第19章 「審判獣 牛頭鬼ミノタウロス!」
「何という恐ろしい盲従…おぞましき狂信者です、貴方は!」
おぞましさなのか、怒りなのか。
或いは、その両方なのか。
その原因は定かではないけれど、レーザーランスを構える英里奈ちゃんの声が震えているね。
オマケに、その吐き捨てるような口調。
普段の内気で気弱な英里奈ちゃんとは、正反対の勇ましさだよ。
「好き勝手に吠えるがいい、小娘!ベイエリアの石油化学コンビナートを爆破してやれば、この一帯を管轄地域にしている第2支局の信用は失墜。貴様達に煮え湯を飲ませてやると同時に、アポカリプス再興の狼煙になると目論んでいたが、ヘブンズ・ゲイト様を殺した貴様達まで来てくれるとは好都合だ。謝礼代わりに、面白い物を見せてやろう…」
美濃田はここまで言い終えると、痙攣するかのように突然激しく震え始めたの。
「何これ!こいつ、どうなってるの!」
京花ちゃんが叫び出しちゃうのも、分かるよ。
だって、痙攣する美濃田の全身から、大量の湯気が吹き出てくるんだもん。
もうすっかり、輪郭がボヤけちゃってる。
朦々と立ち込めてくる湯気と、次第に激しくなっていく震えのせいで、美濃田の身体が一回り大きくなったかと錯覚してしまったよ、私ったら。
いや、錯覚じゃなかったね。
だって、錯覚だったらローブが内側から裂けたりなんて有り得ないもん。
内側から引き裂かれたローブの下から現れた美濃田の肉体は、ステロイドとプロテインを過剰摂取でもしたかのように筋骨隆々で、オマケに茶色い剛毛がびっしりと生えていた。
美濃田の頭部も、身体同様に茶色くて固そうな剛毛で覆われていたよ。
けれども、それ以上に人目を引く変化は、禍々しい光沢を放つ2本の角だね。
こいつの首から上だけを撮影して、その写真を見せたのなら、百人が百人とも口を揃えて「牛だ。」って証言するだろうね。
顔が完全に牛その物に変化してしまったというのに、後足でスックと直立して、5本の指で大斧を掴んでいるんだから、嫌になっちゃうよ。
それが、この狂信者に残された、最後の人間性なのかも知れないね。
はっきり言って、人間性への冒涜でしかないんだけど。
「これが私の審判獣としての姿、『牛頭鬼ミノタウロス』よ!人の頭脳と審判獣のパワー、この2つを兼ね備えた私こそ、この世界に最後の審判を下すに相応しい!貴様達を皆殺しにして、石油化学コンビナートを爆破し、今は亡きヘブンズ・ゲイト様への手向けとしてくれるわ!」
最強にして最後の審判獣と化した美濃田の声が、憎らしい程に朗々と響く。
牛その物な風体なのに、発声器官は人間のままなんだね。生意気な事に。
何だか私、そろそろ我慢が出来なくなってきたよ。
「好き勝手な真似はさせないよ!平和に生きている管轄地域の人達を、テロリズムに巻き込むなんて!」
ああ…ついに言っちゃったよ、私。
この場にいる遊撃士の中では一番階級が低いから、遠慮していたのになあ…
「いい意気だよ、ちさ!私もこいつの牛面に、思う存分にダムダム弾を叩き込んでやろうと、さっきからウズウズしていた所さ!」
私の啖呵に応じたマリナちゃんが、大型拳銃の安全装置を外した。
「貴殿方の教義や理想など、私は存じ上げません…学ぼうという気にもなれません…しかしながら、ここで厄災の芽と戦火の火種を根絶すべきという事だけは、明確なようですね!ここで貴殿方を殲滅します、黙示協議会アポカリプス!」
レーザーランスをバトルモードに展開した英里奈ちゃんは、いつになく激しい口調だったね。
そう言えば、3年前の作戦で私が昏睡状態になったせいで、英里奈ちゃんはアポカリプスを深く憎んでいると、別の友達から噂で聞いた事があるよ。
噂を聞いた当初は、「あの気弱な英里奈ちゃんにも、『憎悪』という強い感情があったんだ…!」って驚いちゃったな。
しかし、それは私の事を大切に思う英里奈ちゃんの気持ちが、そこまで強かったという事だから、感謝しないとね。
まあ、こうして激昂した英里奈ちゃんの姿を見ると、あながち噂も嘘じゃないのかも知れないな。
「これより人類防衛機構の御名において、貴様を掃討する!」
こういうヒーローっぽい口上が似合うのは、私達の中では京花ちゃんだね。
「堺県第2支局所属、枚方京花少佐!その力、平和のために!」
京花ちゃんはこのように叫びながら、個人兵装であるレーザーブレードをポケットから取り出すや、円を描くような軌道で切っ先を移動させ、描いた円をバッサリと両断する姿勢でポーズを決めたんだ。
「堺県第2支局所属、和歌浦マリナ少佐!その技、自由のために!」
その京花ちゃんに呼応するかのように、大型拳銃で夜空に数発空砲を撃つマリナちゃん。そうして京花ちゃんの左脇を固めるようにして、大型拳銃を構えたマリナちゃんが寄り添ったの。
「堺県第2支局所属、生駒英里奈少佐!その情熱、未来のために!」
B組のサイドテールコンビに続けとばかりに、個人兵装であるレーザーランスをバトンのように回転させ、左前半身の構えを取る英里奈ちゃん。
こっちは京花ちゃんの右脇を固めるようにして、配置に着いたんだ。
「堺県第2支局所属、吹田千里准佐!その絆、希望のために!」
私も英里奈ちゃんの隣に陣取って、レーザーライフルで捧げ銃の姿勢をビシッと決めたよ。
私達って、お互いのノリを瞬時に理解し合えているでしょ?
これこそが、親友の証なんだよ。
「えっ、あっ…堺県第2支局所属、江坂芳乃准尉!その勇気、正義のために!」
ありがとう、江坂准尉!
打ち合わせ無しのぶっつけ本番なのに、ちゃんと空気を読んでくれたんだね。
マリナちゃんの隣で決める、アサルトライフルを用いた捧げ銃の姿勢も、私と対になっていて美しいよ。
私達4人の口上を踏まえた上で、アドリブも盛り込める臨機応変さは、さすがは防人の乙女だね。
「我ら、特命遊撃隊サキモリファイブ!人類防衛機構の正義の名の下に、これより敵対勢力を殲滅する!」
タイミングを揃えた口上を終えるや、捧げ銃等の姿勢を解いて、私達は臨戦態勢を取ったんだ。
敵さんが「冥途の土産」で来るなら、こっちは歌舞伎みたいに見えを切らせて頂いたよ。




