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エピローグ第1章 「忘れ物厳禁!参列直前最終チェック」

 本章よりエピローグ編となります。

 量産型牛怪人として死亡した忠岡巡査長の葬式に、主人公達が参列するエピソードです。

 本編から大体数日後程と想定して頂けたら幸いです。

 国鉄阪和線堺市駅から徒歩10分弱の距離に位置する、堺市立斎場。

 ここが、堺県第2支局管轄地域を震撼させた「凶牛ウイルス事件」における唯一の犠牲者である、忠岡春樹巡査長の葬儀会場だ。

 忠岡巡査長の死は、広義の殉職に該当するため、県警主催の「警察葬」という様式が選ばれたのも当然の流れと言えた。

 私こと吹田千里准佐の配属先である、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局からは、事件の首謀者である牛頭鬼ミノタウロスを倒した私達4人に特命機動隊の江坂芳乃准尉、そして、怪人化した忠岡巡査長を殺処分した淡路かおる少佐の合計6人が、この葬儀に参列する事と相成ったんだ。

 人類防衛機構が解決に導いた事件において、残念ながら生じてしまった犠牲者の方々へのアフター・フォロー。

 それもまた、防人の乙女である私達の果たすべき大切な役目だからね。

「念のため聞いておくけど、忘れ物はないよね?特捜車は一旦支局に引き返すんだから、数珠や香典を置き忘れたらアウトだよ。」

 市立斎場の駐車場にミニバンタイプの武装特捜車が停車したと見るや、艶やかな黒髪を右側頭部でサイドテールに結い上げた少女が、同僚と部下へ向けて最終確認を促してくる。

 御丁寧にも右手には数珠を巻き付け、左手には香典袋を掲げてだよ。

 少女の切れ長の赤い瞳に映る、5人の防人の乙女。

 その中で真っ先に反応を見せたのは、左側頭部で束ねられた青い長髪が印象的な、明朗快活な雰囲気のある童顔の少女だった。

 青いサイドテールの少女は唇を苦笑の形に歪めると、「やれやれ…」とばかりに肩を軽くすくめたんだ。

「心配し過ぎだよ、マリナちゃん。特に香典に関しては、さっき支局で支給されたばかりなんだから…」

 半ば呆れたような笑顔を浮かべながらも、内ポケットから取り出した香典袋と数珠を素直に示す辺りは、流石は正義と友情を旗印とする特命遊撃士だよね。

「まあ、用心するに越した事はないよ。後から忘れ物に気付いたって、わざわざ売店まで香典袋や数珠を買いに行くのは手間だし、気付いたのが葬式の最中だったら、もう打つ手は無いんだからね。」

 理路整然としたマリナちゃんの説明に、殊更に何度も頷いて応じたのは、癖のない茶髪を腰まで伸ばした、御嬢様風の少女だった。

「そう言えば先月、京都の妹に誘われて茶席に参加したのですが、懐紙と楊枝をお忘れになった方が御1人いらっしゃいました。(わたくし)が予備を差し上げたので事なきを得たのですが、その方は随分と肩身の狭い思いをされていたようです。」

 旧家の跡取り娘だけあり、実体験に基づく具体例も上品だね、英里奈ちゃん。

「ある意味じゃ私達、この葬式に関しては第2支局の代表みたいなものだからね。私達の恥は第2支局全体の、ひいては人類防衛機構その物の恥になっちゃうから…あっ!」

 妙な所で感心していた私の目は、次の瞬間、英里奈ちゃんが桐箱から取り出した数珠の赤い輝きに引き付けられちゃったの。

「ねえ、英里奈ちゃん…その数珠って、もしかして珊瑚?」

 私の問い掛けに、小6からの親友である茶髪の御嬢様は、その内気で謹み深い性格を体現するかのように、コクッと小さく頷く事で肯定の意を示したんだ。

「はい…父に伺った所、土佐湾産の天然物で、鑑定書付きの血赤珊瑚だそうです。何でも、4代前の御先祖様から伝わる品との事でして…」

 英里奈ちゃんの話に耳を傾けながら、私はポケットから巾着袋を注意深く取り出すと、中に入っていた数珠を手のひらに乗せた。

「へえ…文字通りの『ゆずり念珠』じゃない。私なんて、三重県の養殖真珠が関の山だよ。」

 これは別に、英里奈ちゃんへの僻みでもなければ皮肉でもないよ。

 先祖伝来の貴重な珊瑚の数珠と比べると、養殖真珠の白い輝きが、何とも貧相に見えて来ちゃったんだ。

「そんな事は御座いませんよ。その御数珠は、千里さんの御祖父様と御婆様の、千里さんへの愛情が込められた御品物ではありませんか?」

「うん、まあね…」

 英里奈ちゃんが(たしな)めたように、私としては例え養殖真珠でも大事な数珠なんだ。

 この数珠は、一昨年の冬に三重県を旅行した祖父母からの御土産であると同時に、御守りの意味合いも含まれているんだよ。

 私はその当時、黙示協議会アポカリプスとの戦闘での負傷が原因で昏睡状態になり、入院中だったの。

 祖父母夫婦は、私が1日も早く回復出来るよう、伊勢神宮を始めとする三重県内の神仏に御参りをしてくれて、この数珠を御守りとして買ってきてくれたんだ。

 まあ、祖父母が参加したのは「伊勢志摩名所巡り3泊4日バスツアー」のパック旅行だから、寺社巡りはツアーの一環で、数珠も観光スポットの真珠島で売っていた物なんだけど。

 おかげ横丁や鳥羽水族館といった普通の観光スポットでは、それ相応に楽しんだのだろうし、伊勢うどんや海産物といった伊勢志摩名物に舌鼓を打っていた事は確かだろうね。

 とはいえ、私の回復祈願に(かこ)つけて伊勢志摩旅行を楽しんできた祖父母に文句をつけるつもりなんて、私には更々ないよ。

 だって、祖父母が旅行に行かずに神妙にしていたからって、私の昏睡状態は良くならないでしょ?

 仮に身内に不幸があったり、悩み事を抱えていたりしたって、娯楽を一切自粛して四六時中おとなしくしていても、息が詰まるだけだよ。

 神妙にすべき時は神妙にする。そうでない時は、いつも通りにする。

 私はそれで良いんじゃないかなと思うよ。

 養殖真珠の白い輝きを眺めながら物思いに耽っていた私の思考は、英里奈ちゃんの物憂げな溜め息で現実に引き戻されたんだ。

(わたくし)としては、このように大仰な代物でなくとも構わなかったのですが、『中途半端な品を身に付けて葬儀に参列しては、生駒家の家名に関わる。』との一点張りで、無理に持たされてしまいました…」

 右手の数珠に憂鬱そうな視線を向けると、英里奈ちゃんは困ったような微笑を浮かべていた。

 旧家の御嬢様というのも、しきたりだとかメンツだとか、色々と面倒臭い事が多くて、何かと大変だよね。

「このように高価な品物、盗まれなければよろしいのですが…」

 形の良い柳眉をキュッと寄せて、幼いながらも上品な美貌に深刻そうな表情を浮かべると、英里奈ちゃんは不安そうに呟いた。

「ヤだなあ…その心配は杞憂だよ、英里奈ちゃん。だって英里奈ちゃん、特命遊撃士なんだから。」

 人の心配を軽く笑い飛ばすような、能天気で太平楽な口調だね、京花ちゃん。

 しかし、この件に関しては、私も京花ちゃんと同意見かな。

 江坂准尉を除いた私達5人は全員、目映い純白の遊撃服を身に纏っているし、その江坂准尉にしても、特命機動隊の紺色の制服に身を包まれている。

 この制服を見れば、私達が人類防衛機構に所属する「防人の乙女」だって事は、一目瞭然だね。

 私達は都市防衛の大任を果たすために、ナノマシンによる生体改造手術と軍事訓練を受けているし、個人兵装の携行も義務付けられているんだ。

 それに加えて、自身や民間人に迫る危機への実力行使も、私達のその場での判断に任されているんだ。

 特に危険だと判断したら、犯人のその場での殺処分さえも許可されているの。

 まあ要するに、私達の目前で犯罪が発生したら、私達は犯人を容赦なく攻撃して構わないって事だね。

 従って、遊撃服姿の私達が市街地を歩くだけで、犯罪抑止に大きく繋がるんだ。

 こんな私達を相手にスリや置き引きを企てる命知らずなんて、そういないよね。

 ましてや私達が参列するのは、殉職警官の菩提を弔う警察葬で、その参列者は殉職警官の遺族や同僚といった、警察関係者ばかり。

 これで犯罪者が出るようなら、もう世も末だよ。

 私達4人に関しては、数珠と香典の準備に手抜かりはなさそうだね。

 残るは、最後部座席にいる江坂准尉と淡路少佐の2人だけど、この2人は割合しっかりしているから、大丈夫かな。

 そう思って覗き込んでみた私は直ちに、ちょっとした後悔の念にかられたの。

 最後部座席を包む空気は、なかなかにシリアスだったからね。

「あの、淡路かおる少佐…差し出がましい発言である事は重々承知の上なのですが…御遺族の方から忠岡巡査長の最期について御質問があった場合、少佐はどのような御対応を…?」

 目にも鮮やかな赤毛を肩まで伸ばした妙齢の美女が、香典袋の水引を撫でながら、隣席の少女におずおずと声を掛けている。

 至る所で軽くカールしたボリュームのある赤毛は、燃え立つ炎のような印象を見る者に与えていた。

 スタイルの整った肢体を包む紺色の制服からも、この妙齢の美女が防人の乙女であると言う事は、誰の目にも一目瞭然だね。

 人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局配属の特命機動隊曹士、江坂芳乃准尉。御年30歳。

 通称「江坂分隊」の分隊長で、私達とも顔馴染み。

 年少者への優しさと面倒見の良さから、部下からの信頼も厚いんだ。

 そんな江坂准尉だけあって、進言をすべく隣席の特命遊撃士に向けた目には、相手を気遣う思い遣りの色が浮かんでいたの。

「ありのままの事実を、守秘義務に抵触しない範囲内で、御伝えする所存ですよ、江坂芳乃准尉。勿論、私の口から直接です。」

 年上の部下に応じた特命遊撃士の声は、普段と変わらない物静かで上品な音色だった。

 しかし、二つお下げに結ばれた艶やかな黒髪の下で輝く白い美貌には、憂鬱そうな影が降りていた。

 堺県第2支局に所属する淡路かおる少佐は、千鳥神籬という日本刀を個人兵装に選んだ居合の名人で、京花ちゃんと同様に「御子柴1B三剣聖」の一角に数えられる剣豪なの。

 この優れた居合の腕があったからこそ、拘束衣を引き裂いて閉鎖病棟からの脱走を企てた牛怪人を瞬殺し、一連の事件の犠牲者を最小限に留められたんだ。

 問題なのは、その牛怪人の本名というのが、今回の葬儀で菩提を弔われる忠岡春樹巡査長だって事。

 被害の最小限化って大義名分は成り立つけど、遺族を始めとする参列者の方々にとっては、かおるちゃんは故人を死に至らしめた張本人になってしまうんだ。

 かおるちゃんが憂鬱な気分になるのも、仕方ないだろうね。

「おっしゃる通りです、淡路かおる少佐。出過ぎた口を叩いてしまい、失礼致しました。」

「いえ…江坂芳乃准尉、貴官の御心遣いには誠に感謝致します。」

 雅な和風の美貌に上品な微笑を浮かべて、業物使いの大和撫子は、年上の部下に手短な謝辞を述べたんだ。

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[一言] 地獄の特等席に座る覚悟は……とっくの昔にできている。 その覚悟には、涙しかない。
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