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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
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第28話 夢の終わり 第8位 第7位

 ――憎くて、憎くて、憎くて、こんなことなら、心はいらなかった。


 マール・レム・ファレナ。マール・セイラ・ミストリア。始まりの精霊騎士第8位と第7位。絶世の美女、世界で最も美しい双子。


 美で彼女たちに並ぶものはおらず、誰もが彼女たちを求める。世界で一番愛された双子。


 愛されることが彼女たちの存在意義。彼女たちは偶像。愛されるだけの人形。


 それで幸せなのかと、皆は問いかける。ただ微笑んで彼女たちは答える。


 人形には心など不要で、ただ微笑んで手を振っていればいい。ただ求められるがまま愛されればいい。


 ただの人形に心など不要で。


 彼女たちの村は、最初、彼女たちのために幾度となく蛮族に襲われてきた。幾度となく、彼女たちのために犠牲者がでた。


 それでも、ただの人形のままで、死体を前にしても何一つ心を動かすことなく、彼女たちは微笑んで。


 微笑んでいれば男は愛してくれる。微笑んでいれば死ぬことは無い。


 毎日毎日彼女たちを見に来る男がいた。彼女たちは当然のように、それに手を振り微笑みかける。


 照れくさそうに、彼は眼を背け少しだけ手を上げて応える。


 彼女たちはあまりにも眩しくて、でもあまりにも空っぽで。彼は、そういう彼女たちが、大好きだった。


 単純に、美しいから好きだったのではない。彼は、未熟な彼は自分の剣でこの二人を守りたいと思っていた。


 彼は、アークトッシュは、若かりし頃の修行時代に彼女たちに会ったのだ。まだ未熟で、まだ何も知らない彼がただ美しい女性たちを守りたいと思うのは必然。それは他の男たちと同じだったが、一つだけ他の男たちにないものを彼は持っていた。


 それは、強さ。村を守るために友人たちと剣に励み、彼は強さを得ていた。それは蛮族たちを何度も退け、そして村を何度も救った。


 ある日、彼は意を決して彼女たちを連れだすことにした。自分が守った者たちが、どれだけ自分に感謝してるのか知りたくなったのだ。


 彼女たちは、彼を覚えていなかった。当然だろう。遠くから見てるだけの男を、何故覚えれるのか。


 彼は、友と相談した。どうすれば覚えてもらえるのか、どうすれば、彼女たちは自分に振り向いてくれるのか。


 蛮族から奪い取った宝石を二人に渡す。当然のように彼女たちは宝石に眼もくれない。ただ感謝の微笑みが帰ってくるだけ。


 強いところをみせようと、友人と一芝居うって彼女たちの前で剣を振ってみる。手を叩いて褒めてくれるが、それだけ。


 彼は悩んだ。悩みに悩んだ。結果として、最期にとった手段は、真っ直ぐに名乗ることだった。


 自分の名はアークトッシュと言います。会うたびに名乗った。そして、友人たちとの馬鹿な日常の話を二人に聞かせた。


 毎日毎日、会うたびに。いつか、彼女たちの周りには彼の仲間たちが揃っていた。彼が毎日彼女たちの場所にいくから、自然と集まったのだ。


 いつの間にか友人のように、彼女たちは少しづつ彼らと会話しだした。何年も何年も、ただ愛の言葉をかけられることしか知らなかった彼女たちは、ゆっくりゆっくりと、彼らと友人になっていった。


 彼女たちはいつの間にか彼らと同じように、剣を学んで力をつけていった。最初は、興味本位で始めたことだが、才能が有ったのだろうか。彼女たちはみるみるうちに強くなっていった。


 そして、何年もの月日の後に、アークトッシュは妹のミストレアと結婚した。そして彼女はアトレイオを産む。


 友人たちは皆彼らを祝福した。姉であるファレナも心の底から笑って、彼らを祝福した。


 最高の幸せ。彼らは本当に、その時は幸せだった。


 月日が流れ、皆で旅にでることになったとしても、その時の思い出があるから彼女たちは進める。


 心があるからこそ、進める。


 友人との別れがあったとしても、涙を流して、それでも前へ進める。


 幸せで、幸せで、幸せで。だからこそ、最期は苦しくて。


 強大な敵が現れた時、彼女たちは自分を囮に仲間を逃がした。相手は最大の敵、蛮族の剣士。捕まった後は、この世に生きてることを後悔する日々。


 結局、助けが来た頃には、彼女たちは、ただの人形に戻っていた。


 アークトッシュはこの日から、本当の意味で笑うことをしなくなった。


「あぁぁぁぁあ! グ……ああああ!」


 絶叫、長い槍を振り回し、ミストリアは絶叫する。


「死んで、死んでください。死んでください。死んでください」


 呪う、全てを呪う。ファレナは全てを呪う。長い長い剣を振り回して。


 二人は死の間際の出来事のせいで、完全に心が壊れていた。それは使徒となっても同じで、目を血走らせながら二人は周りの騎士たちを薙ぎ払っていく。


 ここまでで倒れたルクメリアの騎士はもう30名近く。騎士の位を持った者は全てで50名。その過半数が傷つき、倒れていた。


 精霊騎士がいるおかげでギリギリのところで死者は出していなかったが、それでもほぼ全滅と言っていいだろう。特にミストレアとファレナにやられた者は多かった。


「グゥゥアアアウ……あああ……死に、たい、殺してぇぇぇ……!」


「死んで、死んで、殺して、死んでぇ……私を死なせてぇぇぇ……死なせてよぉ!」


 二人は絶叫する。もはや獣のように、彼女たちはもはや狂戦士。


 無数の紐に腰かけて、ルクメリア騎士団が精霊騎士第3位、ミリアンヌ・フェイトナが彼女たちを見る。彼女の指から伸びる紐に引っ張られ、傷ついた騎士たちが次々と後方へと運ばれていく。


 一息、大きくミリアンヌは息を吐くと、空に浮かぶ紐の椅子から立ち上がった。そして両手をだらりと下げる。


 両手、両の指、合わせて10本、全ての指から紐が伸び、その先には小さな爪状の刃がついていた。


「なんかもう……明らかにしんどそうな相手ですわ……ユークリッドさんはあっち行っちゃうし、これ本当にわたくし一人でやるんですの?」


 紐が空間に飲まれていく、ミリアンヌの指から伸びる紐は、いつの間にか全て消え去っていた。彼女の左手も、右足も、そして顔の半分も、身体の腹部も、消える。ぽっかりと空間が空いたように。


「うーん……家に帰りたいといいたいところですが……まぁ今回は特別ですわ。さぁおいでなさいな。わたくしこう見えても、意外とやりますわよ?」


 そして完全に消える。ミリアンヌはその姿を空に消し去った。


 と同時に、後ろからミストレアの首に伸びる白い手。


「グウウウ!?」


 叫びながら、ミストレアはその手を払って槍を向けた。そこには誰もいない。


「ああ……何、何よ……気持ち悪い……気持ち悪いぃぃ……あああああ!」


 ミストレアが息を荒くしながら、周りを頭を振って見回す。


 あざ笑うかのようにファレナの肩に手が伸びる。


「はぁっ!?」


 ファレナは手を払う。当然のように払った腕は無い。


 二人はキョロキョロと周りを見回す。誰も見つけることはできない。


「あーらあら、誰かお探し?」


 上、ファレナとミストリアが見上げた先に、空に立つミリアンヌがいた。ミリアンヌの顔は勝ち誇ったかのようで、心の底から馬鹿にしてるような顔をして二人を見ていた。


「ふっ……!」


 ミリアンヌは腕を広げる。指についた紐が空へのび、消えた。


 唐突に、爪がミストリアの腕を貫く。ぎょっとした顔で彼女はそれをみる。


 何もないところからいきなり現れる紐に繋がった爪。一瞬でそれがミリアンヌの繰り出した技だということを理解すると、ミストリアとファレナはすさまじい勢いで飛びのいた。


 彼女たちを追いかける無数の爪、紐は互いに絡まることもなくまるで蛇のように追いかけていく。ところどころ空間を飛びながら。


 ミストリアは腰を反らす、その上を爪が飛んでいく。ファレナは剣でいくつかの爪を叩き落す。


「はぁっはぁっ、ああ……あああ!」


 ミストリアは飛び掛かった。その速さはまるで弾丸。空に浮いて爪を操作するミリアンヌがその姿を眼に捕らえる。


 ミリアンヌは紐を網のように交差させて、突き出される槍の前に出す。


「ガアアアアア!」


 槍は当然のように、その網目を突き破ってミリアンヌの腹部に深々と突き刺さった。


「ああっぐ!? まさかそんな、わたくしが……こんな!」


「あああ……てご、たえ……?」


 槍は腹部を貫いた。だがそこからは一滴も血が流れてはいない。その感覚に、如何に壊れた狂戦士と言えども異変を感じたのだろうか。ミストリアは眼を見開いて槍をぐりぐりと押し込んだ。


「あははは! ちょっ、ちょっと待ってくださりません!? 中ぐりぐりされるとかなりくすぐったいんですけど!? あーもうっ!」


 ずるっと、突き刺さった槍はミリアンヌのわき腹から外れた。突き刺したはずの傷は無く、ミリアンヌは空中で紐を蹴るとその勢いでミストリアを蹴り落とす。


 地面に叩き付けられるミストリア、ミリアンヌの爪がそれを追いかける。


 爪がミストリアに届く寸前に、それは横から飛び出してきた長い剣によって全て叩き落された。


「もう一人……はぁ、やっぱりこれ、結構わたくしきついですわ。体力が続かないかも」


 ミストリアはゆっくりと身体を起こす。自分を助けた姉を見ながら。


「ねぇ……さん」


「はぁはぁはぁ……死んで、死んで……死んで死なせるのよぉぉぉ! 敵はぁぁぁぁ!」


 ファレナは叫ぶ。それと同時に、彼女の身体は一瞬で赤色の鎧に包まれた。


「ぎ……ぐううう……ああああ!」


 ミストリアも叫ぶ、そして青い鎧に包まれる。


 ファレナから迸る赤い炎。ミストリアから滴る水。


 二人は剣と槍を交錯させて、水と炎をすさまじい勢いで出し始めた。一気に周囲が水蒸気で満たされ、周囲は霧で何も見えなくなっていた。


「え、えーっと……これ、ちょっと嫌な予感がしますわ……わたくし見えないところは勘でしか飛べないから……」


 霧で包まれる、その空間で。ミリアンヌは視界を奪われる。右も左もはっきり見えない。


 そして、唐突に、赤く燃えた剣が飛び出した。


「わぁ!?」


 ミリアンヌは紐の上に飛び上がりそれを辛うじて躱す。


 次に槍、真下から飛び出すその槍を、身体を反らせてミリアンヌは躱す。槍の穂先に服の一部が持っていかれ、その胸元が少し露わになった。


「い、いけませんわ。ユークリッドさんに対抗して無理に大きいの詰めてるのがばれてしまいますわ……っ。死活問題ですわねこれ……!」


 ミリアンヌは紐を次々と足場として、どんどん上へと登る。きっと登り切れば、霧は晴れるのだろうという考えで。


 次々と槍と剣が彼女に襲い掛かる。右から左から、神がかり的な反射神経でそれを躱していくが、さすがにミリアンヌは少し疲れを感じていた。


「登るってよく考えたら相手着いて来てるのなら、意味ないじゃないですの! 仕方ありませんわ。霧で隠れるんですもの、かっこ悪くても……着させてもらいますわ!」


 ミリアンヌは腕を消す、足を消す、胸を消す、そして、頭を消す。部分部分で身体を空間に飛ばして、そして一つずつ出現させて。出現していったものには鎧が纏われていた。


 真っ黒の鎧、目は赤く光り、頭の先からつま先まで真っ黒。背には赤いマント、手には大量の鎖と短剣。


 ミリアンヌ・フェイトナ。あまりにも無骨で、邪悪なその鎧化した姿を、彼女はあまり好きではなかった。


「せいっ!」


 鎖がジャラジャラと音を立てて走る。周辺に交差された鎖で、玉のようなものができあがった。


 その大きさはすでに小さな砦なら覆えるほどになっていた。密に、密に、鎖はどんどん足されていく。


 カンッと音が鳴った。鎖が何かに触れる音、そこに向かって、真黒の鎧を着たミリアンヌは鎖を蹴って走り出した。


 空中をまるで歩くかのように。一歩、二歩とどんどん進んでいく。空間を次々と跳びながら、確実に距離を詰める。


 霧の向こうで、ジャラジャラと鎖が鳴り響く。音が大きくなる。


 最後の鎖を蹴って、突き出したミリアンヌの右腕から伸びる5本の鎖は、赤い鎧を着たファレナの身体を貫いていた。


 ミリアンヌは右腕を払う。鎖に引っ張られて、ファレナの身体は右へと飛んでいった。その身体は霧を貫いて、外へと飛んでいく。


 勢いのままに、ミリアンヌも霧の外へ出る。追いかけてくるは青い騎士。そのヘルムの下は必死の顔をしてるであろうミストリア。


「ま、て! まて! 姉さんを返せぇぇぇぇ!」


 ミリアンヌは鎧を解く、鎖は紐に戻り、スルッとファレナの身体から抜ける。まるで浮遊したかのように、ファレナは宙で一瞬止まった。


 ミストリアはファレナの身体に飛びつこうと槍から水を出して空を飛んだ。


 姉の身体にたどり着く、その一瞬、ミリアンヌは笑った。性格の悪い侍女のように、笑った。


 無音。


 飛ぶ青い鎧のミストリア。貫くは巨大な矢。


 いや、貫くというよりも、それは身体の中央を引きちぎった。


「あがはっ……!?」


 ミストリアは見た、遠くで琥珀色の鎧を着た騎士が巨大な弓を持っているのを。


 精霊騎士第4位、イグリス・サリレニス。彼女の剛弓は、当たれば一撃必殺。


 遠くでよしと満足げな顔をするイグリスに、ミリアンヌは微笑んで手を振った。反応するなとイグリスは彼女にジェスチャーを送る。


 地面に落ちる二つの身体。ファレナとミストリア。彼女たちは身体に穴をあけられて、黄金の血を吐いて倒れていた。


「ねぇ、さん……まだ、殺して……ない……」


 ミストリアが息を切らせながら姉に声をかける。その声は、死の間際で、狂気は薄まったようで。


「はぁはぁ……ミストリア、やめ、なさい。私たちは、戦って、死ねるのよ。慰み物に、されて、全てを呪って、死んでいった本物よりも、幸せでしょお……?」


「嫌だ……嫌だぁ……アークと、アトレイオに……あい、たい、逃げればよかった、逃げればよかった、逃げればよかった、にげ、れば、姉さんを、おいて」


 ミストリアは消える。涙を流しながら、光となって消えていった。


「そうしなさいって、言ったのに……ね。何でこんな記憶を、残す、のよ。アーク……ああ……」


 ファレナも同様に、光となって消えていった。


 彼女たちは救われない。救われる前に死んだのだから、救われない。


 ミリアンヌは二人のことをよく知らなかったが、それでもどこか、哀れさを感じていた。生きるなら楽しんで、死ぬなら潔く、それがミリアンヌの生き方。だからこそ、消えた二人が哀れでならなかった。


「教書には騎士は死に恐怖せずとか書かれてましたけど、でまかせばっかりですわね。恐怖しないで何が人でしょう。はぁー……後味悪い戦いでしたわぁ。やっぱり家が一番ですわね」


 ――死にたくないからこそ、今を精一杯に。人の幸せなんか求めるもんじゃないのよね。

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