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由緒正しき軽装歩兵  作者: 黒笠


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16 第7分隊〜リュッグ2

「待て待て。発想自体は悪くない。脇から降って湧いたネズミやらコウモリやらみたいな魔物にはかなり有効だ。ああいうのでも腕を噛まれて負傷すれば、その兵士は動きが悪くなる。あくまで問題は素材と使い方だ」

 シェルダンは紙の上に手を置いて押さえ、どう伝えるべきか考えながら告げた。

 自分の鎖鎌を見て思いついたのだから、つい鎖で、と考えたくなる気持ちも分かる。だが、さっきシェルダンの挙げた問題点は全て、素材が鎖であることに起因していた。何も鎖に拘ることはないのである。

「そうか。軽くて動きやすい材料を見つけて、それで作ればいいんですね」

 リュッグが納得して言う。

 手袋の話になってから、どもることもなく楽しそうだ。声も弾んでいる。こういう工夫が好きなのだろう。

 備品庫にもリュッグが自作したと思しき棚やら何やらが目につく。手先も器用なのである。

「そういうことだな。なにか思いつくか?」

 シェルダンの問いに、リュッグがしょげた顔をする。

「それが、すいません。まだ何も」

 すぐに出てくるようなら誰も苦労はしない。シェルダンは頷いた。とっくの昔に考案されて、正規の軍装として支給されているだろう。

「俺もだ」

 シェルダン自身も、自分で言った条件の材料など思いつくことは出来ない。

「えっ?」

 リュッグが驚いた顔をする。

「そりゃそうだろ。俺もお前も所詮は軍人で、その道に詳しい専門家じゃないんだから。軍務をしていて、こういうものが欲しい、必要だ、と1つ1つ取り上げていくことが大事なんだ」

 そういった意味では、リュッグの発案は非常に優れている、とシェルダンは感じていた。簡単に投げ出してほしくはない。リュッグ自身はまた緊張して、神妙な顔をしているが。

「てなわけでリュッグ、この後、時間は空いてるか?」

 シェルダンはいよいよ興が乗ってきて尋ねた。そもそもシェルダン自身、装備品の考案が好きなのだ。

「は、はい、大丈夫です」

 リュッグが気圧されたようにうなずく。

 訓練も業務も全て終了している。あとはお互いに帰宅するだけ、という状態だ。

「よし、じゃあ、ちょっと出かけるぞ」

 シェルダンは私服に着替え、リュッグを連れて、ルベント東部にある商工業地域へ向かった。刃物を扱う店や農具に工具といった、実用品を扱う店鋪が並んでいる界隈だ。

『ナイアン商会』と看板の出ている店の前でシェルダンは立ち止まった。

 すれ違う人が一瞬、自分とリュッグを見て、そのまま通り過ぎていく。人目を引くのは、私服とはいえ、2人とも紺のシャツに同色の長ズボンという、軍から支給された服装だからだ。軍人であると丸わかりである。

「た、隊長、このお店は?」

 リュッグが縮こまっているが無理もない。縫製職人の店だ。軍服や軍帽などを作ってもらっている、軍隊御用達の業者であり、新兵が私用で来ることはまずない。

「軍御用達の店だ。入るぞ」

 シェルダンは片開きのガラス戸を開けて店内に入る。リュッグも続く。

 狭い店内、押し迫るように左右両側に棚がそびえている。中には生地のサンプルが無数に納められていることをシェルダンは知っている。

 店の奥に通路が一本、細く伸びていた。すたすたとシェルダンは店の奥へと進む。

「軽装歩兵団のシェルダン分隊長さんじゃないの。その若い子は隊員の子?」

 店の最奥、カウンターの向こう側に立つ、赤毛の若い女性が声をかけてきた。深緑色のドレスを身に纏っている。店主のコレット・ナイアン、21歳の女性だ。まだ先代から店を継いで2年ほどという。

「ええ、私の部下が面白い物を考えついたので、ちょっと見てもらいたいのですよ」

 丁寧な口調でシェルダンは告げ、リュッグの設計図を見せた。

 コレットが眉根を上げる。同年であり、以前に話し方を対等にしてくれと言われた。軍の協力者である以上、礼節を欠くわけにはいかない、とシェルダンは思うのだが。

「へえ、頑張って描いたわね。面白い手袋だわ」

 とりあえずはリュッグの設計図に集中してくれた。コレットがリュッグを見て褒める。リュッグが恥ずかしそうに俯いた。

 元々、客の多く来る店ではない。軍や貴族といった大口の顧客から注文を取り、他所にある工場で大量に生産する、という手法をとっている。

「でも、鎖で作るんなら、うちはお門違いじゃなくって?」

 設計図の文面を一通り読んでから、コレットがシェルダンに問いかけるような視線を投げかける。

「そもそも鎖では物を掴みづらく、ジャラジャラとした音が軽装歩兵の軍務にそぐわないのです。丈夫な物で腕を守ろうという発想が良いと思うので、何か知恵を貸して頂けないかと」

 ルベントの軍営全体に被服を供給するコレットに対して粗相があってはならない。穴の空いた軍服を皆で着る、というみっともないことになりかねない。

 丁重な口調での説明をシェルダンは続ける。

「つまり、素材を変えて作りたい、ということね」

 コレットも乗り気なようで、こくこくと頷いている。

 軽装歩兵団全体で使用するとなれば、かなり大口の発注が見込めるので、悪い相談ではないだろう、とシェルダン自身も思っていた。

 隣で縮こまっているリュッグ本人は、そんな話になりうるとは思ってもみなかっただろう。

「なら、ウルフの皮とかいいんじゃないの?」

 コレットが言い、背後の棚からサンプルを取り出した。青みがかった皮である。

 手にとって触ってみると、弾性があって程々に硬い。

「なるほど、皮ですか」

 シェルダンは更に引っ張たり、曲げたりしてみながら言う。

 リュッグも興味津々という顔で覗き込んてくる。

「ええ、ウルフはお互いに噛み合って喧嘩をするから。皮も咬傷に強いの。それに割とありふれた素材だから安いわよ」

 コレットが2人を見て微笑んで説明する。

 悪くない、とシェルダンは思った。予算を組んでもらう際にも安いというのは大きな利点となる。

「他にももっと皮膚の硬い生き物はいないんですか?」

 リュッグが顔を上げて尋ねる。積極性を見せてくれたのが嬉しい。

 コレットも同感なのか、ニッコリと笑う。もう一種類、サンプルを取り出して見せてくれた。薄い黄色の皮だ。

「そうね、ボアなんかも良いかもしれないわ。でもウルフより数が少なくて、強い分、手に入らないから高いのよ」

 確かに1種類だけ見て決めつけるのは早い。報告書を作るにしても、比較した資料を作って提出したほうが説得力が出るだろう。

 ボア自体は、コレットの言うとおり、イノシシ型の魔物である。ウルフ同様魔塔の第1階層から溢れる魔物の1つだ。鋭い2本の牙と突進力に優れ、ウルフよりも手強い。

「では、その2つで、試作品と見積もりを、それぞれ出して頂けますか?報せを頂ければ、このリュッグを取りに向かわせます」

 納得してシェルダンは頷いた。当のリュッグ本人はいまだウルフとボアの皮を比べることに熱中している。

「リュッグ君ね、はい、分かりました」

 コレットが笑顔のまま頷いた。悪い印象をリュッグに抱かなかったようだ。

 一般の業者に顔と名前を覚えてもらうことは、長い軍人生活を続けていけば役に立つことも多いだろう。

 少しでも勉強になれば、と思う。この後にもまだ、経験させておきたいことも多い。

「それにしても、シェルダン分隊長さん。前にも同い年なんだから、敬語はやめてって言ったと思うんだけど?」

 最後の最後で咎めるようにコレットが言う。

「ご容赦を。一般の協力者にぞんざいな口など利けませんよ」

 シェルダンは苦笑を浮かべて言い訳をした。

「もうっ、全く知らない仲でもないのに」

 ブツブツとコレットが文句を言う。

「では、失礼します」

 シェルダンは一礼をしてナイアン商会を後にする。リュッグも後に続く。

「はぁい、次は敬語はなしで!約束よ!」

 店の中からコレットの声が追いかけてきた。

 外に出るともう、既にすっかり日が暮れている。

 

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― 新着の感想 ―
鎖鎌振り回すのも結構手を痛めやすそうなので、丈夫なグローブはよさげですよね。 あとは是非、バネ仕掛けで発射する鎖付きの手袋を……。
[一言] デート後、カディスさんから逃げ回るシェルダンさん。 リュッグさんの発想力がすごいです。 リュッグさんはまっすぐですね。 試作品の仕上がり、楽しみです。
[良い点] あらあら。シェルダンさんたらここでも罪作りですか?(ニヤニヤ&期待 リュッグくん、試作品がうまくいきますように〜♪
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