第19話 ジャーヴァス商会
俺、セイカ、アイリス、トマスさん、そしてシャノアに加え、ギルダスさんとマリアンさんを引き連れてジャーヴァス商会を訪れた。
「失礼、ナタリアさんに会いたいのだが、おられますかな?」
トマスさんがニコニコと、だが隙のないようすで問いかける。
「あ、えっと、その、本日は、どういったご用件で……」
受付担当の女性は、あからさまに狼狽した。
「実は先日、面会の約束をしていたのですがな、急に連絡が途絶えてしまいましたので、こうして訪ねてきたわけですな」
「そ、それは、その、とんだご足労を……ですが、会長は、いま……」
「おや、どこかへお出かけで?」
「いえ、その、なんといいますか、その……」
受付さんはちらちらと周りを見るが、他の従業員も気まずそうに目を逸らすだけだった。
これは、なかなか深刻な事態なのではないだろうか。
「主」
そう思っていると、シャノアがひょいと俺の肩に乗ってきた。
「微かだが、血のにおいがする。二階だ」
なんだって?
「すみません、ナタリアさんの部屋って、二階ですか?」
「えっ? はっ、いえ、なんで?」
わかりやすい反応だな。
よし、ここはもう、強引に話を進めさせてもらおう。
「すみませんが、ちょっとお邪魔しますね」
そう言って俺は、階段へと向かう。
「あー、困ります! お客さまー! 困ります、本当に!!」
と言いながら、誰も本気で俺を止めようとはしない。
「会長の部屋は二階の一番奥なんですが、勝手に入られると困ります! 鍵がなくて施錠もできないんです、困りますー!」
と言いながら、受付さんは俺に追いつけない程度の速度であとについてくる。
こりゃもう、俺たちになんとかしてくれってことかな。
自分たちではどうしようもなく、かといって官憲の介入は避けたい。
そんなところか。
階段をのぼり、ずかずかと進んでいく。
「主はやはり、ノーキンだな」
うるせぇ。
反論できないのが悔しいぜ。
二階のいちばん奥、ひときわ豪華な装飾のついたドアをガチャリと開ける。
「あー、困りますー」
もはや棒読みとなった受付さんが、トマスさんたちと一緒に入室する。
「なにも、ありませんなぁ」
家具調度品や書類なんかは普通にあるけど、特に変わったところはなにもない、という意味で、トマスさんがそう言う。
「そうなんです、なにも変わったところはないんです。なので本日のところはお引き取りを……」
なにも変わったところはない、と受付さんは言ったが、俺にはとんでもないものが目に入っていた。
「血痕……しかも、床一面にべったりと」
「なんですと!?」
俺の言葉に、トマスさんがそう返した。
ほかの人たちも驚き、息を呑んでいる。
「そんなはずありません! なにもないですよ? ないですよね?」
受付さんはおたおたしながら周りに同意を求めるが、答える者はいない。
「トマスさん、〈鑑定〉してみてください」
「〈鑑定〉ですかな?」
そう言ってトマスさんはじっと床を見つめたが、ほどなく首を横に振った。
「〈浄化〉の痕跡は見えますが、それ以上はなにも……」
トマスさんはかなり高いレベルの――ヘタをすると俺以上の――〈鑑定〉を使えるはずだが、それでも見えないようだ。
「会長はきれい好きなので、定期的に〈浄化〉をしてますから、痕跡があってもおかしくはありませんよ」
「まぁ、そういうことも、あるでしょうなぁ」
トマスさんは受付さんの言葉にそう返しつつ、心配げに俺を見る。
「そうですか……俺には見えてるんですがね」
まるで科学捜査ドラマのワンシーンのように、ルミノール反応のような青白い光が、しっかりと。
「ん、まてよ?」
スキルの効果は、ジョブレベルや経験だけでなく、知識にもかなり左右される。
俺は刑事ドラマなどの影響で〝血痕は容易に消せない〟と思っているが、トマスさんらこの世界の人たちにとっては、〝〈浄化〉で消える〟という認識なのだろう。
なら、その認識を改めてやればどうだろうか?
「セイカ、ルミノール液って手に入るか?」
○●○●
マツ薬局は警察に様々な薬品を卸しており、ルミノール試薬もそこに含まれる。
つまり、店に在庫があるとのことなので、トマスさんに頼んで現場を保全してもらい、俺はセイカをつれて地球へ帰った。
「お、あったあった、これだな」
そして、無事ルミノール試薬やその他必要なものを手に入れ、また異世界へ戻ってきた。
「じゃあ、実演してみましょうか」
俺は自分の指をナイフで切って、床に血を垂らした。
「ちょ、アラタ! なにやってんだよ、あぶねーだろ!?」
セイカが慌ててかけよってきて、俺の指に回復魔法をかけた。
いや、これくらいの傷なら自分で治せるんだけどな。
「あー、その、ありがとな。じゃあセイカ、床の血を〈浄化〉できれいにしてくれ」
「お安いご用だぜ」
すっかりきれいになった床へルミノール試薬をかけ、暗幕で光を遮る。
「で、こうやってブラックライトを当てると……あれ?」
なんの痕跡もないな。
「あー、わりぃ、ちっと念入りにしすぎたかも」
セイカが申し訳なさそうに頭をかく。
なるほど、ルミノール反応に関する知識がある彼女は、その痕跡すら消せるのか……って、ヤバいな。
「じゃ、もう一回」
同じく指を切って血を垂らし――即座にセイカが回復した――今度はアイリスに浄化してもらう。
同じようにルミノール試薬をかけて暗幕で光を遮り、ブラックライトを当てると。
「まぁ!」
しっかりと〈浄化〉したはずの血痕が、青白い光となって浮かび上がったことに、アイリスが驚きの声をあげた。
「このルミノール試薬ってのは、ヘモグロビン……まぁ、あれだ、血の中の成分をこうやって光らせる作用があるんだよ」
と、セイカがルミノール反応について、簡単に説明する。
これでこの光っている部分が血液だと、認識できたはずだ。
「トマスさん、この光を〈鑑定〉してみてください」
「むむ……おおっ! これはまごうことなき、アラタさんの血痕ですな!!」
どうやらうまくいったようだ
「で、これを踏まえて……」
俺は床の広い範囲にルミノール試薬をスプレーし、部屋のカーテンを閉めてもらった。
そしてブラックライトを当てると……。
「なんと……!」
かなりの範囲に広がる青白い光に、その場にいた全員が息を呑んだ。
「どうです?」
「これは……間違いなく、ナタリアさんの、血痕ですな」
「そんなっ、うそっ……!?」
トマスさんの言葉に、受付さんが声を上げるなりへたり込んだ。
「だいじょうぶですか?」
慌てて、アイリスが受付さんを支える。
「す、すみません」
「いえ、お気になさらず。とにかく、落ち着いてください」
アイリスは、優しい言葉で受付さんを宥める。
「はぁ……ふぅ……ありがとう、ございます」
「本当に、大変なことになりましたね……ナタリアさんに、なにがあったのか……」
優しい声で受付さんを宥めながらも、質問をぶっ込むアイリス。
さすがだ。
「わかりません……3日前の、夜までは、たしかにいらっしゃったのですが……」
「それが、ナタリアさんを見た最後、ということですか?」
「はい……帰りに、声をかけたとき、まだ残ってらしたので……」
「そのとき、なにか変わった様子はありませんでしたか?」
「なにも……いえ、そういえば……お茶が切れたって、シーラン産の……」
「シーラン産の茶葉……高級品ですね。来客の予定があったのでしょうか?」
「おそらく……だから、買ってきましょうかって、私、聞いたんんです。でも、もういいって、なんだか投げやり気味に。それが、ちょっと引っかかってて……」
「シーラン茶は、とくべつなお客さまにだけ出していたのですか? あれはクセがあるので、おもてなしには向いていないというか……」
「えっと、そう、ですね」
「あれを好むお客さまに、心当たりは?」
「いえ、あの……その……」
「ああ、すみません、問い詰めるような真似を。どうか、ゆっくり休んでください」
アイリスはそう言うと、受付さんを他の従業員に預けた。
うーむ、もうひと押しで犯人……とまではいかずとも、重要参考人くらいはわかりそうだったように思えたんだが。
「アラタさま、ちょっといいですか」
受付さんを解放したアイリスが、俺に歩み寄ってくる。
手にはいつの間に取りだしたのか、小さな紙袋があった。
「どうぞ、嗅いでみてください」
彼女はそう言って、その紙袋を俺に渡す。
「お、おう」
よくわからんが、折りたたんであった袋の上部を伸ばし、口を開けた。
「ぶっふぉっ!?」
「フギャッ!?」
俺が声を上げるのと同時に、シャノアが悲鳴をあげて跳び退いた。
「ふふっ、なかなかクセがありますよね?」
なかなかというか、ドギツい漢方薬みたいなにおいだよ。
とりあえず紙袋を返すと、アイリスはそれをすぐに〈収納〉した。
「アイリスよ、なんというものを出してくれるのだ」
「ごめんなさい、シャノアさま」
言いながら、アイリスはペロリと舌を出す。
「これが、シーラン茶です」
「な、なるほど。わざわざ持ってるってことは、好きなのか?」
「あはは、まさか。これは人からもらったものです」
人から、もらった?
「だれから?」
「……ジャレッドさんです」
おいおい、またあの坊ちゃんかよ……。




