神様の見た雫
明日はお休みです。
次回は土曜か日曜更新予定です。
視界の端に紫色の鋭い線のようなものがちらつく。
それを見るたびに人間でいう心臓がある場所がズキズキと痛み始める。
もうそこを刺された時なんて数えることすらできないほどに昔の出来事のはずなのに…その時、その場所に何があって誰がいたのかも朧げになってきているのに、その痛みだけはいつまでたっても鮮明だ。
バチバチと耳に残る音。
視界を覆い尽くすほどの閃光。
胸に突き立てられた刃の感触。
意識を失う間際に見た頬を零れた涙の一滴。
いつまでたってもその瞬間の光景は脳裏に焼き付いて忘れることが出来ないというのに、最も覚えていないといけないはずの娘の表情は黒く塗りつぶされて思い出せない。
いいやそのときの事だけではない。
恨みに塗りつぶされて、憎しみに囚われて、痛くて辛くて苦しくて…たった一人の友すら切り捨てて。そんな中でもまだ生きているたった一つの理由であるはずの最愛の娘の顔を微塵も思い出すことが出来ない。
世界樹の麓に捨てられていたのを拾った時の赤ん坊の頃。
初めて言葉を話した時、母と呼んでくれた瞬間、二本の足で立ち上がって胸に飛び込んできたのを抱きしめた時。
ご飯を美味しいねと笑い合い、眠る必要もないのに付き合って身を寄せ合い眠った時。
その全てにおいてレイがどんな顔をしていたのか思いだせなくなっていたことにようやく気がついた。
「違うそんなはずない…だって…」
こんなにも苦しむほどに愛しているのに。
その言葉を飲み込んで闇の中で雷を纏うリリに対峙する。
刀にぶつかり弾けて拡散していく雷に触れるたびにチリチリと記憶を刺激される。
頭の中にかかった靄が焼き払われ、黒く塗りつぶされていたレイの顔が──
「っ!!!!」
頭を振ってそれを振り払い目を反らす。
見たいはずなのに、思い出したいはずなのに…それが恐ろしい。
何度も何度も見てきた光景。
自分に呪詛を投げかけ続ける白い世界のレイ。
もしそれが遥か昔からのレイの本心ならば…?
砕けかけた…いや、すでに砕けて無理やり形だけを取り繕っているような心にその現実は受け止めきれない。
だから目を反らした。
「こっちを見ろ!」
リリに叫びにビクリと肩を震わせて視線を向ける。
刀を握るリリの背後にうっすらと人の姿が浮かんでいて、その姿は…。
それを理解するより早く刀を捨てて逃げ出した。
何から?
一体何から?
どうして今この場で刀を捨てて、取るに足らない人形から逃げ出すのか?
それらすべてが分からないのにどうしてもその場から逃げ出したくてたまらなくなった。
どこに逃げるつもりなのか。
逃げてどうするつもりなのか。
いつまで逃げるつもりなのか。
逃げたからといってどうなるというのか。
「いや、嫌だいやだいやだ…」
無意識に口をついて出る言葉に気づかないまま、無意識に手を伸ばしたのはもう一人の自分。
今の世界を象徴した、自分自身が唾棄すべきと思うほど醜悪なそれ。
なぜ今さらそんなものに縋ろうとするのか。
見るだけで吐き気が止まらないのに。
しかしそれでも、今目の前に差し出されたものに向き合うよりはるかにその苦しみに逃げたほうが楽だと感じてしまったから。
「たすけて…いや…」
だが無慈悲にも手を伸ばしたその瞬間、雷がそれを切り裂いてバラバラにした。
地に落ちた破片は闇の中から伸びた無数の人形の腕にどこかに引きずり込まれ、その存在すら感じられなくなってしまった。
「逃げるな!こっちを見ろ!」
「ひっ…!」
背後からの気配に耐えられなくてがむしゃらに刀を作り出して投げつけた。
力の限り刃を降らせるも閃光が奔ったかと思えばすぐ目の前にリリが現れる。
その背後にはやっぱり少女の姿がうっすらと見えていて…。
「こないで!」
「無理」
咄嗟に振るった刀を受け止められ、再び雷が飛び散ってじりじりと身体を灼いてくる。
「やめてやめてやめてやめて、来ないでこないでこないでこないで!見せないでそれを!私は…わたしは…」
「見ないでどうにかなるわけないでしょう!散々理由にして壊して殺して…なのにどうして寸前で逃げるの!目を開いて上を見て手を伸ばせばそこにあるのに!」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」
「うるさくなぁーい!怖いのはわかるし、土壇場で逃げたくなるのも分かるよ!みんなおんなじだもん!私だってそうだよ!大好きな人に嫌われないかいつも怖いよ!私の想いが届くかいつだって不安だよ!でも逃げたってしょうがないでしょう!?だって怖くて不安で押しつぶされそうになるのは私だけじゃないんだもん!マリアさんだけじゃないんだよ!私だってあなただって…あの子だってそうなの!」
「そんなの知らない!私には関係ない!やめてやめて、お願いだからこないで…!!」
「子供が頑張ってるのに、親が目を反らすな!母親なんでしょうが!このおバカ!!!」
刀をすり抜けてリリが握りしめた拳を振り上げた。
顔目掛けて近づいてくるその拳は、やけにゆっくりと感じられて…それに重なるようにして誰かが手を伸ばしているのが見えた。
その手の持ち主はどんな顔をしているのだろうか。
母親…そう、母親なのだ。
リリの言葉が砕けた心のどこかに突き刺さる。
それでも視線を上げることが出来ない。
呼吸が荒くなり、胸が苦しい。
それを見たらすべてが終わってしまう気がしたから。
下ろした視線のその先で一滴の雫が落ちていくのが見えた。
「あ…」
雷と共にかつて流れ出たそれを思い出して…目を閉じた。
マリアさんを追い詰めるのは正直楽しいです。
この作品ですがもうそろそろ終わりで、休みも含めて今月中には終わるかな?やっぱりもう少しかかるかも…?というところなのですが、その後に考えている次回作は同じ世界観での話になると思います。
主人公が変わるためタイトルを変えるので一応は別作品として投稿する予定です。
事前に予告しておいた方がいいかなとここに書いておくことにしました。もしよろしければそちらでもよろしくお願いします。




