第21章 「石油コンビナート爆破5秒前!戦え、防人の乙女よ!」
夜の帳が下りた、臨海工業地域の石油化学コンビナート。
夜目の利く者が目を凝らせば、尋常では有りうべからざる光景を、そこに見る事が出来るだろう。
ボロボロの衣服を身に着けた牛頭の怪人達が、屍の如く横たわっている。
醜悪の極みに達した怪人共の寝姿とは対照的に、手に手に拳銃を構える防人の乙女達は、気高くも勇ましく、そして美しい。
そして唯一残された牛頭怪人は、防人の乙女達の放つ凛々しき美しさに威圧されてしまったかの如く、驚愕の表情を浮かべて震えていた。
「き、貴様等…ウイルスで変化したとはいえ、そいつらは無実の民間人達だぞ!自らが掲げる、正義と理想すら忘れたか?」
私達が何の躊躇いもなく、牛怪人に変化した民間人達を銃撃したのが、余程に予想外だったようで、牛頭鬼ミノタウロスの奴ったら随分と焦ってるね。
種明かしをしちゃうと、私達が使った弾薬はワクチン入りの麻酔弾なの。
撃たれた牛怪人は昏倒こそするけれど、ワクチンが凶牛ウイルスを死滅させ次第、元の人間に戻るんだよね。
でも、今しばらくはこのまま、牛頭鬼ミノタウロスを誤解させておいた方がいいだろうな。
昏倒した牛怪人が人質に取られたら面倒だし、万一こいつに仲間がいたら、ワクチンも効かない新型ウイルスを開発されないとも限らないしね。
「こんな惨たらしい仕打ちを民間人の方々に働いた貴殿方から、正義と理想の講釈を受ける筋合いなど、私共にはございません!」
立ち塞がる邪悪な敵に対しては、随分と威勢のいい台詞を言えるようになったね、英里奈ちゃん!
養成コース時代からの友達として、実に頼もしい成長ぶりだよ!
「私達防人の乙女は、心の銃の引き金に常に指をかけているの!それは、正義のためならいつでも躊躇なく敵を倒す覚悟が出来ているって事なんだ!」
そんな英里奈ちゃんの毅然とした態度に、私も便乗させて貰ったんだけど、ちゃんと牛頭鬼ミノタウロスを騙せているのかな?
大の虫を生かすために小の虫を切り捨てるという、「非情な正義の体現者」って仮面を、上手く着用出来ているといいんだけど。
「私達『防人の乙女』だって、神様なんかじゃないからね…助けられずに取りこぼしてしまう事だってあるよ…」
いいね、京花ちゃん!
大切な存在を幾つも犠牲にしながら、それでも世界平和の為に突き進んで来た。
そんな正義の戦士が抱く悲しくも勇壮な戦いの決意が、見事に表現出来てるよ。
「だからこそ、犠牲が出た直接の原因である悪の野望だけは、何としても叩き潰さなくちゃならない!ある種のけじめとしてね!犠牲は忘れず、明日を目指す。そうして私達は、今日まで進んできた…そして、これからもね!」
何だか今の京花ちゃんって、昔の変身ヒーローみたいだよね。
私達の親世代が夢中になった、「人造鉄人マシンダー」や「仮面戦士クロスファイヤー」、それに、初期の「マスカー騎士」シリーズといった等身大ヒーローには、悲しみを背負って悩みながらも戦う要素が必ずあったんだ。
その深いドラマ性が視聴者の心に深く残って、現在放送されている特撮ヒーロー番組にも、強い影響を与えているんだよね。
そして、子供の時から特撮ヒーローが大好きな京花ちゃんも、その影響を確実に受けているんだね。
「ふん!貴様達を皆殺しにするのは失敗したが、石油コンビナートを吹き飛ばしてやれば、地域住民共の貴様達への信頼は失墜する!それに貴様達は先程、こんな事を言っていたな。『全軍を挙兵して挑め』だと?望み通りにしてやろう!出し惜しみは無しだ!」
怒りに震える牛頭鬼ミノタウロスが、本物の牛と聞き間違えてしまうような猛々しい嘶き声を上げた、まさに次の瞬間。
さっき倒したのと同程度の牛怪人が、私達の元に怒濤の勢いで殺到したんだ。
あの嘶き声には、どうやら仲間を呼ぶ意味があったんだね。
「これだけの兵力を、まだ残していたとは…付近で展開中の部隊に、応援を要請致します!」
「お願いします、江坂芳乃准尉!」
軍用スマホを耳にあてた江坂准尉を庇うように、私は自動拳銃を構えたんだ。
「こちらは江坂班です…何ですと…!」
そんな江坂芳乃准尉の顔がサッと青ざめ、みるみる強張っていく。
「牛の怪物の襲撃を受けて、現在交戦中?そちらもですか!」
この分だと、どうやら牛頭鬼ミノタウロスの奴は、堺県第2支局の管轄地域の外でも感染者を増やしていたみたいだね。
だって、もしも第2支局管轄地域内の行方不明者だけだったら、これだけの人数は賄えないもん。




