35 恋人紹介〜ルンカーク子爵夫妻1
まさか自分が軍人に一目惚れをすることになるとは思わなかった。両親にその恋人を会わせる日が来ることも。
(まして、自分で連れてきてしまうなんてね)
2度目のデートにして早くも、恋人の父母に会うこととなり、緊張しているシェルダンの横顔を見上げて、カティアは微笑む。
「シェルダン・ビーズリーさん。話はよく聞いています。いつも息子を上司として、最近では娘まで。とてもお世話になっております」
父のラウテカ・ルンカーク子爵が立ち上がり、シェルダンに握手を求める。もともと穏やかで人当たりの良い父だが、急遽連れてきた娘の恋人にも、柔和な笑みを浮かべている。
「急にお邪魔をしてしまい、申し訳ありません。私の方こそ、いつもお世話になっております」
シェルダンも強張った笑顔を浮かべ、父の手を握り返した。さすがに行き先がカティアの実家だと知った時には仰天していたが。結局、文句一つ言わずについてきてくれた。
(さすがシェルダン様だわ)
肝が据わっているのだった。
昼食のお店はシェルダンに選んでもらうこととしていたが、夕食についてはカティアが決めることとしたのである。
その選んだ夕食の場所がカティアの実家だったというだけのこと。今は先行して母が台所で夕食を作っているが、一通り挨拶が終わればカティアも手伝う予定だ。
(うふふ、シェルダン様に手料理を振る舞えるなんて幸せだわ)
カティアはあらゆるシェルダンの反応を想定しては小さな笑みを溢してしまう。
小ぢんまりとした離宮近くの一軒家である。台所と客室も兼ねた居間には椅子を4脚並べたテーブルが置かれている。高価な家具などはないが、落ち着いた雰囲気の空間だった。
壁にかけられた雪の風景画を眺めながら、カティアはシェルダンの何が自分を惹きつけるのか、とぼんやり考えてしまう。
(退屈しない、それでいて、安心感も与えてくれて)
初対面のとき、平伏を連発するくせに、まるでセニアもクリフォードも敬っていない瞳に惹かれた。セニアの鼻っ柱をへし折った上で、自害しようという、わけのわからない下手な芝居を打つところも。
前回のデートも楽しくて、もっと一緒にいたいと思っていた。暴漢が現れ、実は怯えていたところ、あっさり全員粉砕骨折の憂き目に会わせたときには、鎖鎌の動きに目を奪われたものだ。
ただ、完全に好意を自覚したのは、シェルダンがセニアに恋文を送ろうとしたのではないかと思わされ、自分がセニアへの嫉妬に狂いかけたときだ。
シェルダンもシェルダンで気持ちの変化があったようで、文通に応じ、今日のデートも前向きに楽しんでくれているように見える。下手な遠慮も最近では見せない。
「いえ、カディス君も副官としては大変に優秀で」
シェルダンの見え透いた社交辞令に、父が微妙な顔をする。
表面的で上っ面、言われたことしか出来ないのがカディスだ。軍隊ではカディスの性向が役に立っているのかもしれないが。
「そして、カティア殿も、美しく、聡明で、可憐で、私などが交際させていただくのは畏れ多いくらいなのですが」
シェルダンからカティアへの褒め言葉一つ一つには、父が頷いてくれている。畏れ多いのところ以外は、隣で聞いているカティアも素直に嬉しかった。
「私は、母を手伝ってまいりますわ」
カティアは、父とシェルダンを残して台所へ向かう。
男性同士のほうが話しやすいこともあるだろうと思ったのだ。
「素敵な方じゃない。ハンサムで。でも軍人らしくてなよなよしてなくて、頼もしい方でもあって」
母のリベラが鍋に火をかけながら言う。父母の家には、住まう2人が高齢になりつつあることもあり、ふんだんに魔具を購入している。火力一つとっても火の魔石を組み込んだ台を購入してあった。
「ええ、本当に。よく自分でも思うの。良い人に出会えて良かったって」
カティアは一切否定することなく頷いた。
弟のカディスから気になる知らせを聞かされている。
ナイアン商会という縫製業者の、コレット・ナイアンなる女性がシェルダンに色目を使っているらしい。第7分隊のリュッグという新兵の子から聞いたそうだ。急遽、父母に会わせてしまったのには焦りも影響していた
「他の人にとられない内にって、思って。急だったかしら」
カティアは母の煮込んでいた肉料理の味付けを確認する。
軍人は肉を好む、とカディスから聞いていた。多少、偏見まみれの気もするが体力勝負という部分は確実にあるのだろう。
「うちは大丈夫よ。もう二人して仕事も何もしてなくて。あなたたちに養ってもらってる身なんだから。予定も何もありませんよ」
リベラが笑って言う。紺色の髪をした美しい女性であり、ひょろりとした父と並ぶと少し不似合いですらある。カティアとカディスの髪色は母譲りだ。
「ただ、シェルダンさんは大丈夫かしら。さすがに緊張してたように見えたけど。まさかカティア、前もってうちに来てもらうこと、シェルダンさんに言ってないんじゃないでしょうね」
心配そうな顔でリベラが言う。
カティアならやりかねない、と言わんばかりの顔だが、実際にやったのである。
「ええ。言ってないわ。その上であんなにしっかり対応してくださるのよ?私が夢中になるの、分かるでしょ?」
母に共感してもらいたくて、カティアは笑顔を向けた。
さらに空いた鍋で、卵料理を作り始める。カディスから聞いているシェルダンの好物だ。トサンヌという居酒屋へ飲みに行くたび必ず頼むのだという。これだけは自分で作ると決めていた。何度も自分でこっそり通って、似た味を出せるよう頑張ったのだ。
母のリベラが困った顔をする。期待とは違った反応だ。
「今まで、一切わがままを言わないで来てくれたから。うん、わたしたちのせいで苦労もかけたし。その反動かしら?あまり困らせてばかりいると、愛想を尽かされちゃうわよ?」
母のリベラがひどく心外なことを言う。
今までは他人にわがままを言う必要がなかっただけだ。大概のことは自分一人ですることができた。どうしても出来ないこと、手に入れづらいものがあれば、躊躇なくカディスに頼んでいる。
親に頼むしかなければ親に頼んだだろう。カディスのほうが双子の弟でもあり、遠慮をせずに済み、多少の不満はあっても首尾よくこなしてくれるので便利だった。
(いずれ、カディスより良い方に出会えれば結婚したいな、なんて思っていたけど)
何かしらか気に入らない点が1つはあって、交際することなく19歳を迎えてしまったのだ。
「シェルダン様はそんな方ではないわ」
文通にしても、今回のデートにしても、からかっても、今回の不意打ちにしても、すべてこともなげに応じてくれるのだ。
初めて理想的な相手に出会えたと思う。
「シェルダンさんがどうのじゃなくて。あなたが問題なのよ。あんまり振り回すと嫌われちゃうわよ?」
母のリベラが苦笑した。
卵に味付けをしながらカティアは想像してみた。
例えば自分に愛想を尽かしたシェルダンが、件の縫製業者であるナイアン・コレットとイチャイチャしているのだ。顔もわからない相手だが、それでもムカムカとしてきてしまう。




