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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
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第25話 夢の終わり 第11位

 ――旅の果てに、待っていたのは平穏な暮らし。これこそが幸せだったって僕は思うよ。


 アトレイオ・セレニウス・ルクメリア。始まりの精霊騎士第11位にして、ルクメリア王国二代目国王。


 だが、国を創ったのは彼。彼の父親が初代ということにはなっているが、国を創ったのは彼なのだ。父はそのカリスマ性で人を導いてきたが、建国と言うモノには興味が無かった。


 初まりは、旅路に出るあの日。父は彼が旅についてくるにあたって、こう彼に言った。


 お前は俺の代わりにこの村を守ってくれないか?


 それに、彼が返した言葉は――


 嫌です。僕はあなたと一緒に行く。


 一晩、喧嘩した。アークトッシュは他者を怒れない性格だったが、それでも鬼の形相で我が子を殴りつけた。いくら鍛錬を摘んだとはいえ、村から出ればそこは死地。いつ死ぬかわからない世界なのだ。


 夜が開ける頃に、顔をぱんぱんに腫らしたアトレイオと、鼻がくの字に曲がったアークトッシュが互いにゼイゼイと息を切らせながら、フラフラになりながらも旅支度を終えて家からでてきた。その姿を見た仲間たちは笑いに笑った。


 彼らは親子として、仲間として、世界中を共に旅した。辛いことがたくさんあった。楽しいこともたくさんあった。


 長い時間が流れる。仲間は一人死に、二人死に、村に戻ってこれた者は、自分を除いて四人。


 その旅路で彼は、一つの答えを得た。戦いはきっと無くならないのだろう、ならばそれを収める者こそがこれからの世に必要。戦える者は、12人では足りない。


 彼は人を鍛えた。父であるアークトッシュのカリスマ性に惹かれた者たちを集めて、騎士団を創った。ルクメリア騎士団を。


 そして、聞こえた騒乱を片っ端から鎮圧していく。精霊の力である魂結晶を使いこなす彼らに勝てる者などおらず、彼らはいつの間にか、世界の英雄となっていく。


 結果として、騎士団は一つの国を創った。アークトッシュを慕い集まった者たちが、アークトッシュを王として、国を創った。それがルクメリア王国。


 そう、ルクメリア王国とは、王によって創られたのではなく、騎士によって創られたのだ。これは、ルクメリアの歴史書にも記されていないこと。


 だから、彼が、アトレイオ・セレニウス・ルクメリアこそが、建国の立役者。


「で? そんなんで、本当にルクメリア騎士団なのかな? まったく……残念だよ」


 石像と墓標が無数に並ぶその荒野の中で、アトレイオは剣を肩に抱えて立つ。彼の周りには血を流す騎士たちが倒れている。


 アトレイオの剣は、ルクメリア騎士団の騎士では太刀打ちできない程の強さを誇っていた。彼に斬りかかった者は十人ほど、そのこと如くが倒され、血の海に沈んでいった。


 二人、剣を杖にして立ち上がろうとする者がいる。何度も息を吐き、息を吸う。一人は女性、名はミラルダ・ラインレイ。もう一人も女性、名はメルフィ・メルシュレッド。


「はぁはぁ……もうっ……何で精霊騎士一人もいないのよ……!」


 ミラルダが立ち上がり、剣を地面から引き抜きながらぼやいた。


「その程度ですか……ぜぇ……先輩歳ですね……ぜぇ……」


 メルフィがそれに続く。膝は震え、生きも絶え絶え、辛うじて致命傷を避けてはいたが、鎧化していた鎧も砕け散り、もはや立っているだけで限界と言う風体だった。


「るっさいわね……メルフィあなた、寝てなさい。私があの男倒して……あげるから……負けてばっかでいられないわよ……はぁはぁ……」


「できることを……言ってください……先輩……ぜぇ、はぁ……」


「生意気……っ」


 ミラルダとメルフィ。実際彼女たちの周りに倒れている者と、彼女たち、そこまでダメージに差があるわけではなかった。


 立っているだけ、彼女たちはただ、立っているだけ。何故倒れないのかと言うと、倒れたくないから。


「はぁはぁ……ふぅ……くぅっ……」


 呼吸を無理やり整えようと、肺の動きを無理やり抑え込もうとするミラルダ。


「ぜぇぜぇ……はぁはぁ……」


 足りない酸素をどんどん取り込むように、肺を無理やり動かすメルフィ。


 互いに方法は違うが、目的は同じ、息を整えて、一撃をもう一度。


「うん、いいね。諦めちゃいけない。まだ君たちは立っている」


 彼女たちの必死な姿に、アトレイオは喜びの表情でそう告げた。彼は剣で肩を三度、トントントンと叩いた後、その剣を右手で思いっきり振り下ろした。


 その振り下ろしの衝撃で周囲に倒れていた者たちは飛び、石像や墓標にぶつかる。これで立っているのはアトレイオとミラルダ、そしてメルフィの三人だけ。


「ふぅ……ふぅ……」


「はぁ……はぁ……」


 ミラルダとメルフィの呼吸が整い始める。ミラルダは剣の刃を左手に持つ鞘の口部分にゆっくりと持っていく。メルフィは剣をゆっくりと空に掲げる。


「……いいね。君たち、一つ聞きたいんだが。たぶん魂結晶を使おうとしてるんだと思うけど、それで僕に勝てると思うのかい?」


 アトレイオが問いかける。二人に向かって。ミラルダとメルフィはその問いかけの前に、動かしていた手を止めた。


「なぁ、負ければ守れないんだよ。だったらさ、何でこうまでして戦おうとするんだい?」


 二つ目の問いかけ、一つ目の答えを待つことなく、アトレイオは問いかけた。


「さぁ、答えてくれ」


 そういうと、アトレイオは剣を地面に刺して、答えを聞くまでは戦わないと言わんばかりに、彼女たちの眼をみて動かなくなった。


 ミラルダが耐えかねず答える。


「決まってるでしょ。私はルクメリアの騎士だから、戦えるなら、戦うのよ」


 メルフィも続いて、答える。


「どうせ負けるのならば、心の底から負けたと思って負けたい。今はまだ負けてないと思うから、私は戦う」


 結局、二人はまだ戦えるから、戦うと答えた。その答えはアトレイオが求める答えではなかったが、彼にとって不思議と納得のいく答えだった。


「ふぅ……何だろうな。僕が望んだものって、こんなんだったんだろうなぁ。星の記憶とは言え、僕は、僕だ。そうだな、守るためなら、勝てそうも無くても挑むしかないよな。僕が決めたことじゃないか……」


 アトレイオが剣を地面から抜く。剣は光る。


「さぁ、それじゃ、壁になろうか。さぁ僕をこえてみろ。ルクメリア騎士団よ」


 そして彼は、白い鎧に身を包んだ。それは真っ白で、一つの曇りも無い鎧姿だった。


 背に伸びる深紅のマント。ミラルダとメルフィも、その姿を見て一瞬で鎧化して鎧姿となった。


 白い鎧、アトレイオ。赤い鎧、ミラルダ。黄色い鎧、メルフィ。


 鎧化した後、ミラルダと、メルフィはヘルム越しにお互い眼を見合った。


 一息、二人は大きく息を吸い、吐く。


 そして、二人は爆ぜるように飛び出した。一人は爆炎を纏って、一人は雷光を纏って。


 先についたのはメルフィ。その雷の迸る剣をアトレイオの肩に向かって振り下ろす。アトレイオはその剣を難なく受け止める。


 続くはミラルダ。メルフィとは逆方向から、炎をまとった剣を振り下ろす。アトレイオはその剣を手甲で受け止める。


 少しだけ、メルフィの剣を受け止めていた剣を下げた。メルフィはバランスを崩して前のめりに倒れそうになる。そこに向けて円を描くようにして振り下ろされるアトレイオの剣。


 狙いは首、メルフィの細い延髄部に振り下ろされるアトレイオの剣。鎧があってもそこは、弱い。


 ミラルダが辛うじてアトレイオの剣を止める。メルフィは倒れながらも振り返り、剣をアトレイオの首に向かって突き出した。


 頭を少し傾けて、アトレイオはそれを躱す。少しだけだが、ミラルダの剣にかかるアトレイオの剣の重さが軽くなった。


「もらったぁぁぁ!」


 勝機をつかんだと思ったミラルダは躊躇することなく剣を振り切る。炎をまとわせて。焦げるような臭いと、独特な血の蒸発する音が鳴り響いた。


 アトレイオは彼女たちから飛んで離れる。自分の首に手を当てて、少しだけにじむ金色の血の色に、今、斬られたのだということを把握した。


 それはかすり傷ではあるが、確かにこの戦場で騎士に負わされた初めての傷だった。


「うむ……悪くない。一人では無理と悟り、同時に攻めてきたのはよかった。剣捌きも中々のものだ」


 その顔は、ヘルムで隠れて見えないが、きっと彼の顔は笑っている。少しでも、手傷を負わせた。それが数十重なれば、きっと自分の首は落ちている。


 だからこれは、ルクメリア騎士団の勝利と同意。彼は確かに笑っていた。自分が思った通りのことを二人はしてくれたのだ。これほどうれしいことは無い。


「ルクメリア騎士団とは、王の騎士団にあらず、悪を斬る剣であれ。見事だ騎士たちよ。このルクメリア国王がアトレイオ・セレニウス・ルクメリア、感服した」


 アトレイオは鎧を解いた。そしてその顔は、笑っていた。そこのいるのは父の愛を求める青年ではなく、厳格で、カリスマ性に溢れた王だった。


「見事! さぁ、進むがいい! 死を恐れず悪を斬れ! 私はそのために、ルクメリアを創ったのだ!」


 荘厳な王は、ひとしきり叫ぶと、自らの胸に剣を突き立てた。これは、個人の決闘ではない、だから負けたと思った彼は、自分で自分にとどめをさしたのだ。


 ルクメリア騎士団とは、戦いを止める者であり、永遠に戦う者でなければならない。矛盾しているその在りかたは、だが決して矛盾していないのだ。


 ルクメリアという国を創った男は、自分が思った在りかたが、確かに今に繋がっていると感じて、消えていった。記憶でできた彼であったが、その存在は紛れもなく彼であるから、きっと本物の魂をもつ彼であってもまた、同じ行動をとったであろう。


 ――父よ。あなたは、これでは満足できないのでしょうが、僕はこれで満足なんです。

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