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第3章 「怪しい都市伝説!暗躍する凶牛人間」

 その来訪者にいち早く気付いたのは、京花ちゃんだった。

「あっ、誰だろ?」

 京花ちゃんの声をきっかけに、私達は一斉に屋上のドアへと視線を向けた。

 校舎の下階に繋がるドアをノックする音が、季節外れの寒風に掻き消されそうになりながら、辛うじて響いている。

「あの…いるかな、吹田さん、生駒さん…」

 ノックの音だけじゃなくて、私と英里奈ちゃんの事を呼ぶ声もするね。

 しかも、何処かで聞き覚えのある声だよ。

「千里ちゃんと英里奈ちゃんを呼んでいるね。何か心当たりはある?」

「えっ?!わっ…(わたくし)は、御座いませんが…」

 京花ちゃんの問い掛けに、またしても狼狽える英里奈ちゃん。

 英里奈ちゃんって、心の準備が出来ていない時の質問に本当に弱いんだね。

「私の場合、あるとしたら豊中さんだけど、人物デッサンの課題は仕上げちゃったしなあ…」

 こないだの美術の授業中に、3年前にやっつけたサイバー恐竜の生き残りが現れちゃって、1年B組の一般生徒に襲いかかろうとしちゃったの。

 私がレーザーライフルで射殺したから事なきを得たんだけど、当然ながら美術の課題は放ったらかし。

 この時に助けたB組の豊中秀代(とよなかひでよ)さんが、実は美術部のメンバーだったので、課題の仕上げに美術室を使わせて貰える事になったんだけど、私の失言で美術担当の茨木先生を怒らせちゃって、大変だったなあ。

 課題はどうにか仕上げたんだけど、採点基準が厳しく、「可」評価だったの。

 茨木先生を怒らせなければ、「良」評価位はついたのかなあ。


 こんな事を私が考えている間にも、ドアのノック音はリズミカルに鳴り響いている。

 叩き続けるのも大変だろうな。

「なあ、あんまり待たせるのも可哀想だよ?返事位、してあげなよ?」

 マリナちゃんの言う事も、もっともな話だよね。

 よし…ドアの向こうの誰かさん。

 今、答えてあげるからね…

「吹田千里准佐、返答は?!」

 まるで作戦活動中であるかと錯覚してしまうかのような、重々しくて威厳のあるマリナちゃんの口調。

 そして、人類防衛機構内部における私の序列を厳密に表している、「吹田千里准佐」という呼び名。

 これらを合わせて耳にした瞬間、私の中でスイッチが切り替わったんだ。

 電気ショックを浴びたみたいにピクッと身を震わせた私は、お碗と割り箸をお盆の上に並べると、次の瞬間には、傍らに置いたガンケースに手を伸ばしたの。

「はっ!承知致しました、和歌浦マリナ少佐!人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属!吹田千里准佐、現在地!」

 瞬く間にレーザーライフルを組み上げた私が、踵を鳴らせて取った姿勢は、同期生の中でも一際美しいと密かに評判を頂いている捧げ銃だった。

 あーあ…

 今日もまた、マリナちゃんに私の習性を良いように使われちゃったよ。

「だ、そうだよ!英里奈ちゃんもいるから、出てきていいよ!」

 季節外れの寒風が吹きすさぶ屋上でも、京花ちゃんの明るい声は、普段と変わらずに朗々と響いたんだ。


 京花ちゃんの呼び掛けに応じるように、ドアノブが何回かガチャガチャと回される。

 そして、こちら側にドアが静かに押されたんだ。

「どうも、お邪魔します…」

 そうしてドアを押し開けて屋上に姿を現したのは、堺県立御子柴高等学校一般生徒用の制服である、赤いブレザーとダークブラウンのミニスカに身を包んだ、何とも温和そうな女の子だったの。

 セミロングにした明るい茶髪が、何とも印象的だったね。

「えっ?!吹田さん、何で銃なんか持ってるの?うっ!何これ、酒臭っ…!」

 セミロングの茶髪少女は、捧げ銃の姿勢を決めている私と、粕汁の鍋を囲んでいる少佐トリオを目の当たりにして、たじろいだように後退りしてしまった。

「ああ…驚かなくても大丈夫だよ!ちさの奴は、こういう習性だから。」

 何の気なしに言っているけれど、その習性をこうして晒させた張本人は貴官だからね、和歌浦マリナ少佐!

「そうだったんだ…でも、驚いちゃったな。人類防衛機構の子達は未成年でもお酒が飲めるって有名だけど、学校の中でも飲めちゃうんだね。それで今日は何を飲んでいるの、生駒さん?」

「いえ…さすがに校内での飲酒は、(わたくし)共も自粛させて頂いていまして…その代わりと申しては何ですが、粕汁を御伴にしてノンアルコールワインを頂いていたという次第です…」

 何とも決まりの悪そうな、歯切れの悪い返事をする英里奈ちゃん。

 咎められているとでも思っちゃったんだろうね。

「君もどう?酒粕はダイエットと美容に最適。それに今日は季節外れの寒波だから、温まるよ。」

 そんな英里奈ちゃんの後を受けたのは、竹を割ったようにサッパリと明朗快活な、主人公気質の京花ちゃんだった。

 玉杓子の置き場に使っていた予備のお碗に、並々と粕汁を注いだのを、一般生徒に突き出しながら。

「あっ…はい!では、頂きます!」

 人懐っこくて屈託のないあの笑顔で差し出されたら、そりゃ断れないよね。

「食べながらで構わないから、事情を話してくれると助かるよ。君、ちさと英里に用があるんだって?」

 早くも2本目のノンアルコールビールのプルタブを開栓したマリナちゃんに促されて、茶髪の一般生徒は多少赤みを帯びて汗ばんだ顔で頷いた。

 熱々の粕汁で暖まったのか、それとも酔いが回っちゃったのか。

 まあ、仮に後者だったとしても、料理に含まれているアルコール分だから、何も問題なんてないよね。

 この子ったら案外、マリナちゃんに直接間近で話しかけられたので、ドキドキしているのかもしれないね。

 ただでさえクールな容姿と雰囲気で女の子人気が高い所に、こないだの「吸血チュパカブラ駆除作戦」と「怨霊武者掃討作戦」で名を上げたんだから、マリナちゃんを慕っている民間人の子は少なくないんだよね。

 まあ、そこら辺の事はなるべく詮索しないであげるのが、分別ある人間の優しさと配慮だよね。

「私、1年A組の西都彩(さいとあや)って言います。中3の時にクラスメイトだった亀岡さんに、皆さんは大体、屋上でお昼ご飯を召し上がっていると聞いたので、こうしてお邪魔した次第です。」

 ああ、そうか…

 この子、私や英里奈ちゃんと同じクラスだったんだね。

 何処かで見覚えと聞き覚えのある顔と声だし、英里奈ちゃんとも顔見知りのようだしで、予感はあったんだけど。いまいち自信がなくてさ…

 私、一般生徒の子達の顔と名前が、どうにも一致しないんだよね。

 なるべく一般生徒の子達とも親睦を深めようと思ってはいるんだけど、同じ第2支局の友達とばかり仲良くしちゃうんだよ。

 たまには、教室でお昼ご飯を食べるぐらいの事をして、一般生徒の子達ともお喋りして交流を深めないとね。

「彩ちゃんでいいかな?通常教室棟の屋上まで来たって事は、教室では話したくないような、込み入った話なんだよね?それも、先生とかじゃなくて、特命遊撃士の私達向きの話?」

 おっと、いけない。

 民間人の子達とも仲良くお喋りしようと決意したのは、ついさっきの事なのに、少し詰問口調になっちゃったかな?

「いや…一応、それとなく松ノ浜先生に仄めかしはしたんだけど、『それなら、現役の特命遊撃士か曹士の子達に聞いた方がいいよ。』って…」

 私達1年A組の担任を務めている現代国語の松ノ浜先生は、特命遊撃士のOGで、現在では予備役扱いなの。

 人類防衛機構に所属している私達「防人の乙女」と、一般生徒の子達との間の橋渡し役もされているので、本当に頭が下がるよ。

「実は…」

 ふんだんに酒粕と大吟醸の日本酒を効かせた熱々の粕汁で、体の内側から充分に暖まった彩ちゃんは、落ち着いた様子で静かに語り始めたんだ。


 西都彩ちゃんの話をかいつまんで要約すると、次のようになるの。

 ここ最近、堺県第2支局管轄地域内で、妙な都市伝説が流行っているらしい。

 真夜中に人気のない道を歩いていて、牛の頭に人間の体を持つ怪物を目撃したり、その怪物に襲われた人がいるとの事だ。

 怪物は鋭利な角を武器に突進してくるんだけど、その角には猛毒が仕込まれていて、刺されたら死んでしまうんだって。

 殺されて死体が見つかるなら、まだマシなケースのようで、何より恐ろしいのは、死体すら残らない時なの。

 牛頭怪人の猛毒に刺された人は、大抵すぐに死んでしまうんだけど、一部の人間は猛毒によって体組織を作り変えられて、自分も牛頭怪人になってしまうの。

 牛頭怪人はこうして仲間を増やしているんだって。

 こうして牛頭怪人は、今宵もまた新たな犠牲者を求めて、夜道をさ迷っているのだという…

 

 難関の国立大学を受験するために予備校に通っている彩ちゃんは、同じ予備校に通っている他校の友達から、この話を聞いたんだって。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんとまぁ、吸血鬼やゾンビや狼男みたいな効果もお持ちで! そういやそれらの分布は重なってたりするか! でもここは極東の弓状列島『日本』! いったい何者なのか!
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