第15章 「牛頭怪人に変えられた警察官」
「事件が起きたのは、本日のヒトマルニゴ。貴官等の報告が届いてから、時間にして僅か2時間半の事でした。」
プロジェクターがスクリーンに写し出すのは、1人の警察官の画像だった。
適度に日焼けした健康的な肌と引き締まった肉体、そしてキリッと整った目鼻立ちを兼ね備えた、なかなかの美青年だ。
「忠岡春樹巡査長。彼は、堺市警に勤務する警察官でした。本日未明、同僚の岸和田弾治郎巡査長と共に、徘徊中の非行少年を相手に職務質問を試みた所、予想外の抵抗を少年から受けた模様です。岸和田巡査長は行方不明、忠岡巡査長も重傷を負わされ、警察病院に担ぎ込まれました。これだけなら、堺市警も我々に協力を要請しなかったでしょう。問題なのは、忠岡巡査長が残した無線の音声データです。」
こう言って長堀つるみ上級大佐が再生したMP3データは、随分とノイズだらけで聞き取り辛かったな。
-やっ、やめろっ!来るな!た…頼む!誰か助けてくれ!牛の化け物が、岸和田を刺しやがったんだ!早く来てくれ、このままじゃ…ギャアアア!
注意深く耳をそばだてていて、ようやく聞き取れるレベルの音声データは、緊迫した現場の息詰まる様子を、かえって克明に記録していた。
「この無線を聞いて駆け付けた警官隊と夜勤の特命遊撃士が発見したのは、胸板に穿たれた2つの刺し傷から大量の血を流して倒れている、忠岡巡査長の姿だけでした…岸和田巡査長は恐らく、凶賊に拉致されたものと思われます…」
無残な姿の同僚を発見した警官隊の事を考えると、いたたまれない気持ちになって来るよ。
次に表示された画像の中では、先程の警官の制服に身を包んだ青年が、血溜まりと化したアスファルトの路面に横たわっていたんだ。
気を失いながらも辛うじて握り締めている警棒は、非力ながらも悪に立ち向かおうとした忠岡巡査長の勇気の証だね。
紺色の制服にはおびただしい血痕が飛び散っているけれども、それが彼自身の身体から吹き出た物なのか、それとも、親友の岸和田巡査長の返り血なのかは、私達には判別出来なかった。
そして、忠岡巡査長の傍らで引き裂かれた状態で転がっている警棒は、岸和田巡査長の遺留品だね。
「現場付近の監視カメラに、事件当時の映像が残されています。」
長堀上級大佐の声と共に再生された動画。
それは、堺市内に多数現存する古墳へのイタズラ防止のために、堺県と宮内庁とが共同設置した監視カメラの捉えた映像だった。
昔の番長漫画に登場する不良を彷彿とさせる、ボロボロの学ランを身に付けた人影が、年若い警察官に襲い掛かっている。
しかし、学ランを来た人影が正常な人間ではない事は、薄暗い監視カメラの映像でも明白だったね。
筋肉が異常に肥大化して、学ランのあちこちに裂け目が生じ、そこから茶色い体毛みたいな物が露出しているんだから。
オマケに、その顔と来た日には…
面長で角が生えていて、完全に牛その物じゃない。
ここまで変化してしまっていたら、例え親兄弟が見たとしても、とても身内だとは分からないだろうね。
この動画を見たら、私達も彩ちゃん達の話を信じざるを得ないよね。
だけど、忌まわしい映像はまだまだ終わらないんだ。
「堺市警からの連絡を受けた我々は、忠岡巡査長の事情聴取を行うために警察病院に向かいました。そこで待ち受けていた物が…」
映像がスクリーンに表示される直前、長堀つるみ上級大佐は言葉を濁してしまったけれど、映像の内容がこれだったら、無理もないよね。
警察病院の地下に設けられた隔離病棟。
壁面は柔らかい素材で覆われ、調度品は何も存在しない殺風景な病室。
そこに収容されていたのは、本来持っていた人間性を根底から剥奪されてしまった、1匹の野獣だった。
首から下を覆う真っ白な拘束衣が、その存在がかつては人間だったという事を、辛うじて保証していた。
茶色くて濃い体毛に、頭から生えた2本の角。
どこから見ても、さっきの牛怪人の同類にしか見えなかったの。




