39 聖騎士と軽装歩兵との思い出〜最古の魔塔攻略①
ゴドヴァンの回想になります。過去の最古の魔塔攻略については、都度、回想として必要のあるときに折り込んでいきたいと思っています。
「おらっ」
大剣を振るって、ようやくゴドヴァンはハンマータイガーを1頭、倒すことが出来た。
ハンマータイガーは、人間の大人4人分はありそうな巨体であり、その巨体から繰り出す前脚の打撃が極めて強力だ。動きも常人では反応できないほどに速い魔物である。
「大丈夫?」
ルフィナが傷に対して回復魔術『回復光』をかけ、更には体力も回復させてくれた。
最古の魔塔、第1階層。異様な空間である。鬱蒼とした緑の深い密林の中、他の魔塔では第1階層の頂点にいたサーペントが片端から食われていく。
先のハンマータイガーも他の魔塔では第3階層以上にいる階層主であった。溢れ出る瘴気が、出現する魔物をより強力に、環境を人間にとって、より過酷にしているのだ。
それでも、ゴドヴァンとルフィナは二人で組んで、何とか第1階層のかなり奥まで進んできた。
魔塔の中はそれぞれに大きく異なる。最古の魔塔第1階層は密林であった。
「あぁ、何人生きてるかな」
苦い気持ちとともにゴドヴァンは尋ねる。
ルフィナが辛そうな顔で首を横に振った。彼女の所属する治癒術士の部隊も彼女を残して全滅している。
「先遣の軽装歩兵隊も、本隊の重装歩兵隊もダメだろうな」
更にゴドヴァンは言う。ルフィナもただ頷く。既に魔塔の各所で聞こえていた剣戟の音も途絶えて久しい。
合計1200人という大部隊で挑んだ、今回の魔塔攻略だった。
軽装歩兵たちは、ここでは餌となっているサーペントを持て余し、ハンマータイガーの前脚による打撃は重装歩兵の盾も鎧も叩いて砕く。
(最古の魔塔、これほどとはな)
苦いものをゴドヴァンは噛みしめる。大失敗だ。見通しが甘かった。
全く傷一つなく、体力万全の状態で戦って、ゴドヴァンもハンマータイガー1頭を倒すのがやっとだ。ハンマータイガーの単独行動を好む性質に救われた形だった。
「あっ」
ルフィナが声を上げた。
木々の向こう。すべてを圧するように、光の刃が立ち昇る。
振り下ろされた。
二人は急ぎ、光の刃が見えた方角へ向かう。
「君、大丈夫か!?くそっ」
聖騎士レナートが、重装歩兵を1人、胸に掻き抱いている。まだ若く、鎧の内側から血が溢れ出ていた。
ルフィナが駆け寄り、回復光の治癒魔術をかけた。緑色の光が傷を癒やすも、重装歩兵の青年は動かない。既に息がないのだ。
ゴドヴァンは天を仰ぐ。
悔しそうにルフィナが歯を食いしばって首を横に振る。
近くには一刀両断された青竜の死体があった。まだ第1階層である。弱小種とはいえ、竜種がいるなど異常だ。
「君たちは、二人だけか?」
聖騎士レナートが疲れた顔を二人に向ける。端正な色白の顔に水色の髪の毛をしている。
「もう、第1階層の最奥に近づいているとは思うが」
レナートの言うとおり、第2階層への転送魔法陣まではもう残りわずかだろう。魔塔に階段などない。異空間を繋ぐ魔法陣が据えられており、それで行き来するのだ。
「このまま進むしかない、と?」
ゴドヴァンは言い、ルフィナを見た。
自分が騎士になったのと、ルフィナが治癒術師になったのは、ほぼ同時期だ。初めて会ったときからずっと惹かれている。死なせたくはない。
「そのほうがかえって安全だろう」
レナートが魔塔の奥を見やって告げる。
確かに戻るのにも大いに危険があった。かなり奥まで来ているのだから。
「もう、ここにいる3人しかいないのなら、攻略は絶望的ではありませんか?」
ルフィナが杖をぎゅっと握りしめて言う。
丸一日で多くの死者が出たことに胸を痛めているのだろう。辛そうな表情をずっと浮かべている。
「どの道、第2階層より上へはオーラの関係で4〜5人で挑むしかない。ここまでたった3人でも、辿り着けた以上、我々には失われた命と民の安寧のため、魔塔攻略に力を尽くす責務がある」
レナートが聖剣を握りしめて告げた。
剣の腕では並の兵士より少し強い程度。一方で神聖術の威力は歴代最強とも言われている。どちらかというと魔術師に近い戦い方をする聖騎士だ。
「あなたとレナート様と私がいれば、第1階層の転送魔法陣までは行けると思うし、ハンマータイガーも数を減らしてはいるから、好機と言われればそうかもしれないわ」
ゴドヴァンに対してルフィナが告げる。
理想としては第1階層を完全に制圧し、魔塔に瘴気を消耗させ続けた上で、上層の攻略を試みること。
これが出来ないと上層の主を追い詰めた際、回復されたり思わぬ抵抗をされたりして、逆転される可能性も高くなるのだが。
それでも、レナートの光刃をもってすれば一撃のもとに一刀両断することも出来る。
(五分の賭けだな)
思いつつ、ゴドヴァンは用心しながら先頭を進む。
やがて立ち上る赤い光が見えてきた。上層への転移魔法陣の放つ魔力光だ。
ふと、殺気がゴドヴァンの肌を打ち、続いて唸り声が聞こえた。
「ちっ」
ゴドヴァンは大剣でハンマータイガーの前脚による一撃を受け止めた。凄まじい力であり、受け止めたのに体が後ろへずれて動くほどだ。
(一匹ぐらいならっ。今はレナート様もいる)
光の刃でハンマータイガーを後方から両断してもらって終わりだ。
「うわっ」
当のレナートが後ろで声を上げる。
もう一頭、ハンマータイガーが横合いから現れたのだ。かろうじて、聖剣で打撃を受け止めたレナートがふっ飛ばされて近くの木に叩きつけられてしまう。動かない。気絶したようだ。
「逃げろっ!」
ゴドヴァンは叫ぶことしかできない。眼の前のハンマータイガーの相手で手一杯だ。
結果、よりによって治癒術士のルフィナが無防備にハンマータイガーと向き合う羽目になった。
気持ちは焦るが、目の前にいる個体も甘い相手ではない。
「くっ」
ルフィナが杖を構える。
気絶しているレナートが意識を取り戻し、光の刃を放てばまだ勝機はあるが。一向に動く気配がない。
(ここまでか)
せめてルフィナだけでも生きて帰せないかと思う。が、自分が身を賭してこの場を切り抜けても、死んでしまえばルフィナ一人で魔塔を出ることは不可能だ。
風を切る妙な音がした。
「えっ」
ルフィナの目の前にいるハンマータイガーが右眼から血を吹き出してのたうち回っている。
続いてもう一度、何かが正確にハンマータイガーの左眼を打った。
両目を失ったハンマータイガーの首に鎖が巻き付いてキツく絞め上げる。血の泡を口から吹き出しながらハンマータイガーが絶命した。
「よしっ」
思わずゴドヴァンは声を発する。
ハンマータイガーが一頭になった。
気合を入れ直してゴドヴァンはハンマータイガーと斬り結ぶ。
互角の戦いをしばらく繰り広げる中、再び右眼からハンマータイガーが血を吹き出した。
痛みのせいで隙だらけになったハンマータイガーをゴドヴァンは一刀両断にする。
一息つき、ゴドヴァンはルフィナの方を見る。
灰色の髪をした、まだ少年と言っていいぐらいの兵士が立っている。濃紺の軍服を身に纏った、一見して軽装歩兵と分かる身なりだ。中肉中背であり、整った顔立ちをしている。
「今の鎖はあんたが?」
ゴドヴァンは大剣を手に持ったまま尋ねる。味方だろうとは思う。が、先程魔物の奇襲を食らったばかりである。気を抜ける環境ではない。
「えぇ、戦闘の気配がしたので。まさか2頭のハンマータイガーとは。ツガイでしょうかね」
淡々とハンマータイガーの死体を眺めて、軽装歩兵が告げる。倒れたレナートの介抱にルフィナが取り掛かっていた。
「あーっと、あんたは一人か?」
生き残った部隊がいるなら合流したい。その一心でゴドヴァンは尋ねた。
この質問を皮切りに、ゴドヴァンは眼の前に現れた軽装歩兵に状況を確認する。
名をシェルダン・ビーズリー。自分の所属する大隊を生かすため、ハンマータイガー相手に、単独で囮をやったのだという。しかし、本隊のいたところに戻ると、既にサーペントに全滅させられた後だったらしい。それでも単独で当初の合流地点である転送魔法陣を目指したのだという。そしてゴドヴァンらより先に到着していた。
(独りでこの環境を生き延びたっていうのか。すげーな、こいつ)
涼しい顔でレナートを助け起こしているシェルダンを見て、ゴドヴァンは思った。
ルフィナも隣に立って呆れたような顔をしている。
「あの子、これが初陣ですって、本当かしら」
とりあえずルフィナを失わずに済んだ。ゴドヴァンはほっと胸をなでおろす。
ルフィナがキッとゴドヴァンを睨みつけてくる。
「ああいうときがあったら、次は迷わず逃げて下さる?私のためにあなたが死ぬなんて、私はゴメンですからねっ」
ルフィナが目に涙をたたえて告げる。
(そういうこと言ってくれるから見捨てられねぇんだろうが)
ゴドヴァンはなんとなく頷きながら腹の中ではそんなことを思っている。次があれば次も絶対に逃げない。
「ところで皆さんは3人だけですか?他に兵員はいないのですか?」
尋ねてきたシェルダンにありのままをゴドヴァンとルフィナは説明する。
未だレナートは前後不覚であった。
「我々を残して全滅ですか。で、あれば休みつつ退却しかありませんね」
険しい顔でシェルダンが言う。シェルダンにとってもほぼ全滅というのは予想を上回る事態だったようだ。
「何を言う。4人手練がいるんだから十分だ。最上階を目指すぞ」
意識を取り戻したレナートが言う。
「では3人でどうぞ。私は残ります。元々、軽装歩兵隊の仕事は第1階層の維持ですから。ここで魔物を狩って皆様の援護としましょう」
シェルダンもシェルダンで思わぬことを言う。
独りでハンマータイガーやサーペントの闊歩する環境に残るなど正気の沙汰ではない。無論、いざとなったら勝手に家へ逃げ帰るつもりなのかもしれないが。
「君も必要だ。ここまで来れた腕利きの軽装歩兵である君が、階層主とそこに至る安全な経路を見つける、そこを我々が余計な戦闘で力を減ずることなく仕留める。これを繰り返すだけで最上階だ」
確かにレナートの言う方法ならば勝算のありそうな気もゴドヴァンにはした。
ゴドヴァンとルフィナは顔を見合わせた。3人で無理でも4人いればだいぶ違う。
ただ、シェルダンが黙って首を横に振る。
そこからが本当に長かった。
レナートもシェルダンも頑固で一歩も引かず、丸一日押し問答を続けたのだ。
が、結局、最後にはシェルダンが折れた。
「どうして、シェルダン殿は心変わりを?」
セニアはゴドヴァンに首を傾げて尋ねる。
「また、ハンマータイガーが出てな」
ゴドヴァンが薄く笑う。
「直接、レナート様の光の刃を見て、あれならいけると踏んだらしいぜ。酒に酔わせてな、白状させたんだよ。まだ自分も若くて舞い上がっていた。一族で一人ぐらいデカいことをしてみようかと、功名心に負けたってな。泣くほど後悔していたよ」
セニアはゴドヴァンの言葉を受けて思った。
(そういう心情の流れなら、なおのこと、今、シェルダン殿に魔塔に上ってもらうのは絶望的ではなくて?)
少なくとも父レナート以上の何かを見せないと、シェルダンは納得しないだろう。自分に何ができるのかセニアは考え始めた。




