口調になっているのが、自分でもよく分かる。
葬式特有の重苦しい雰囲気は、何回経験しても慣れる物じゃないからね。
このような具合に、葬式を終えた開放感に半ば受かれていた私の意識を、現実に引き戻してくれたのは、江坂准尉の声だったの。
「いかがなされましたか、淡路かおる少佐?」
その声に促されて、私は最後部座席の方へ振り向いたの。
かおるちゃんは頬杖をつきながら、オレンジ色の夕陽に照らされた車窓の風景を見るともなしに眺めていたんだ。
何とも言えない、アンニュイで物憂い雰囲気だね。
「いえ、江坂准尉…岸和田巡査長の事を思い出していて…なかなかに爽やかで、清々しい気質の青年でしたね。」
業物使いの大和撫子が漏らした、しみじみとした呟きは、特捜車が発進する直前の風景を、私に思い起こさせてくれたんだ。
私達を乗せた武装特捜車が走り去るまで、岸和田巡査長は美しい挙手注目敬礼の姿勢を保ったまま、夕暮れ時のオレンジ色の光の中に佇んでいたの。
親友を失ったばかりだというのに、恨み言の1つも口にしない直向きな姿勢は、哀しくも美しく、何とも胸を打つ物があったよ。
「おっ、かおるちゃん!もしかしたら、あの岸和田巡査長に一目惚れしちゃったのかな~?」
助手席から身を乗り出し、からかうような笑いをニヤニヤと浮かべているのは京花ちゃんだった。
さっきまでの神妙な態度はどこへやら。
悪友モードを起動させちゃって、すっかり通常営業のご様子かな。
どうやら、葬式が終わってホッとしているのは、私だけじゃないようだね。
「枚方さん、茶化さないで下さい。そういうのじゃありません。」
京花ちゃんの軽口を、かおるちゃんはピシャリと撥ね付けたの。
咎めるような、蔑むような、何とも冷ややかな視線を向けながらね。
「おやおや…!手厳しいなあ、かおるちゃんは…」
溜め息をついた京花ちゃんは「やれやれ…」とばかりに軽く肩をすくめると、後部座席に向けてねじ曲げた姿勢を元に戻したんだ。
「話してみてよ、淡路さん。お京の奴が混ぜっ返すようだったら、私の方からキッツい御灸を据えておくからさ。」
やんわりと促すマリナちゃんの声に、居合い抜きを得意とする大和撫子は、小さく頷いたの。
「あのような素晴らしい親友に恵まれて、その親友が想いと志を受け継いでくれる。忠岡巡査長は、良い御友人に恵まれました。」
気を取り直したかおるちゃんは、葬儀の最中に巡らせていた想いを、淡々と吐露し始めたんだ。
その淡々とした独白に、武装特捜車に搭乗した防人の乙女全員が、口も挟まずに聞き入っている。
あの京花ちゃんですら、余計な軽口を大人しく自粛しているね。
「あのような形での殉職は本望ではなかったでしょうが、受け継ぐ人がいる限り、忠岡巡査長の想いは生き続ける。それが、せめてもの救いだと思います。忠岡巡査長を斬った張本人である私に、それを口にする資格があるのか否かは、はなはだ疑問ですが…」
溜め込んだ想いを全て吐き出した大和撫子は、腰に落とした業物の柄を握り締めながら、頭を軽く左右に振るのだった。
何しろ、かおるちゃんの個人兵装である千鳥神籬は日本刀で、その刀身は実体を備えているからね。
相手を両断した感覚がダイレクトに伝わる分、「命を奪った。」という実感も、他の個人兵装を選んだ特命遊撃士よりも、一際強いんだろうな。
だからこそ、「相手の命を奪った意味」や、「命を奪った事で成し得た事」に、かおるちゃんは深くこだわっているんだね。
「かおるちゃん。少しズレてるかも知れないけど、気を悪くしないで聞いてくれたら嬉しいな…」
このような前口上で沈黙を破ったのは、京花ちゃんだった。
かおるちゃんの話を混ぜ返した前科があるから、京花ちゃんが前口上で予防線を張りたくなるのも、無理はないかな。
「私の母方の先祖に、珪素戦争の時の日本軍女子特務戦隊で、将校を務めていた人がいたんだって…」
京花ちゃんったら、意外にもシリアスムードだね。
京花ちゃんの御先祖様が配属されていた日本軍女子特務戦隊は、後に「サイフォース」と名付けられる特殊能力を発現させた少女兵士による特殊部隊で、人類防衛機構の前身である人類解放戦線の、そのまた母体となった組織なんだ。
「園里香少尉って人なんだけどね。ある意味では私も、その人の想いを受け継ぐ形で、特命遊撃士として戦っているのかな?かおるちゃんの話を聞いていると、そんな気もしてきたんだ…」
半畳を入れるどころか、随分と真面目な感想だったね、京花ちゃん。
「想いを受け継ぐなら、私も当てはまるかも知れないな。うちのお母さん、特命遊撃士になりたがっていたのに、ついに任官資格を得られなかったんだ。だから、私に適性があるって判明した時には、家族内では誰よりも喜んでいたよ。」
かおるちゃんの場合は、自ら斬り捨ててしまった忠岡巡査長。
京花ちゃんの場合は、珪素戦争時代の英霊にして御先祖様。
そんな2人に比べると、私が挙げたのは、随分と卑近な例だったかな?
何せ、私が例えに挙げたのは自分の母親で、今も元気にしているんだから。
「あっ、あの…それは京花さんや千里さんを始めとする、現役の防人の乙女全員に言える事なのかも、知れません…」
おずおずと控え目に小さく手を挙げたのは、後部座席の真ん中に腰かけた英里奈ちゃんだった。
黒いニーハイソックスに包まれた膝の間に挟まれた、黒革製のショルダーケースに納められているのは、英里奈ちゃんの個人兵装であるレーザーランスだ。
「古くは京花さんの御先祖様のような日本軍女子特務戦隊や人類解放戦線の義勇隊士から、新しくは千里さんの御母様のように、近年除隊されたOGの方々…そうした先人達の志であり願いでもある、『人類とその文明の守護』という大義は、今の私達にも確実に受け継がれている。私達には、その想いを実践し、次の世代に繋いでいく責務がある。そうする事が、私達に想いを託して下さった先人達に報いる方法である。そんな気がするんです…」
英里奈ちゃん、私の発言を汲み取ってくれた上での発言、本当にありがとう!
それにしても、戦国武将の生駒家宗に起源を遡れる旧家に生まれた英里奈ちゃんが言うと、実に説得力があるね。
それもこれも、歴代の生駒本家当主の血を継ぐ者としての、高貴な風格と強い責任感が成せる技かな。
「英里、ちさ!私達が背負っているのは、何も諸先輩方や上官殿の想いだけじゃないんだよ。」
英里奈ちゃんの後を受けて口を開いたのは、助手席後ろの席に陣取ったマリナちゃんだった。
「何しろ、私達は防人の乙女。言わば、戦う術を持たない管轄地域住民の盾であり、矛でもあるんだ。その人達の想いを背負って戦っている事、ゆめゆめ忘れちゃいけないよね!」
今のマリナちゃんの言葉は、私にとっても大いに頷かされる物だったの。
だってそれは、特命遊撃士養成コースに通っていた訓練生時代に、教導隊の先生達から何度も聞かされた物でもあったからね。
戦闘訓練や座学といった講義中は当然として、式典でのスピーチ原稿や配布されるレジュメにも盛り込まれていたし、何気無い日常の1コマでも、この理念を耳にする事は多かったね。
勿論、特命遊撃士として支局に正式配属されている現在だって、日常的に耳にする理念である事に変わりはないよ。
まあ…要するに、それ程大切な事なんだろうね。
「こうして改めて考えてみると、私達って沢山の人達の想いや願いを背負っているんだね…ウッ!気のせいか、急に肩が重たくなってきちゃったよ!」
-沢山の人達の想いや願いを背負っている以上、無様な戦い方は出来ないし、悪に膝を屈する事も、逃げる事も許されない。
そんな考えが脳裏を過った私は、思わず自分の両肩を抱いて、後部座席のシートに深々と沈み込んでしまったんだ。
ちょうど、中身のパンパンに詰まったリュックサックの重さに、自分の両肩が耐えられるか否かを気にするみたいにね。
「まあ、千里さんったら…でも、見方を変えてみれば、期待を込めて応援して下さる方々がいらっしゃるので、寂しくないとも解釈出来ませんか?」
コミカルとさえ映る程に大仰な、私の立ち振舞い。
それに吹き出しそうになりながら示した英里奈ちゃんの見解は、実に建設的でポジティブな物だった。
思い起こすと、特命遊撃士養成コースに通っていた小学6年生当時の英里奈ちゃんは、軽く触れただけで脆くも崩れ落ちてしまいそうな程に、覇気がなくて弱々しい子だったんだ。
その英里奈ちゃんの口から、これ程ポジティブな言葉が出てくるようになったんだから、人間の成長力というのは、本当に素晴らしいよね。
「うん…そうだね、英里奈ちゃん…」
このように応じながら車窓に目を向けると、武装特捜車は何時の間にやら、支局ビルの位置する市街地に差し掛かっていたようだ。
オレンジ色に染まる管轄地域のビル群をこうして眺めていると、私達の立っている現在が、沢山の人達の想いを礎にしたかけがえのない物である事に、改めて気付かされるね。
-忠岡巡査長に、京花ちゃんの御先祖様。そして、日本軍女子特務戦隊から始まる、防人の乙女の先人達。私達に繋がる未来を守ってくれて、本当にありがとう。私達に託してくれた想い、必ず次の世代に繋げてみせるよ。まだまだ至らない私達だけど、私達なりに成し遂げてみせるからね。
こう心の中で呟きながら、流れ行く車窓の風景を眺めていると、夕焼け空の下で佇む民家やビルの窓という窓に、1つ、また1つと灯りの点っていく様子が、はっきり見てとれるよ。
それはさながら、私達の生きる今に歴史を繋げてくれた先人達や、私達の勝利を信じてくれる地域住民の方々が、口々に励ましてくれているように、私には思えたんだ。




