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第16章 「地下隔離病棟で抜かれた居合刀」

 牛頭怪人の角に刺された人は、猛毒によって体組織を作り変えられ、自分も牛頭怪人になってしまう。

 彩ちゃんの語った都市伝説は、本当だったんだ。

「こ…これが本当に、忠岡春樹巡査の成れの果てでありますか!?」

 叫ぶような私の問い掛けに、長堀つるみ上級大佐が無言で頷いた。

「警察病院へと収容された直後に凶暴化して、みるみる変化していったそうです。最終的には、拘束衣や鎖を引き千切ろうとしていましたね。」

「しかし…これでは事情聴取など、とても…」

 長堀つるみ上級大佐に対して、もっともな疑問をぶつけるマリナちゃん。

「勿論、生きている忠岡春樹巡査長からは何も聞き出せませんでした…」

 だが、マリナちゃんに皆まで言わせずに応じたのは、嵐山桂代将だった。

「しかし、その死後、彼の身体を解剖した結果、有意義な情報が幾つも入手出来たのですよ。和歌浦マリナ少佐、吹田千里准佐。」

 警察病院の監視カメラが捉えた映像の中では、牛怪人と化した忠岡巡査長が、今まさに拘束衣と鎖を引き裂き、脱出を試みようとしていたの。

 しかしながら、ついに彼の脱出は果たせなかったんだ。

 牛その物に変化してしまった忠岡巡査長の顔面。

 そこに朱線が縦に走り、次の瞬間には2つに裂けた。

 裂け目は首から胸、胸から腹に達し、やがて完全に分断されて床に転がった。

 物言わぬ骸と化した忠岡巡査長を、1人の特命遊撃士が冷やかに見つめている。

 黒髪を2つお下げに結んだ、物静かな雰囲気を持つ少女。

 彼女もまた、私にとっては顔馴染みだった。

「かおるちゃん…いや、淡路(あわじ)かおる少佐!」

 そう。

 スクリーンの中で白刃を携えている彼女こそ、京花ちゃんと共に御子柴1B三剣聖の一角に数え上げられている剣客、淡路かおる少佐だ。

 今年のゴールデンウィークに行われた「第25回つつじ祭」では、私や英里奈ちゃんと一緒にメイドカフェをやったんだよね。

「淡路かおる少佐の居合い抜きは見事でした。もう少しタイミングが遅かったならば、被害が出ていたかも知れません。事情聴取の場に、彼女を同席させたのは正解でした。」

 嵐山代将の声をBGMにして、スクリーンの中のかおるちゃんは、愛刀である千鳥神籬(ちどりひもろぎ)に僅かに付着した血糊を拭うと、漆塗りの黒鞘へと静かに納刀した。


「解剖により、自然界には存在しない特殊なウイルスが人間の細胞配列を組み換えている事が判明しました。直ちにワクチンが開発されたのですが、最終臨床実験を行うには、感染者が必要でした…」

「その時、貴女達がデータベースに送信して下さった被害者達の情報が、大いに役立ちましたよ。」

 嵐山代将の後を受けた長堀上級大佐がタブレットを操作すると、スクリーンに2人の男性の写真が表示された。

 1人は30歳前後と思われる、リクルートスーツ姿の男性。

 もう1人は温和そうな初老男性だ。

 免許証の写真をスキャンしたのか、2人とも表情がいささか固い。

「嵐山代将…この人達は、もしや…?」

「その通りですよ、和歌浦マリナ少佐。彼らは、貴女方のメールにあった被害者達です。株式会社タマブサ飲料営業課、岬潮(みさきうしお)。そして、NPO法人『よまわり』代表、林田富雄(はやしだとみお)。」

 会社名と法人名を聞いて、納得出来たよ。

 確か、「タマブサ飲料」と言えばマリナちゃんのお父さんの勤務先だし、「よまわり」というNPO法人も、おばあちゃんに見せて貰った「地域文化学」の講義予定表で見覚えがあるしね。

「2人とも、一時は獣人化の一足手前まで症状が進行していましたが、ワクチンの投与が間に合ったため、今は回復しています。尊い人命が救われ、ワクチンの効力も無事に証明出来ました。これは貴女方のお手柄ですよ、和歌浦マリナ少佐、吹田千里准佐。」

 柔和な微笑みを浮かべながら、私達を労う嵐山桂代将。

 バネ仕掛けの人形の如く、瞬時に椅子から立ち上がった私達は、そんな嵐山代将の笑顔に最敬礼の姿勢で応じるのだった。

「お褒めに与り恐悦至極であります、嵐山桂代将!しかし御言葉ながら、自分は特命遊撃士として果たすべき職務を全うしただけであります。」

「自分も、右に同じであります!」

 マリナちゃんの返答に、私も続く。

「手柄を(おご)らない謙虚さ…それでこそ、誉れ高き『防人の乙女』ですよ。」

 長堀つるみ上級大佐の柔和な微笑はしかし、直ちにキリッとした真顔へと切り替わったの。

「しかし問題なのは、例のウイルスの感染源です。先程も申し上げた通り、あのウイルスは自然界には本来ならば存在しなかった物…」

「人工的に作り出されたという事ですか?何者かのバイオテロ…!?感染源は、バイオテロの首謀者とでも…!?」

 マリナちゃんの問い掛けに、嵐山桂代将は小さく頷いた。

「恐らくは、その線で間違いないでしょう。牛の怪物の都市伝説が囁かれるようになってから10日間…その間に、第2支局管轄地域内では、通り魔事件や行方不明事件が相次いでいます。これらの事件の裏に、何者かによる邪悪な陰謀が潜んでいるのは確実です。」

 どうやら私達の管轄地域に再び、危険が迫っているらしい。

「今後は夜間の巡回パトロールをより一層強化し、パトロール業務の従事者には、先程のワクチンを混入した麻酔弾の携行が義務付けられる予定です。御2人にもスクランブル出動が要請されるかと思いますので、その心の準備の程、よろしくお願い致します。」

 こうして話をまとめた嵐山桂代将に、私とマリナちゃんは美しい最敬礼の姿勢で応じて、警務隊の会議室を後にしたんだ。

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[一言] かおる少佐、ありがとう(´;ω;`)
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