第10章 「徒歩登庁者の視点による、堺県堺市の街並み雑感」
あの後、デパ地下の惣菜を肴にして深酒を結構やっちゃったんだけど、二日酔いなんて無様な醜態をさらさずに、いかにも女子高生らしい爽やかでフレッシュな翌朝を迎えた私。
まあ私に限らず、特命遊撃士や特命機動隊といった防人の乙女は、誰1人として二日酔いにはならないんだけどね。
それもこれも、防人の乙女である私達に投与された、生体強化ナノマシンの成せる技だよ。
私達の身体を戦闘に適した物に改造する目的で静脈から投与された生体強化ナノマシンには、面白い性質があって、体内に摂取されたアルコールによって活性化し、アルコールを余す所なくエネルギーに変換して使い切っちゃうの。
当然だけど、二日酔いの根源的要因とされるアセトアルデヒドもね。
「う~ん、もう朝か…」
そんな具合で普段通りのスッキリとした気分でベッドを降りた私は、いつもの日課である身支度と遊撃服への着替え、そしてレーザーライフルの点検をこなすと、高鳥屋の惣菜の残りと缶ビールで朝食を簡単に済ませたの。
今日は支局での勤務日で、少し早目の朝食を取る必要に迫られていたからね。私だけの都合で、他の家族の朝食の時間を繰り上げて貰う訳にはいかないよ。
「それじゃ、行ってきます!今日は勤務日だから遅くなるかもね。」
そうして玄関をくぐった私は、白い遊撃服に身を包んだ人影が、お寺さんの密集している地区からこちらに向けて歩いてくるのを確認すると、石段を一足飛ばしに駆け降りて黒い門扉を開け、掲げた右手を軽く振るのだった。
「あっ!おはよう、英里奈ちゃん!」
「あっ、千里さん!」
幼いながらも上品な美貌の印象的な少女は、玄関先の私を視界に留めると、先程よりは幾分ペースを上げた足取りで、吹田家の玄関先を目指すのだった。
少女の足取りに合わせて、腰まで伸ばされた癖のない茶色のストレートヘアーが重たそうに揺れる。
茶髪のロングヘアーもそうだけど、ストラップで襷掛けされた通学カバンと、左肩に掛けられたレーザーランス入りのショルダーケースが、少女の華奢な身体を殊更に嵩増ししているんだよね。
まあ、レーザーライフルを収めたガンケースを持ち歩いている私も、あんまり変わらないかな。
「おはようございます、千里さん!今日は少し、お早いですね…」
御嬢様風の茶髪少女は、表札とインターホンが埋め込まれた門柱の辺りで立ち止まり、深々と一礼した。
幼いながらも上品な美貌と気品のある礼儀作法から、その育ちの良さは伺えるものの、内気で気弱な性格が玉に傷。
そんな彼女こそ、私の特命遊撃士養成コース時代の同期生にして最愛の親友でもある、生駒英里奈少佐だ。
「まあね、英里奈ちゃん!木曜の深夜は、特に録画している番組もないし。」
深夜アニメを幾つも追っかけていると、レコーダーのハードディスクに毎日録画が貯まっていくから、意識して定期的に消化していかないと、あっと言う間に収拾がつかなくなっちゃうんだよね。
本当の事を言うと、木曜にも深夜アニメは幾つか放送していたけど、私の守備範囲外のジャンルだから、録画を見送ったんだ。
お陰様で、英里奈ちゃんが迎えに来る前に玄関先でスタンバイ出来たね。
これが水曜深夜だったら、「誠の隊旗 ネオ・セレクト」と「おうか満開!」の最新エピソードを見ないといけないから、仮に早起きしていたとしても、今日よりはモタモタしていただろうね。
そりゃ、空き時間にスマホで見るって手はあるけど、嶋崎イサミちゃんの勇姿や神雷桜花ちゃんの笑顔は、大きな画面でゆっくりと堪能したいじゃない?
「それじゃ行こっか、英里奈ちゃん?」
「はい、千里さん!」
実にいい返事だよ、英里奈ちゃん。
考えてみれば英里奈ちゃんは、「黙示協議会アポカリプス」のヘブンズ・ゲイト最高議長に負わされた重傷から私が回復するまでの間は、寂しい行き帰りを繰り返していたんだろうね。
私は病院だし、京花ちゃんやマリナちゃんは電車通学だから、私や英里奈ちゃんとは通学や登庁のコースがそもそも違っちゃってるし。
通学や登庁で迎えに来る時の英里奈ちゃんの表情が、普段の内気で気弱な立ち振舞いには似つかわしくない、明るく朗らかな物になっているのは、そういう事情があるのかも知れないね。
その明朗快活な態度を、他のタイミングでも出せるようになれるといいね。
「昨日、おばあちゃんやお母さんからも、牛の化け物の話を聞いちゃってさ。もしかしたら、単なる都市伝説じゃないかも知れないよね、英里奈ちゃん。」
「私達の予測以上に、広く囁かれている噂話のようですね、千里さん…」
こうしてお喋りをしながら、私と英里奈ちゃんは堺神高速の高架をくぐり抜けて一条通へ。
ここまでは、御子柴高への通学路と全く同じ行程なんだよね。
ただ、御子柴高に行く場合は南海高野線浅香山駅の方面に直進するんだけど、今日は支局に登庁する訳だから、一条通を右折する必要があるんだよ。
紳士服店にホームセンター、そしてファミレスにボウリング場。いずれも駐車場のスペースを広めに確保されている。
そんな郊外型店舗がマンションや町工場の合間に点在する幹線道路を鳳方面に向けて直進していると、北花田口の跨線橋と歩道橋を境目にして、その街並みはガラリと一変するの。
居酒屋チェーンや飲食店等がテナント入居している商業ビルに、1階をコンビニエンスストアにしたビジネスホテル。
そして、それらの主要顧客と見込まれているビジネスマンや公務員達の勤務する、オフィスビルや官公庁。
ここが、堺県の県庁所在地にして政令指定都市でもある堺市の中心部なの。
新幹線の停車駅でもある新大阪駅や、地下鉄や各私鉄との連絡通路で迷宮化した大阪駅、それに南海高野線や南海本線の起点となる南海難波駅程ではないけれども、南海高野線堺東駅の駅ビルはそれなりに規模が大きくて迫力がある。
特急だって止まるし、何より、県庁所在地の最寄り駅だからね。
私の母が昨夜、惣菜とパンを買い求めた高鳥屋堺東店も、この堺東駅の駅ビルに入っているんだ。
そんな堺東駅ビルの1階にテナント入居している証券会社を左手に、そして銀座通り商店街を右手に見た状態で直進。
すると南海バスのロータリーの向こうに、ガラス張りの高層ビルが2棟、仲良く並んでそびえ立っているのが見えてくるでしょ。
2棟のうち、南海高野線の線路により近くて、戦闘ヘリ「神龍」とVTOL戦闘機「迅雷」の配備されているヘリポートとレーダー施設が屋上に設けられている方のビルが、私達の所属する人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局。
そして一条通を挟んだ側にあるのが、堺県の県庁舎だね。




