57 ドレシアの魔塔〜第4階層2
予想外の出来事にセニア達とフォックスウィザードはただ見つめ合った。
「せいっ!」
最初に正気を取り戻し、セニアはフォックスウィザードに斬りつける。
「コッ」
鳴き声を上げて、フォックスウィザードが飛び退いた。
避けられはしたものの、シェルダンを追わせるわけにはいかない。
セニアは剣と盾を構えてフォックスウィザードと正対する。
「何だ、あのタヌキとは徹底的に楽しもうと思っていたんだが」
拍子抜け、と言わんばかりにクリフォードが言う。肩透かしを食らったような、そんな気分のようだ。
「ちっ、俺も魔術師であそこまで気骨があるやつは珍しいと思っていたんだが」
ゴドヴァンも残念そうに言う。
「今度こそ障壁の隙間を縫って急所に食らわそうと思ってたのに」
ペイドランまで悔しげである。
男性陣たちのラクーンマジシャン人気がすごい。
「ちょっと、皆さん、真面目に戦って下さいっ!」
一人、フォックスウィザードと戦いながらセニアは叫ぶ。相手は片割れとはいえ階層主なのである。
「あぁ、セニア殿、すまない」
最初に気を取り直したのはクリフォードだった。
「好敵手のタヌキがいない以上、私が一撃で決めてやろう」
早口で呪文を詠唱し、中空に赤い円陣を出現させる。ラクーンマジシャンがクリフォードに『好敵手』認定された。
「ファイヤーピラーだ」
炎の巨大な赤い円柱がフォックスウィザードを呑みこもうとする。
フォックスウィザードが杖を掲げた。中空に同じく白い魔法陣が生じた。
巨大な水竜が、炎の柱を呑み込んで相殺する。あたりが水蒸気に満たされた。
「ほう、古代魔法ウォータドラゴンの術式か。やるではないかっ!」
クリフォードがまた嬉しそうだ。
気を取り直してくれたようで何よりである。
「うおおっ」
魔術の相殺した水蒸気にまぎれて、ゴドヴァンが斬りかかる。
柔らかくも素早い身のこなしで、フォックスウィザードがひらりと身を躱す。
「おおっ、やるじゃねえか」
ゴドヴァンが感嘆し、さらに横薙ぎの一撃を繰り出した。
これもフォックスウィザードがピョンと跳躍して避ける。そのまま白い雷が飛んでくるのをゴドヴァンも避けた。
「コッコッコッ」
楽しげにフォックスウィザードも笑う。
(お互いに楽しそうで何よりです)
半ば腹を立てながらセニアは思った。
(真面目に戦ってるのは私だけ?)
ラクーンマジシャン抜きでも、攻撃魔術が強力で気が抜けない。生半可な攻撃もあっさり避けられてしまう。
「コーッ」
フォックスウィザードが突然のけぞって悲鳴をあげる。
ペイドランの飛刀が、フォックスウィザードの右脚に突き立っていた。白い毛にジワリと血がにじむ。
「やるなっ、ペイドラン!」
クリフォードが再度、後方で魔法陣を練り上げる。熱気が肌を打つ。
「ファイヤーボールだ」
畳み掛けることを優先してか、火炎球を連発するクリフォード。
セニアも閃光矢を数十発混ぜ込んで合わせる。
「コオッ」
フォックスウィザードが黒い大波を呼んで火炎球を防ぎ、閃光矢を薙ぎ払った。
(遠距離は布石!)
セニアは微笑んだ。
フォックスウィザードの背後からゴドヴァンが大剣で斬りかかる。
「コッ」
後ろからの一撃を一瞥もせずにフォックスウィザードが回避する。見事だが、今度は背中にペイドランの飛刀が突き立っていた。
「コォーッ」
怒りと憎しみに燃える目でペイドランを睨みつけるフォックスウィザード。
攻撃する間を与えるわけにはいかない。セニアはすかさず剣で斬りかかる。
避けられた。片腕による斬撃を避けただけだ。敵の動きが悪くなっている。
「ゴォッ」
盾でフォックスウィザードの小さな体をセニアは殴打した。
少しずつラクーンマジシャンを失ったことで戦いの天秤がこちらに傾いている。数的優位のある4対1の戦いだ。
(それに、多少の負傷はルフィナ様が回復してくれる)
セニアはちらりと紫髪の治癒術士を見やる。
「コッ」
フォックスウィザードが水の竜を放つ。
だが、苦し紛れだ。
「甘いのだよ」
クリフォードがすでに展開していた円陣から炎の柱を放つ。
なんとかフォックスウィザードが再び水の竜で相殺する。が、ここまでだった。
「うおおっ」
ゴドヴァンが猛然と斬りかかる。大剣の風を切る音がセニアの位置にまで届く。
ペイドランの飛刀を受け続け、弱っているフォックスウィザードには最早、ゴドヴァンの連撃を避ける力は残されていなかった。
「ゴーッ」
ゴドヴァンの大剣がフォックスウィザードを一刀両断した。
半球状の核が瘴気をあげるフォックスウィザードの身体から転がり出てくる。
「セニア殿っ」
クリフォードが声を上げる。
「はいっ」
すかさずセニアは巨大な光の矢を放ち、核を射抜いた。
(2体で階層主ということ?)
空の半分だけに青空が広がる。
ラクーンマジシャンも倒さないと階層を攻略したことにならないようだ。
「ふぅ、素晴らしい敵だったな」
ゴドヴァンが汗を拭いつつ満足気に言う。
「ええ、魔物がここまで魔術を駆使するとは」
クリフォードも相槌を打つ。
「強敵でした」
オーラを纏ったまま、ペイドランが大の字で横になった。
「こらっ、お馬鹿さんたちっ!まだ終わってないでしょ!」
ルフィナが愚か者共を怒鳴りつける。
まだどこかでシェルダンが一人でラクーンマジシャンと戦っているはずだ。
フォックスウィザードと一緒のときには防御術に専念していたが単体ではどうか。攻撃術も使えるのならシェルダンも厳しい戦いを強いられているだろう。
「おーい、シェルダーン」
ゴドヴァンが大声で叫びながら先頭を行く。いきなりラクーンマジシャンが飛び出してくることもありえるだろう。
「全くもう、あなたたちときたら、もっと場をわきまえなさいな。ここは魔塔よ」
ツンケンとしてルフィナがゴドヴァンに言う。
「め、面目ねぇ」
ルフィナに対するとゴドヴァンがすっかりしょげかえってしまう。
「こちらですー」
間延びしたシェルダンの声が答えた。
声のした方へと5人で急ぐ。
「そんなっ」
セニアは絶句した。
シェルダンが森の中でへたり込んでいる。脇にはひしゃげたラクーンマジシャンの身体が転がっていた。
「セニア様、早く核を」
シェルダンが半球状の核を指さして告げる。『動揺している暇があったら、とっととやれ』と言わんばかりの態度だ。
「は、はい」
戸惑いながらもセニアは、閃光矢で核を射抜いた。
青空が広がる。
「すごいな、一人で階層主の片割れを倒したのか」
手放しでクリフォードが褒め讃えた。
じろりと胡乱げな視線をシェルダンから向けられている。
「守りが主体の相手ですから。やりようがあった、というだけのことです」
すげなく、シェルダンが言い放つ。本当に守りだけだったのか。複数箇所をシェルダンは負傷しているようだ。軍服の血痕が増えている。
「一人で階層主を半身とはいえ背負い込むなんて無茶です。せめて私を連れて行くとか」
セニアは黙っていられず口を挟んだ。シェルダンの行動や判断に危ういものを感じる。自分をもっと頼ってほしい。力の出しどころがもっとあるはずだ。
「いや、シェルダンの判断は適切だったと思う」
クリフォードがシェルダンを擁護した。意図が見え透いている。セニアを自分の手元に置いておきたくて言っているのだろう。
「殿下は」
言いかけてセニアはクリフォードに遮られた。
「いや、黙らないよ」
涼しい目元にどこか厳しさを漂わせてクリフォードが告げる。
「私もここまで戦ってきて分かった。これは人間と魔物の戦争だ。ただの害獣駆除なんて生易しいものじゃない。負けは許されないんだよ。最悪、捨て石になってでも相手を倒そうという考え方はここでは必須だ」
魔塔の各階層を攻略するにつれて、分かりやすくクリフォードが自分を取り戻していく。
「隊長がタヌキを引っ剥がしてくれてなかったら、俺たち、負けてたかも」
ペイドランもポツリとこぼす。
なぜシェルダンが無理にでも連れてきたのか、よく分かる少年兵だった。
とにかく隙をつくのが上手いのだ。4人がかりとはいえ、フォックスウィザードを倒せたのはペイドランの飛刀によるところが大きい。
ゴドヴァンとルフィナがニヤニヤ笑ってやりとりを眺めている。
甘いのは自分の方なのだろうか。
「そして、いよいよ最上階、第5階層だ。勝つために手段を選んではいられないと思うよ、セニア殿」
クリフォードが柔らかな笑みとともに告げた。




