第22章 「大空を舞え、生駒英里奈少佐!」
私が予想していた以上に牛怪人の数は多かったみたいで、他の部隊も牛怪人の軍勢に足止めを食らっていたの。
1匹1匹は大した戦力ではないんだけど、数が多いと手間がかかるね。
正しく、数の暴力だよ。
「支局からの増援が到着するまで、あと10分だそうです!」
緊迫した表情で叫ぶ江坂准尉に、私達は軽く目礼したんだ。
これは援軍はあてにせず、私達だけでケリをつけないといけないようだね。
「貴様達を殺せなくても、足止め程度の役には立つだろう…精々そいつらと遊びながら、コンビナートが吹き飛ぶのを間抜けに見物しているがいい!」
こう言い残した牛頭鬼ミノタウロスは、今まさに石油コンビナートに突撃しようと、助走をつけていたんだ。
「あいつ、コンビナートを壊そうとしてる!何とかしないと!」
先程と同じように、迫り来る牛怪人を麻酔弾で片っ端から撃ち倒しながら、京花ちゃんが大声で叫んでいる。
焦る気持ちはよく分かるよ。
そうは言っても、この牛怪人の軍勢をどうにかしないと、牛頭鬼ミノタウロスまで辿り着けないからね。
「しかし…この包囲網を突破するには時間が掛かりますよ、京花さん!」
そんな京花ちゃんに応じたのは、個人兵装のレーザーランスで牛怪人を次から次へと薙ぎ払う英里奈ちゃんだ。
バサバサと薙ぎ払った所に自動拳銃で追い討ちをかけられるんだから、長物の武器は便利でいいよね。
私のレーザーライフルにも、銃剣モードはあるにはあるんだけど、レーザー銃剣だから無血制圧には向かないんだよ。
だけど、御心配なく。
焦燥感に駆られている英里奈ちゃんや京花ちゃんと違い、事態を冷静に見据えている防人乙女もまた、ちゃんといたんだよ。
「そうでもないさ…追い付けるよ、英里ならね!」
岸和田巡査長の成れの果てと思わしき、警官の制服を着た牛怪人を倒したマリナちゃんが、英里奈ちゃんに向かって爽やかに笑いかける。
「私なら…!?畏まりました、やってみます!」
マリナちゃんの意図を直ちに察した英里奈ちゃんは、レーザーランスを携えると、一気に駆け出したんだ。
「ハアッ!」
レーザーランスの先端を地面に突き刺し、その反動で華奢な身体を一気に空中に持ち上げる英里奈ちゃん。
棒高跳びの要領だね。
レーザーランスの頑丈な柄は実にしなやかにしなり、その持ち主である茶髪の少女を高々と宙に跳ね上げた。
美しい放物線を描いて少女の身体が宙に舞い、癖のない茶髪のロングヘアーが、ダイナミックな軌道を描いて揺れ動く。
「タアッ!」
空中でレーザーランスを構え直した英里奈ちゃんは、ランスの刃の狙いを牛頭鬼ミノタウロスの後ろ姿に定め、自由落下の勢いで一気に突き刺したんだ。
「ウグァァァッ!!」
牛頭鬼ミノタウロスの凄まじい絶叫が、周囲の空気を震わせる。
レーザーランスの先端で赤く輝くエネルギーエッジが、ミノタウロスの左肩へ見事に命中し、茶色い剛毛に覆われた左腕を、半ば溶かすようにして根元から引き千切ったんだ。
茶色い剛毛に覆われた、牛頭怪人の左腕。
根元から引き千切られ、地面に力なく転がる今となっは、それは単なる肉塊に過ぎなかった。
「うあああ…!腕が…!私の左腕が…!」
半ば溶解したような左腕の切断面を押さえながら、地面をゴロゴロと転がって身悶えする牛頭鬼ミノタウロス。
何とも無様な醜態だね。
これとは対照的に、音もなく着地した英里奈ちゃんは、直ちにレーザーランスを両手で構えると、牛頭鬼ミノタウロスに向かって突きかかったんだ。
「はあっ!」
黒い夜の帳に赤く輝く、レーザーランスのエネルギースフィアと、その先端に生成された4本の鋭利なエネルギーエッジ。
その真紅の輝きが美しいのは当然だけど、それを手足のように自在に扱う英里奈ちゃんにも、凛とした美しさが満ちているね。
普段の内気で気弱な表情がすっかり影を潜めちゃって、幼いながらも気品のある美貌が、適度な緊張と悪への怒りに引き締まっているでしょ。
ああいう威風堂々とした風格のある槍捌きを見ると、「英里奈ちゃんって、戦国武将の末裔なんだなあ…」って事実を、改めて実感するんだよね。
「クソッ…忌々しい人類防衛機構の犬共め…!」
英里奈ちゃんの美しい槍捌きに対抗しようと、牛頭鬼ミノタウロスも大斧で応戦しようとしているんだけど、こっちは対照的に不細工だったね。
それなりに訓練は積んだんだろうけど、その技量たるやお粗末極まるもので、英里奈ちゃんの足元にも及ばないよ。
それよりも致命的なのは、左腕を断裂しちゃった事だね。
単純にパワーが半減しただけじゃないよ。
大斧を両手で扱えないから、稚拙ながらも習得した型を取る事も覚束ないし、身体が左右非対称になった事でバランスが悪くなり、それだけ隙が出来てくるんだ。
「ううっ…クソッ…!」
牛怪人がやっとの思いで、レーザーランスの一撃を大斧で受け止めたんだけど、いよいよ限界が来たみたいだね。
ビシッという鈍い音と共に、大斧の刃に亀裂が走ったよ。
その隙を見逃さない英里奈ちゃんじゃなかったね。
「はあああっ!」
裂帛の気合いと共に、レーザーランスが一閃される。
レーザーランスのエネルギーエッジは、大斧の亀裂の中心部を的確に貫き、夜の闇に赤々と輝いていた。
丸く穿たれた穴を中心にして、亀裂は大斧の刃全体に広がっていく。
「これでっ!」
ランスの更なる一撃が、亀裂の走った大斧に止めを刺した。
大斧は程なくして粉砕された金属片となり、アスファルトの路面に雨霰とばら撒かれていく。
後にはただ、耳障りな金属音が残るのみだ。
「わ…私の斧が…!」
武器を失い、狼狽する牛頭鬼ミノタウロス。
そろそろ、覚悟を決めた方がいいんじゃないかな?
「終わりですっ!」
一気に間合いを詰めた英里奈ちゃんは、がら空きになった牛頭鬼ミノタウロスの胸板にレーザーランスを突き刺したんだ。
「ガハッ…!オゴッ…」
ゴボッと血の塊を吐きながら、牛頭鬼ミノタウロスが苦悶の声を上げる。
「ヤアッ!」
それには一切構わず、エネルギーエッジを引き抜いた英里奈ちゃんは、すぐさまレーザーランスのロッド部分を使って、牛頭鬼ミノタウロスの腹部を思いっ切り薙ぎ払ったんだ。




