第2章 「おいでやす、校舎屋上の粕汁パーティー!」
御子柴高校の屋上に集まり、お昼ご飯に粕汁を頂く事にした私達は、粕汁の御供としてノンアルコール飲料を持ち込んできたの。
焼酎派の京花ちゃんは、「黄金薩摩」と同じ醸造元が販売しているノンアルコール焼酎の「薩摩零式」の炭酸割。
カクテルが好きな私は、ノンアルコールカクテルのレギュラー缶。
スクリュードライバー風味とカシスオレンジ風味の、2種類を持ち込んだんだ。
ワイン愛好者の英里奈ちゃんは、ノンアルコール赤ワイン。
それぞれのお酒の趣味に基づいたノンアルコール飲料を持ってきているね。
「準備の良い連中だね…感心、感心!じゃあ、始めるか!」
そう言うマリナちゃんも、いそいそと通学カバンからノンアルコールビールのロング缶を取り出すと、プルタブを引いて小気味のいい開栓音を立てる。
「それでは、この粕汁の昼餐に多大な協力をして下さった生駒英里奈少佐と、その御家族並びに御関係者様に感謝の念を込めて、乾杯!」
音頭と共に、マリナちゃんのロング缶が高々と掲げられた。
「乾杯!」
家庭科室から貸して貰ったガラスコップに注がれたノンアルコール焼酎の炭酸割を掲げて、京花ちゃんが続く。
「ええっと…おおっと…!乾杯っ!」
最後まで迷った末に、私が乾杯用に掲げたノンアルコールカクテルは、スクリュードライバー風味のレギュラー缶だった。
少しもたついちゃったかな、私…
「何とも面映ゆいですが…乾杯、ですね…」
幼いながらも上品な美貌を照れ臭さで少し紅潮させながらも、ノンアルコール赤ワインで満たされたグラスを英里奈ちゃんが掲げる。
家庭科室の備品を借りてきた京花ちゃんとは対照的に、英里奈ちゃんのグラスは御自宅から持参した私物なんだ。
掲げたノンアルコール飲料で儀礼的に、ほんの少しだけ唇を湿らせた私達は、すぐさまグラスと缶を屋上の床に置くと、割り箸を割って粕汁を食べ始めた。
「うん…いいね!よく煮込まれた人参や大根が、口の中で軽く解れていく食感が何とも言えないよ!」
まるで少年向けのグルメ漫画に出てくる審査員みたいなリアクションだね、京花ちゃんったら。
喋り方も食べ方も、いささかオーバーリアクション気味だよ。
まあ、下品にならないレベルだから大丈夫だけど。
「薄揚げと豚肉から染み出した脂が、奥行きのある風味を出しているな。」
クールな立ち振舞いと性格から女の子人気が高いマリナちゃんは、食べ方もコメントも、スマートに落ち着いている。
こっちはさしずめ、ビジネスマンがよく読んでいる青年誌のグルメ漫画の登場人物か、オシャレ系の食レポ番組のレポーターって所かな。
「具材の味が最高なのは勿論の事だけど、それ以上に素晴らしいのは、この出汁の風味だよね!」
上官でもあるB組のサイドテールコンビの後を受けた私は、揮発する匂いに恍惚となりながら、お碗を満たした熱々の出汁を口に含んだんだ。
ふんだんに溶かされた酒粕と、それに負けず劣らず、料理酒代わりに用いられた日本酒の濃厚な風味とアルコール成分が、私の五臓六腑に染み渡っていく。
それでなくても、IHクッキングヒーターで存分に加熱されているんだもの。
体の内側から熱せられているようだね。
「プハッ!体の芯から温まるよ~!」
「ありがとうございます、千里さん。皆様の今の御感想を、吉野さんにお伝え致しますね。きっと喜んで下さいますよ。」
酒臭い息を鼻腔と口から漏らしながら喜びの声を上げる私に向けて、英里奈ちゃんも満足そうに微笑んでくれるの。
「ふふん…いい具合に回って来たね。そろそろ、頃合いかな…」
空になったお碗と割り箸を置いた京花ちゃんは、代わりにグラスを手にすると、グラスを満たしたノンアルコール焼酎の炭酸割を、一気に喉へ流し込んだの。
「凄い!凄いよ、マリナちゃん!粕汁のアルコールが回ってきて、まるで、本物の焼酎の炭酸割を飲んでいるみたいな気分だよ!」
パチパチと泡が弾ける炭酸割のグラスを持つ京花ちゃんは、まるで本物の焼酎を飲んでいるように上機嫌だった。
すっかり気が大きくなったのか、マリナちゃんの肩に肘を置いて、悩ましげにしなだれ掛かる気安さだ。
「おい!そんなに興奮するなよ、お京…」
口では京花ちゃんに抗議するものの、そんなに迷惑そうな口調じゃないようだね、マリナちゃんったら。
「少し、日本酒を効かせ過ぎてしまいましたでしょうか、千里さん…」
不安そうな表情を浮かべていても、酒臭い吐息を漏らしていたら、説得力も半減だよ、英里奈ちゃん。
「大丈夫だって!気にし過ぎだよ、英里奈ちゃんは!京花ちゃんは上質の酒粕と日本酒で、少し高ぶっているだけなんだよ!この粕汁に使っている日本酒って、特級酒なんでしょ?」
「あっ、はい…吉野さんは、灘の純米大吟醸をお使いになったそうですが…」
思っていた通りだ。
灘の純米大吟醸を料理酒代わりに使うだなんて、さすがは戦国武将を先祖に持つ名家だよね。
京花ちゃんやマリナちゃんと同じB組に在籍している、日本酒が大好きな淡路かおるちゃんがこの場にいたとしたら、どんな反応をするのかな?
喜んでくれるのかな。
それとも、「せっかくの純米大吟醸ですから、そのままで頂きかったですね…」と、残念がるのかな?
まあ、いずれにせよ、淡路かおる少佐は、今日は支局で勤務日らしいから、意見を伺えないんだけどね。
「でしょ!それを匂いや味がしっかり残る程にふんだんに使うなんて、リッチでゴージャスだよね~?」
英里奈ちゃんの不安を吹き払うかのように、ことさら明るく振る舞った私は、お代わりした2杯目の粕汁を完食すると、スクリュードライバー風味のノンアルコールカクテルを一気に飲み干したの。
「うん!京花ちゃんじゃないけれど、いい気持ちだよ!せっかく英里奈ちゃんの御屋敷の人達が手間暇かけて用意をしてくれたんだから、存分に楽しまなくちゃね!そうでしょ、英里奈ちゃん!」
「は、はい…それでは私も御相伴にあずかって…」
こうして私達が、粕汁でアルコール成分を思う存分に補給しながらアルコール風飲料をジャンジャンやっていた時に、それはやって来たんだ。




