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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
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第31話 夢の終わり 第4位

 ――これを無駄ににしてくれるなよ?


 カンツォーネ・セレスティット。始まりの精霊騎士第4位。彼はそう言って、災厄の核へと身を投げた。


 精霊種の魂は形を作る。心臓にへばりつくようにそれは結晶となる。年月とともにそれは大きくなり、そして身体の外へと露出する。


 何故そのようになったのかは、精霊種を生み出した者しか知らない。


 天然自然の生物には全て魂があり、記憶がある。結晶化した魂はそれに働きかけて力を成す。それが精霊の石、それが魂結晶。


 それは持ち主の強靭な魂に反応し金属のような強靭さで精霊の、人の形を成す。それは鎧のように、残った者を守ってくれる。


 精霊の力は守るためのモノ。剣の変化は副産物に過ぎない。


 その守るための力が、全ての生物の魂を歪めるようになるとは、きっとそれが起こるまで誰も知らなかった。


 災厄の日、それは度が過ぎた力に対する抑止。

 

 精霊の力は、世界に少しずつ漏れて、ある一定の容量を超えると巨大な穴となる。


 その穴からは滝のように、精霊の力が溢れる。精霊の力は魂の力、それに触れると、魂に対して濁りを残す。濁りが行き過ぎると、精霊ならば、一瞬で獣になりその存在を消す。人ならば心が壊れ、いずれは廃人となる。


 つまり、近づくだけでその者の魂が死ぬ。


 それが起こった時に彼らは、当然のようにそれを止めようとした。止める手段は核の破壊。穴の中心にある力の塊の破壊。


 溢れる獣を掻い潜って、それを破壊せねばならない。純粋な精霊は近づくだけで死ぬから、行けるのはあくまでも人のみ、準じて人と精霊の混血のみ。人であっても心の崩壊は免れない。


 だから彼らは、選んだ。そこで旅の終わる者を。最悪で、最低な選択。


 彼がとった苦渋の選択、彼はその選択を全て無視して、自らを犠牲にした。


 皆が好きだったから、その選択に迷いは無く、その選択に、後悔も無く。ただただ彼は消滅していく自分の腕を見ながら、死んでいった。


 消えさったから、墓も無く、消え去ったから、残る物も無く。


 だがきっと、間違いなく、彼は自分を誇りに思って死ねたのだろう。


「……ふぅ」


 身の丈ほどの巨大な剣を持つ彼は、地面にそれを立て空を見ていた。周囲には砕いた墓標。彼にとって、墓標は忌むべきもの。


 眼を瞑り、その筋骨隆々の身体を動かして、男はゆっくりと歩く。カンツォーネの剣は大剣と呼ぶにふさわしい大きさで、持ち主でさえ肩に担いで動くのがやっとだった。


「久しぶり、というべきかしらカンツォーネ」


 鞘に収まった曲剣を左手に、その大男の前に立つのはマリィメア・ファリーナ・セブティリアン。黒い修道服を纏って、静かに彼女は立っていた。


 頭のベールを投げ捨てて、曲剣を鞘から抜く。その剣は折れていて、刃は半分。構わず彼女は剣を右に振る。


「マリィメア……まさかこの戦場に出てくるとは……何の気まぐれだ?」


「うちの子の手伝いよ。彼らだけでたぶん何とかなるんでしょうけど、ちょっとは楽させたげないとね」


「現存する世界最古の神種が言う言葉ではないな……領域を失ったお前など興味は無いが、それでもやるというならば仕方ない」


 カンツォーネはその巨大な大剣を肩から降ろして、両手で腰の前に構えた。振り上げることしかできないような体制で、じりじりと足を擦らせて動く。


「しっかりと伝聞されていれば、あなたは精霊の英雄として称えられていたでしょう。だけど、今あなたの名前を知ってる人はほとんどいない。可哀想、と言いたくなるわ」


「無限の時を生きる魔女よ。我が剣の前に、その生、終わらせるがいい」


 少し足を上げて、カンツォーネは踏み込む。踏み込みと共に振り上げられるその巨大な剣は、すさまじい勢いでマリィメアに襲い掛かる。


 重さを感じさせないほどの勢い。触れればどんな大男であっても身体は分断される。


 振り上げられるその大剣を、マリィメアは身体を捩ることでかわした。彼女の眼と鼻の先を大剣の切っ先が走って行く。


 スッと、その通っていく大剣の根元に、マリィメアは折れた曲刀を突き刺す。金色の鮮血の下、何か棒状のものが宙へと舞った。


 それは、カンツォーネの右人差し指。


 構わずカンツォーネは大剣を返し、振り下ろす。振り下ろされるところにはすでにマリィメアはいない。


 彼の背を斬り裂き、マリィメアはクルクルと回って少し距離を取る。


「さすがはマリィメア、剣術の極」


「ごめんなさい。この剣、娘の折れた剣なの。だから弄ぶみたいになっちゃって、本当にごめんなさい。英雄に対する仕打ちじゃないわよねぇ」


「ふふ、相変わらず最悪の性格だ。子を成せるとは知らなんだぞ。物好きな男もいたものだな」


「こんなに心が清らかな私に向かって何言ってるの。失礼ね」


「よく言う」


 カンツォーネは大剣を地面に突き刺した。盛り上がる土、石、泥。それらはあっという間に彼を覆って、一瞬のうちに鎧となった。


 錆びたような、茶色の鎧。大剣はもはや剣と呼べない程の大きさとなり、その鎧姿のカンツォーネの右腕に収まる。


 一振り、片手でそれを軽々と彼は振る。その風で、マリィメアの長い黒髪は舞い上がった。


「……さすが、力だけなら精霊王ジークフレッドを超える男」


「王? ああ、あいつ王になったのだったな……全く、自分以外の記憶があると変な感じだ。いやこれも自分ではないのだろうがな」


「星の記憶。それは……いややめましょう。それは彼らが自分の手で知るべきこと」


 マリィメアは剣を胸の前で構える。空に、無数の刃が現れる。


 全ての刃はまるで剣劇のように、右へ左へと空を舞う。それは美しい剣の舞。


「お前は騎士ではないから鎧をまとわない。だが、負けを知らず」


「さぁおいでなさい。あなたは所詮記憶。カンツォーネの形をした入れ物。その虚しすぎる存在を今、消してあげましょう」


「記憶でも構わん。この高鳴る心が例え偽物だとしても、俺は、先を知れたことに喜びを感じる」


「哀れね」


「それもいいだろう? ふふふ、まぁ無駄死にでも構わんさ。今があるのだからな」


 一歩、大きくマリィメアは下がった。カンツォーネはそれを見て、大きく大剣を構えて踏み込む。


 それは踏み込むというよりは、地面を滑るようで、カンツォーネの巨体は弾かれたように前へと飛び出した。


 さらに一歩、右足を前へ出すと同時にカンツォーネは剣を振る。その速さは圧倒的、触れればすべては分断される。


 マリィメアが背を反らしつつ飛び上がり、その轟音放つ大剣を躱す。間髪入れずに空から降り注ぐ無数の刃。一本、二本、三本、四本。カンツォーネの背に次々と剣が突き刺さる。


 全て急所。


 カンツォーネのヘルムを踏み、マリィメアは折れた剣を突き出す。それは彼の右眼に一直線に向かった。


 真っ直ぐに、それは眼に到達する。黄金の血を放ち、ヘルムの眼に折れた剣が突き刺さった。


 さらに剣が降り注ぐ、次々と、まるで針山のように剣が彼に刺さっていく。


「ヌオオオオオ!」


 だが、止まらない。カンツォーネの腕は止まらなかった。右から斜め左下。返して上。


 その大剣はマリィメアを分断せんとすさまじい速度で振られた。彼女は、それを寸前で次々と躱していく。


 修道服の裾は破れ足が露出する。肩はむき出しになり、胸元には大きな裂け目ができる。


 だがそれでも、一つの傷すら彼女にはおわせることはできない。


 躱しながら、剣を刺す。躱して刺す。空には次々と刃が現れ、それは次々とカンツォーネの身体に襲い掛かる。


 それでも、カンツォーネは動く。動き続ける。さすがにマリィメアの顔に疲れの表情がみえるようになってきた。


「うちの子並みに化け物ねこれ!」


 躱しながら、思わず口にしたその弱気な言葉は、少しだけマリィメアの集中を切った。


 彼女の足に痛みが走った。寸前で躱し続けていた彼女の足に、初めて剣がかすった瞬間だった。


 かする。たったそれだけ、それだけで、マリィメアの膝は地面に崩れ落ちた。


「しまっ……!?」


 大上段に振りかぶられる大剣。カンツォーネのヘルムはすでに砕け、右目を潰されながらも、その必死の形相で、彼はマリィメアを見下ろしていた。


 振りかぶるだけですでに背の筋肉はズタズタなのだろう。剣を支える彼の腕は、ぷるぷると震えていた。そのままの体制で、カンツォーネはぼそりと呟く。


「……ただ、降ろす、だけだが。は、ははは……動かんよ。腕が。それとも死者が生者を殺すなど、してはいけない、と俺は、俺の記憶は、言ってるのか、な」


 マリィメアは見た。そのままの姿勢で、ニヤリと笑う彼を。


 それはあまりにも、あまりにも可哀想で、哀れで、マリィメアは静かに彼の胸に向かって刃を飛ばそうと、剣を出現させる。


 それと同時に、彼の胸に大きな穴が開いた。抉れ、そして穿たれたその穴は、ついにその男を倒す傷となったのだろう。カンツォーネはそのまま背中を下にして、地面に倒れた。


 足を斬られ立ち上がることができずに座り込むマリィメアに対して、彼は静かに、静かに言葉をかけた。


「マリィメアよ……一つだけ覚えておくがいい。自分で自分を殺した男の、最期の言葉だ」


「なぁに?」


「死ぬのは、存外に、辛いものだぞ……」


「……そうね」


「ふふふ……ではな」


 そう言い残すと、彼はスッと消えていった。まるで最初からそこにいなかったかのように。


 死ねばきっと、救われると思ったことがあるマリィメアにとっては、彼の言葉は深く心に残る。


 マリィメアは眼を瞑り、彼に祈りをささげた。名も無き英雄の彼に、ただ安息を。


「マリィメア様ぁ!」


「えっ?」


 唐突に名を呼ばれ、マリィメアは祈りを止める。振り返るよりも速く、彼女の身体は宙へと舞った。


「痛っ、誰!? ってイグニス!? あなた、何でここに!」


 マリィメアの胸に飛び込んで来たのはイグリス・サリレニス。精霊騎士第4位。


 頭の後ろで束ねた髪を左右に揺らし、イグリスは涙ながらにマリィメアの身体をまさぐった。


「大丈夫ですか!? 大丈夫でしたか!? 何でいるんですかマリィメア様! オレ見つけてなかったらどうなっていたか……どこか、どこか傷は!? っていうか服が! マリィメア様の肌が!」


「や、やめなさい! 大丈夫だから!」


「あ、足が! 足から血が! 治療薬治療薬……」


「あー……あの矢、あなたの矢ね。話には聞いてたけど、すんごい矢撃つようになったわね。修道院にいた時からは想像もできないわね」


「あ、ありがとうございます! マリィメア様もお元気で! お、オレ、嬉しいです! でも何でここに? っていうかあんなに強かったんですか?」


「イグリス見てたのね……えーっと、まぁ、うん、まぁね。ファムに剣を教えたのは私だから……ここは、まぁ、息子のお手伝い? みたいな」


「そ、そうですか……あの、立てます? 後方に下がりましょう、肩かしますよ」


「ええ、まぁ、それじゃ行きましょ。あとは、何とかするでしょうちの子たちが」


 ゆっくりとマリィメアは立ち上がると、足を引きずってその場を後にした。


 祈りは死者のために、ならば、記憶だけしかなかった彼に対して祈りをささげることが、どこまで意味があるのだろうかと、ふとマリィメアは思った。実際、意味などないのだろう。


 彼女は彼がいた場所を少し見て、そして、そこから離れる。英雄の言葉を胸に。


 ――あいつにあとは任せると、結局、言えなかったな。

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