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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
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第27話 夢の終わり 第9位

 ――死ぬ時は死ぬ。それでも死なせたくないならば、自分を殺すしかないであろう?


 レンフィード・ラースディット。始まりの精霊騎士第9位。人として、歳を取り続ける彼は、誰よりも生にしがみ付きたかったのかもしれない。


 彼は老いていた。皆と共に世界を救うべく旅に出る時にすでに50歳。同年代の友もいるにはいるが、彼らは精霊種との混血。同じ歳てもその肉体は大きく異なっていた。


 生まれてこの歳になるまで剣一筋、剣は道と考える彼は、その人格もまた、鍛え上げられていた。


 彼の剣を習いに町の子供たちが集まる。その中には大人もいて、同じように剣を学び続けた男もいて。


 ある日、彼の友人の一人が新しい技術を発見した。魂結晶から鎧を創るという技術。それは肉体を飛躍的に強くさせ、単純に強くさせる。


 老化が始まっていた彼が新しい技術についていくには並大抵の努力ではなかった。


 剣の技は熟練とはいえ、体力としては若い者には敵わず、筋力も比べるべくもない。


 友人たちと共に修行に打ち込んだが、どうしても新技術の習得には一歩遅れる。鎧化の練度は子供のゲンヴァにすら劣っていた。


 だが、それでも、鍛えに鍛えて、彼は9番目に強い精霊騎士となった。特に強かったのはその心、彼はこの蛮族溢れる世界に置いて、誰よりも紳士的だった。


 無意味な殺しはせず、弱き者がいれば身を挺し、強き者には敬意を表する。実力的にはそこまで強くはなかったが、彼はあくまでも紳士だった。


 だからこそ、誰よりも心を大切にする彼だからこそ、旅路に置いて、彼らの仲間を騎士であらせ続けた。仲間と言えども非道を許さず、確かに周りからは口うるさいと言われることもあったが、それでも彼は道を正し続けた。


 様々な人と出会った。様々な精霊と出会った。様々な獣と出会った。


 彼らは弱き者を救うために、敵を殺していった。生かすために殺す。言葉にするとおかしな話だが、彼らは彼を除いて、それを一つも疑問に思ってはいなかった。


 殺すならば、せめて敬意を。哀れさを少しでも感じたのならば、せめて弔いを。


 騎士道、レンフィード・ラースディットが騎士の道を説き、そしてそれを整え始める。彼は死者にも意味を持たせたかったのだ。


 だが――間違い。


 それは間違い、彼は老いて、病にかかった時に、それに気づいた。


 自分を律し続けて、人を導き続けて、それで行き着く間違っていたという答え。


 死ねば笑うこともできない。死ねば怒ることもできない。死ねば友と夢をみることもできない。


 結局のところ、死にゆく仲間にかけ続けた声は、ただの慰みであって、死の間際にかけられるこの声は、きっと、死にゆく者のために声をかけているのではなくて。


 騎士道とは、きっと――ただの偽善。


 彼は、石像に腰かけてその胸から流れる血の色を静かに見ていた。周囲にはルクメリア騎士団たちと彼と同じ、始まりの精霊騎士の形をした使徒たちとの戦いが繰り広げられている。


 流れる血は、とめどなく、その傷口から漂う焦げ付くような臭いは彼の鼻をついた。


「ふむ、まぁこの程度か、全盛期であればわからんが、まさか老いた姿で創られるとは。これではな」


 彼の前には両手と両膝をつき、ぜぇぜぇと息を切らす二人の騎士。


 一人はルクメリア騎士団が精霊騎士第5位、グラーフ・リンドール。もう一人は口から血を吐き、倒れる精霊騎士第10位ベルドルト・ディランド。


「はぁはぁ……何て強さだ。二人でギリギリだった……大丈夫かいベルドルト」


「わ、悪いけど、大丈夫じゃないよ……指一本動かせないや……」


 グラーフとベルドルトは息を切らせながら、互いの状態を確認する。両足腿から血を流し、立つことができないグラーフ、腹部から赤い血を流し続けるベルドルト。


 二人とも目で見て重症。彼らと、レンフィードの戦いは、ほぼ相打ちとなっていた。


「今生の精霊騎士はそれほど実力差が無いのだな。10と5だったか? そこまで差は無かったぞ」


 レンフィードはその皺の入った顔で二人を見て、そう告げた。グラーフがつらそうに顔を上げ、彼を見る。レンフィードは石像に背を預け、懐からハンカチを出した。


 ハンカチで口を拭うレンフィード。ハンカチはあっという間に赤く染まる。


「鎧を創るのは我々もよく使うが、まさか馬まで出せるとは。貴殿ら、中々力を磨いたようだな。発想、うむ、確かに、確かに考えれば単純よ」


 笑う、レンフィードは、その老人は笑う。自虐的に、自分にもっと発想力があれば、年老いたとしても、もっと戦えたかもしれないと考えて、笑う。


 考えることに意味などないのに、笑う。


「ああ、しかし、戦いの中で死ねるということは幸せだ。私は病で死したから、結局こうして死ぬまで戦うということは無かった。今生の精霊騎士よ。ありがたく思う」


 その言葉に、グラーフたちは少し違和感を覚える。それが何かは最初、彼らはわからなかった。


「……騎士か。なぁ私を殺した騎士たちよ。お前たちは、騎士道とは何だと思う?」


 老人は問いかける。どこか遠くを見ながら。


 グラーフは答えた。


「騎士道とは、生き方」


 ベルドルトは答えた。


「騎士道とは、在りかた」


 二人は息を切らせながら、迷うことなく答えた。ルクメリア騎士団において誰よりも騎士道を重んじてきた二人に、その問いかけは愚問。


「正しい」


 答えを聞いたレンフィードの言葉は、ただそれだけ、眼を瞑り、深く息を吐いて、彼は言葉をつづける。


「だが私は思う。それでいいのか、と」


 空を見て、続ける。言葉をつづける。レンフィードは、誰に聞かせるでもなく、答える。


「結局は、自分勝手なのだ。死んだ者に対する敬意、殺すことに対する流儀、人のためを常に考えるその思考。それで? 死んだ者は救われるのか? 殺されたものは恨みなどしないのか?」


 結局は、恨みを無くすことなどできない。


 静かに、彼の言葉を聞いていたグラーフとベルドルトは答えを知っていながらも、答えることはできなかった。


「決闘を初めとする、騎士同士ならばそれは正しい。だが……ああ、そうだ。騎士道とは、人の生き死にに意味を持たせようとするだけのものだ。そうだ、それは殺した者が殺された者に許してほしいと願う行為以外何物でもないのだ。なんと女々しき行為」


 始まりの精霊騎士であるレンフィードが、騎士を否定する。その事実がグラーフたちの胸に届く。


「それでも、騎士であろうとするならば――これだけは覚えておいてほしい。騎士道は、他人を守るモノではない。騎士は、自分を守るためのモノなのだということを」


 深く、深く言葉をつづける。グラーフはそれを聞き、そして立つ。


「……正しい、僕は心の底からあなたの言葉が正しいと思います。だが、老人よ。一つ忘れてはいませんか?」


「む……?」


「あなたは敗者で、我々が勝者だ。ならば、そう説教をされるのは違うとは思いませんか?」


「……ほぅ、確かに。では説教をしていただけるのかな?」


「わかりました。では、一つだけ」


「うむ」


「あなたが自己満足の境地だという騎士道、だが知ってるはずだ。自己満足ではない部分があるということを」


「……何かね?」


「それは、希望、騎士は憧れであれ。子供に、人に、希望を与えることができるのもまた、騎士道からくる高潔さではないでしょうか。あなたも心当たりがあるはずだ」


「…………確かに、だが」


「だがは無しです。一度死に、死者としての記憶を持ったあなたが抱いた騎士道と、僕が思う騎士道に少しずれがあるのは必然です。それを聞き入れさせたければ、それはもう勝つしかない。でしょう?」


「……ははは、まぁ、いいだろう。では好きにするといい。私は、それもまたありだと思うよ」


「はい、ありがとうございます。偉大なる騎士、ラースディット卿」


 グラーフは倒れる騎士に敬礼した。立つことができない程の傷を負っているはずの彼は、それでも尚立って敬礼した。


 もう老人は息をしていない。焼け焦げ、大きく開いた老人の腹部からは血がとめどなく流れ出ていた。


 レンフィードが死んだことを確認して、グラーフは再び倒れた。


「はぁはぁ……ベルドルト、何というか、こっぴどくやられたね」


「まぁ、ね」


「……僕は思うんだが、ここの敵、始まりの精霊騎士たちは何か、負けたがってるような気がするんだ」


「……そうかい?」


「そうだよ。彼らはアークトッシュ王の使徒だろ? ということはさ、どういうことなんだろうな」


「……はぁ、まぁ、僕はもう考える力もないよ。なぁグラーフ、動けるなら僕の傷、縫合してくれないかい? 実は手が動かなくてさ、足がもう冷たくなってきたんだ」


「ああごめんごめん、でも僕も手が震えてるんだ。きっと痛いぞ?」


「我慢するさ」


 ベルドルトの傷口を縫合しながら、グラーフは考えていた。この戦いの意味を、この戦いの行く末を。


 そして彼は光となって消えたレンフィードのことを考える。騎士の道を説く、誰よりも騎士と言うモノを探求した男のことを。


 一つ飲み込み、二つ飲み込み、彼の言葉を噛みしめて、グラーフは友人の傷を縫っていくのだった。


 ――死者の幸せを考えてしまうとそこからはもう、終焉に向かうしかないのだと、知ってるのだろう君は。

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