第17章 「闇を裂く援護要請 走れ、武装特捜車!」
私とマリナちゃんが特命警務隊のオフィスを後にしてから、半日後。
幹線道路をひた走る武装特捜車の揺れる座席に腰掛けながら、私達は夜景の煌めく車窓に目を光らせていたの。
昼間に嵐山管理官や長堀つるみ上級大佐がおっしゃっていた通り、私とマリナちゃんにも巡回パトロールの辞令が下ったんだよね。
もっとも、このミニバンタイプの武装特捜車には同乗者がいるんだけど。
「でもさ…マリナちゃんと千里ちゃんがデータベースに送信したメールが役立ったんだから、良かったじゃない!」
私とマリナちゃんが腰掛ける後部座席側へと首をねじ曲げながら、武装特捜車の助手席で明るい声を上げている同乗者は、御子柴1B三剣聖の一角にして、私やマリナちゃんの共通の親友でもある枚方京花少佐だ。
「そんなおかしな姿勢を取って、首を捻っても知らないぞ、お京。」
「はいはい…手厳しいね、マリナちゃん。」
案の定、マリナちゃんに窘められちゃった京花ちゃんだけど、ふざけながら肩をすくめる態度から見るに、大して堪えていないようだね。
「それにしても、恐ろしい話ですね…人間を怪物に変化させてしまうウイルスなんて…私達は大丈夫でしょうか?」
私の隣で不安そうな声を上げる同乗者は、腰まで伸ばされた癖のない茶髪が印象的な、内気な御嬢様風の特命遊撃士だった。
和歌浦マリナちゃんに、枚方京花ちゃん。生駒英里奈ちゃんに私。
結局の所、この武装特捜車にはいつもの4人が仲良く乗り合わせている訳だね。
それと、運転手役も含めた特命機動隊曹士の子達が3人。
3人とも、作戦で時々御一緒させて頂いている、江坂芳乃准尉の率いる江坂分隊所属の子達だ。
個人的には、どうにも既視感を拭えないんだよね、このシチュエーション…
それも、何とも落ち着かない感じの既視感がさ…
「大丈夫だよ!出動前に、ワクチンの予防接種を受けてきたじゃない?そもそも私達には『サイフォース』もあるし、生体強化ナノマシンによる改造措置だって受けているんだよ!ホントに心配性だなぁ、英里奈ちゃんったら!」
先程マリナちゃんに窘められたばかりだっていうのに、またしても首を捻って後部座席を覗き込んでいるよ、京花ちゃんったら。
この体たらくだったら、「学習能力がない」って謗りを受けたとしても、京花ちゃんは文句を言えないだろうね。
「おいおい!言ってる側から…全く、お京の奴は気楽でいいよ…あの動画を見ていないんだからさ…」
こう言い終えるとマリナちゃんは、呆れたような表情を浮かべて、頬杖を突きながら深々と溜め息をつくのだった。
「はあ…しかしながら、京花さんの明るさを見ていると、不安感が和らいでくるような気がします…」
もしかして、それってフォローのつもりなのかな、英里奈ちゃん。
「ねえ!こうしてみんなで武装特捜車に乗っていると、パトロール研修の事を思い出さない?」
このままだと、京花ちゃんの評価が微妙な物になりそうだからね。
我ながら随分と力技の話題転換だったけれど、私が出来るフォローなんて、精々この程度だよ。
こうして言って気付いた事だけど、さっき私の抱いていた既視感って、もしかしたら3年前のパトロール研修の事だったのかな。
何だか、それだけじゃない気がするんだけど
「あの時、ちさと英里はユリ姉と同じ特捜車に乗っていたんだよね?」
おっ、マリナちゃんも私の振った話題に乗ってくれたみたいだね。
「そうだよ、マリナちゃん!もっとも、帰り道は別だったけどね。」
3年前のパトロール研修の時。
成り立てホヤホヤのヒヨッ子少尉だった私達の引率役を務めてくれたのが、現在では堺県第2支局の支局長を務めていらっしゃる、明王院ユリカ先輩だったの。
「あの時の明王院先輩って、ホントに初々しかったよね、千里ちゃん。それが今じゃ、全国最年少の支局長だよ!」
「そりゃそうだよ、京花ちゃん!だって、あの当時はユリカ先輩も、まだ准佐で中学2年生だったんだから!」
一応こうして突っ込んではみたけれども、京花ちゃんが言いたい事にも、それなりに共感出来るんだよね。
今でこそ、緑色の教導服をビシッと着こなしているユリカ先輩だけど、あの時は私達と同じように、この白い遊撃服に袖を通されていたんだから。
「しかしながら、今にして思い返してみると、その片鱗は当時のユリ姉にも確かに現れていたと思うんだよな。」
そんなマリナちゃんの呟きに、マリナちゃんのすぐ隣に座っていた英里奈ちゃんが深々と頷いた。
「おっしゃる通りです、マリナさん…サイバー恐竜が暴走している旨の入電があっても、少しも動揺されずに、私共に的確な指示を下さって…」
「私達なんか、完全にパニック状態だったもん!事件現場に一番近いからって、急行する羽目になっちゃったし…」
英里奈ちゃんの後を受けて、助手席の京花ちゃんが軽口を叩いている。
「なあ、ちさ…何だか私、胸騒ぎがするんだよね…」
クールな美貌を少し顰めたマリナちゃんが、私に水を向けてくる。
「あっ、マリナちゃんも?実は、私もなんだよね!」
マリナちゃんに気付かせて貰ったんだけど、私の変な既視感って、もしかしたら胸騒ぎの意味合いも入っていたのかな?
だって、この場の雰囲気が、3年前の「サイバー恐竜事件」のシチュエーションと、余りにもよく似ているんだもの。
あの時と同じように、「事件に巻き込まれるんじゃないか?」っていう、何とも嫌な予感がするんだよね。
「2人とも心配性だなあ!そんなタイミングよく事件が起きるなんて…」
本当に京花ちゃんったら呑気だね。
神経が図太いと言うべきなのか、何と言うのべきなのやら…
ところが、運転席に腰を下ろしている特命機動隊の上牧みなせ曹長は、至って太平楽な京花ちゃんとは対照的に、緊迫した表情を浮かべていた。
「皆さん…緊急援護要請を入電致しました!ベイエリアの石油化学コンビナートに、凶賊が押し入ろうとしている模様です!」
あーあ、嫌な予感が当たっちゃったよ…
まさかと思うけれど、これって私が「サイバー恐竜事件」の一件を、話題として持ち出したからじゃないよね?
もしもそうだとしたら、私、言霊学を信じちゃうかも。
「現在、警官隊が対処しているものの、苦戦を強いられている模様!これより江坂芳乃准尉の班と合流し、事態の対処にあたります!」
こう言うと、上牧みなせ曹長は一気にアクセルを踏み込み、鮮やかにハンドルを捌いて、追い越し車線に特捜車をねじ込んだの。
ミサイル砲に挟み込まれる形でルーフに取り付けられたパトランプが、サイレン音を伴って激しく明滅する。
「こちらは、人類防衛機構です!特捜車両、緊急走行中です!周囲の一般車両は道を空けて下さい!」
スピーカーで拡声された上牧みなせ曹長の可愛らしい声が、あたかもモーゼが起こした奇跡のように、周囲の一般車両を左右に押し退けていった。
一般車両の協力によって作られた通路のど真ん中を、武装特捜車が弾丸のように一気に駆け抜けていく。
目指すは、ベイエリアの臨海工業地帯。
そこが私達のバトルフィールドだ。




