エピローグ第4章 「亡友に捧げよ、挙手注目敬礼!」
忠岡巡査長の御遺体は無事に焼き上がったみたいで、御遺族の皆様は焼き場へ向かうべく、いそいそと身支度を始めている。
「この度は、誠に御愁傷様でした。それでは、私達はこれで…」
図らずもリーダー格に収まったマリナちゃんと、唯一の成人年齢到達者にして最年長者である江坂准尉に倣い、私達4人は喪主である忠岡夫妻に向かって、辞去の一礼を行った。
流石に遺族でもない私達が、骨上げまでお邪魔する訳にはいかないからね。
「あの、皆さん…そろそろ、迎えの特捜車の待ち合わせ時間です。」
英里奈ちゃんの声に促されて時計を見てみると、待ち合わせまで10分を切っていたんだ。
5分前行動を心掛けている私達としては、そろそろ急いだ方が良い時間だね。
「送りだけじゃなくて、迎えも横堤ツバキ曹長なんですよね?私、今回の労いとして、この後の飲み会に横堤曹長も御招待してあげようと思うんですよ。よろしければ、江坂准尉も御一緒しませんか?勿論、私達5人のオゴリです。」
香典返しの商品カタログを受け取り、斎場の建物を出たタイミングで、私は江坂芳乃准尉に水を向けてみたの。
まあ要するに、身内周りでの精進落としも兼ねた飲み直しなんだよね。
「はっ、吹田千里准佐!ありがたき幸せに存じます!横堤曹長も、きっと喜ぶでしょう!」
実に良い返事だよ、江坂芳乃准尉。敬礼の姿勢も美しく整っているし。
流石は、来年で勤続20年になるベテラン曹士なだけの事はあるね。
無事に次の昇級試験をパスして、少尉として特命教導隊に配属出来るよう、陰ながら応援させて頂くよ。
こうして私達が駐車場に向けて足を進めた、まさにその時だったよ。
「すみません!お待ち下さい、淡路かおる少佐!」
かおるちゃんを呼び止める何者かの声が、夕闇迫る市立斎場の敷地に、はっきりと響いたんだ。
大急ぎで追いすがってくる足音が、コンクリート製の外壁に反響して、何とも面白い音を立てているよ。
そう言えば、小学校の遠足で訪れた近つ飛鳥博物館も、コンクリート打ちっぱなしの建物だから、足音が反響して面白いんだよね。
「はい…」
かおるちゃんに倣って声のした方を見てみると、若い制服警官が1人、沈み行くオレンジ色の夕陽を浴びながら、私達に向けて全力疾走している真っ最中だった。
こうして見た所、なかなか目鼻立ちの整った好男子だね。
こういう爽やかな青年が夕陽を浴びながら走っているのは、昔の青春ドラマのオープニング映像を見ているようで、何とも風情があるよ。
「淡路かおる少佐!お忙しい所、誠に申し訳がございません!自分は、岸和田弾治郎巡査長であります。」
かおるちゃんに追い付いた青年警官は、どうにか呼吸を整え終えると、警察式の挙手注目敬礼を美しく決めたんだ。
どうやらこの青年警官は、忠岡巡査長と一緒に量産型牛怪人の襲撃を受けて、凶牛ウイルスに感染させられた被害者の1人だったようだね。
「はい、淡路かおるは私です。岸和田巡査長、貴官は、忠岡巡査長とは同期の御親友だったと御伺い致しました。理由はどうあれ、忠岡巡査長を斬ってしまった私を、さぞや御恨みでしょうね…」
雅な和風の美貌に物憂げな表情を浮かべて、軽く目を伏せるかおるちゃん。
そんなかおるちゃんに対して、岸和田巡査長は激しく頭を振って応じたんだ。
「それは違います!貴女は、忠岡を救って下さいました!」
「救った…?」
パッと両目を見開いたかおるちゃんは、訝しげに細い眉を寄せたんだ。
「そうです…怪物に変えられた忠岡を、人殺しの罪を負わせずに逝かせてくれました。忠岡だけじゃない…貴女達は、俺達の事だって!」
岸和田巡査長の真っ直ぐな視線は、今度は私達へと向けられたんだ。
要するに、牛頭鬼ミノタウロスを撃破する事で、結果的に忠岡巡査長の仇を討った、京花ちゃんが称する所の「特命遊撃隊サキモリファイブ」の5人をね。
「貴女達は、怪物になった俺達を無力化するだけで、命を助けてくれました。殺してしまう方が、遥かに簡単で安全なはずなのに、敢えてそれをなさらなかった。御自分達の危険も省みずに…」
正直に言って、量産型牛怪人が大量に湧いてくるのは厄介だったけど、そこまで深刻な命の危機にさらされていたかと言うと、そうでもないんだよね。
まあ、岸和田巡査長がせっかく好意的に解釈してくれているんだから、敢えて訂正しなくても良いかな。
「それに、俺達の身体を元に戻すワクチンは、忠岡の身体を解剖して開発したそうですね。ワクチン入りの麻酔弾をパトロール用に支給された時、上司から聞きましたよ。」
青年警官の今の言葉を受け、私達6人の間に緊張が走った。
「生物兵器として開発された、自然界には存在しないウイルスでした。ワクチン開発には止むを得ない状況でしたが、お友達を切り刻まれ、さぞや心を痛めていらっしゃる物とお見受け致します…」
「違うんだ!待って下さい!俺は別に、貴女方を責めるつもりで言ったんじゃありません!」
支局を代表して遺憾の意を示そうとしたマリナちゃんを、大慌てで制したのは岸和田巡査長だった。
「今の俺の命は、忠岡と貴女達に救われて甦った命です。救って頂いたこの命、忠岡が愛したこの町を、忠岡の分まで守るために使う事で、貴女方に報いたいと思います。その事を御報告に上がりました!」
このように言い終えると、若き制服警官は背筋を伸ばし、防人の乙女6人に向けて、整った挙手注目敬礼を披露するのだった。
オレンジ色の夕陽に浮かび上がる岸和田巡査長のシルエットは、目鼻立ちの整った好青年という事もあって、憎らしくなる程に美しかったね。
「可能な限りの命を救い、それでも生じた犠牲の重みは決して忘れず、遺された想いは必ず未来に繋ぐ。それが私達、防人の乙女です。忠岡巡査長の遺した想いを私達と共に継ぎ、共に都市防衛の大義を成しましょう、岸和田巡査長!」
和風の美貌に雅な微笑を浮かべて、かおるちゃんが右手を差し出した。
「も…勿論です!淡路かおる少佐!」
岸和田巡査長は多少戸惑いながらも、差し出された華奢な右掌を、あたかも包み込むようにソッと握ったんだ。
「あっ…淡路少佐!?」
力強く握り返された掌から伝わる温もりと、和風の美貌に煌めく微笑。
かおるちゃんに見据えられた岸和田巡査長の端正な顔が、みるみるうちに紅潮していくよ。
それなりの美男子だから、絶対彼女持ちだろうと踏んでいたのに、この岸和田巡査長と来たら、なかなかどうして純情青年だったんだね。
もう少しの所で、青年警官君を茶化しそうだった私の心と身体を引き締めてくれたのは、親愛なる友人兼上官殿だったんだ。
「淡路かおる少佐と岸和田弾治郎巡査長に向かって、総員、敬礼!」
「敬礼!」
マリナちゃんの号令一発、私達は戦闘シューズの踵を鳴らして、人類防衛機構式の敬礼を捧げたんだ。
岸和田巡査長が見せてくれた挙手注目敬礼に負けず劣らず、私達の敬礼も夕陽に映えて美しく決まっているでしょ?
もっとも、こういう事で平和を守る公安職同士が張り合うのは、あんまり良くないよね。
もっと気を引き締めないとなあ、私…




