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第18章 「アポカリプスの残光」

 江坂芳乃准尉の率いる班と合流した私達が、ベイエリアの石油化学コンビナートに通じるゲートで目撃したのは、警官隊に襲い掛かる奇怪な一団だった。

「おい!何だよ、この連中は!」

 威嚇目的で大型拳銃を取り出したマリナちゃんが驚くのも、無理もないね。

 チーマーや不良少年と思わしき学ラン姿の若者や、サラリーマンと思わしきスーツ姿の男性など、服装や年齢は多種多様だったの。

 しかし、彼らの身に付けている衣服は一様に、袖の部分が内側から引き裂かれたように損傷しており、不気味に赤く輝くその両眼は、まるで何者かに操られているかのように虚ろだった。

「気を付けて下さいよ!この人達、行方不明になった人達みたいです!」

 救助した警官隊と共に民間人の避難誘導に向かった天王寺ハルカ上級曹長を見送り、特命機動隊の指揮を執る江坂芳乃准尉。

 そんな江坂芳乃准尉による注意喚起の声が、夜のコンビナートに木霊する。


「赤い光…これは!」

 闇夜に不気味に輝く、夥しい深紅の光に気付いた英里奈ちゃんが、幼くも気品ある美貌を強張らせて叫んだ。

 和泉市と高石市、そして堺市の3市のベイエリアで構成されている堺泉北臨海工業地帯は、夜景の美しい工業地帯として、全国的にも有名なの。

 その美しさは、夜景観賞ツアーが企画されたり、カレンダーが製作されたりする程なんだけど、今こうして私達の周囲で明滅している毒々しい深紅の輝きは、間違っても工場夜景の灯火ではなかったんだ。

「囲まれている…ここ最近の行方不明者達の大半が、この石油化学コンビナートに集まっているの…?」

 高まる緊迫感に身を強張らせた京花ちゃんも、思わず独り言を漏らしてしまったよ。


 それに応じたのは、実に嫌味ったらしい笑い声だった。

「フフフ…美しいだろう?我等の新しい信徒達の姿は…」

 神経に障る笑い声のする方角へと、私達は一斉に視線と銃口を向けた。

 生体強化ナノマシンで改造された私達の両目は、暗闇など物ともせず、全てを見分けられる視力を備えているんだよ。

「あれは…?」

 私が指差す方向を、全員が一斉に凝視する。

 勿論、赤い光の包囲網への注意は少しも怠らずにね。

 プレハブ倉庫の屋根の上に、誰かが立っている。

 それは、古代宗教の司祭か神官を思わせる白いローブを身に付けた、30代半ばと思わしき1人の日本人男性だった。

 そして、その右手に携えられている凶器は、長い柄の付いた大斧だ。

 ゲームやアニメのようなサブカルチャーが好きな人には、「ハルバード」と呼んだ方がピンと来るんじゃないかな。


「その白いローブ…『黙示協議会アポカリプス』の生き残りだな!」

 大型拳銃を男に向けたマリナちゃんの叫び声が、勇ましく轟いた。

美濃田呉太郎(みのだくれたろう)!3年前の武力鎮圧作戦の時に、唯一死体の確認出来なかった、アポカリプスの信者です!」

 私達が2年半前に滅ぼしたはずの、武装カルト宗教団体「黙示協議会アポカリプス」の最後の残党は、手配写真をスマホで確認した江坂芳乃准尉に目をやると、露骨に不愉快そうな表情を浮かべた。

「そんな汚らわしい俗名は、とうに捨てた!我が洗礼名は『ミノタウロス大神官』。呼びたければ、そう呼ぶがいい!」

 黙示協議会アポカリプスの信者達は、首領であるヘブンズ・ゲイト最高議長に付けて貰った洗礼名とやらに、やたらと執着しているんだ。

 面倒臭い連中で、本当に嫌になっちゃうよね。

 何より嫌になるのは、親から貰った大事な名前に向かって、言うに事欠いて「汚らわしい俗名」なんて口を、軽々しく叩けてしまう事だよね。

 親御さんが聞いたら泣くよ。

 まあ、まともな神経をしている親御さんだったら、大切に育てた自分の子供が、無辜の民間人を無差別に巻き込むテロリスト風情に成り果てた時点で、慟哭の血涙を流しているだろうけど。


「残党だったら残党らしく、大人しく逃げ回っていれば良かったのに、何を企んでいるのかな?返答次第では、タダでは帰さないからね!」

 元よりタダで帰すつもりなんて更々無いっていうのに、京花ちゃんと来たら、相手を挑発する気満々だね。

 まあ、相手の平静を欠くのは、勝負の定石だからね。

「チッ!人類防衛機構の犬共め…『弱い犬程、よく吠える。』というが…」

 どうやら、京花ちゃんの目論見通りのようだね。

 もっとも、犬呼ばわりは心外だけど。

「まあ良い!冥土の土産に聞かせてやろう!」

 出たよ、「冥土の土産」が!

 三下の悪党が考える事は、どいつもこいつも同じなんだね。


「貴様達に教団本部を破壊された日、私は牛型審判獣のデータを持ち出して、辛うじて脱出した。設備も物資もない逃亡生活故に、ここまで時間がかかってしまったが、私は自身を審判獣に改造し、その上、人間を牛型獣人に作り替える『凶牛ウイルス』の開発に成功したのだ。全ては、私自身が君臨する新たなアポカリプスを築き上げ、ヘブンズ・ゲイト様を殺した貴様達に復讐するためにな…」

 自分の企みを、ここまでペラペラと敵に喋ってしまうだなんて、普通だったらおかしいって思うよね?

 でも、自信満々で自己顕示欲の強い悪人っていうのは、程度の差はあれ、大体こんな感じなんだ。

 自分には絶対の自信がある。

 そして、自分の高邁な野望や綿密な陰謀を、誰かに自慢したい。

 ちょうど、自分に目の前に立ち塞がってくる敵がいるから、こいつに自分の野望と陰謀を、思う存分に自慢してやろう。

 満足出来るまで自慢して、後は倒して口封じしてしまえば、「死人に口なし」の理屈で秘密は守られるので、何も問題はない。

 こういう考え方をする悪人がいるから、俗に言う「冥土の土産」って文化が成立しちゃうんだよね。

 まあ、早い話が「慢心」だね。

 相手を舐めて掛かったり、「自分には万一の事なんて有り得ない。」って正常化バイアスで注意を怠ったりするようになったら、もう終わりは近いよ。

 もっとも、情報収集の手間暇が省けるし、付け入る隙だって出来る訳だから、私達としては何かと好都合なんだけどね。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさか生き残りが居たとは! そして冥土の土産……事情聴取無くていいかもってくらい喋ってくれそうですな!!
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