第21話 兵の領域 侵入
ルクメリアが誇る十二人の精霊騎士。それは世界最高戦力。故に、揃うことはほぼあり得ない。必要が無いから。
だが今ここに、墓標立ち並ぶ領域に、彼らは全員そろっている。しかもそれだけではない。ルクメリアが誇る騎士団の精鋭たちもまた、彼らの後ろに揃っていた。
先頭は白銀の剣を持つ今生における世界最強の騎士、ジョシュア・ユリウス・セブティリアン。彼の使徒を挟んで向こうには領域の境目。立つのは少年。小さな少年。少年の周りには屈強な兵士たち。
「うん、まさか領域の主があの城の関係者だったとはね。いやぁ、こんな形で繋がるなんて」
少年が話しかける。その声はまさに少年。見た目の歳は10歳ほどであろうか。剣を交わす相手としてはあまりにも幼い子供。
「僕の名は、シーケルタ・ロナ。まだ生きてると思うんだけど、精霊の長老とかで有名になってるマーディ・ロナって知ってる? 彼女の父親さ。翼は失ったけど、僕も一種の精霊さ。世界唯一の精霊の神種。すごいだろ。まぁ反動で、成長を奪われたけどね」
子供のように、へらへらと笑って、少年は自己紹介をした。あまりにも邪念が無い顔だったから、逆にジョシュアは邪悪さを感じていた。
「でも便利なんだよこれが、どこへ行っても敵対されないし、暗殺もし放題。それにその気になれば子供だって作れる。ギリギリ精通はしたからね。でも失敗したなぁ。バランドールがまさか領域を渡すなんて。彼に兵を貸さなきゃよかったよ」
少年は、シーケルタ・ロナは隣に立つ兵士の腰を叩いた。兵士はニヤリと笑う。彼の使徒である、兵士たちはそれぞれに自我を持っていた。まるで戦人のような自我を。
「僕はいろんな国を滅ぼしてきた。精霊の国を滅ぼしたのも僕さ。まぁ王様はいなくなってたけど。何が神域だ。力を極めて至った神域なんて、偽物だ。本物はこれ、生まれつき持ってる世界。背伸びしちゃってさぁ。何が王様だ」
精一杯の愚痴に、ジョシュアはあることに気付いた。ジョシュアは一歩前へ出る。剣を抜いて。そして少年に声をかける。まるで子供をあやすような声で。
「まさかマーディ・ロナの父親も小さいとは。しかし最後がこんな子供とは。どうしてロンドベリアやルクメリアを襲わせたんだ?」
「だってルクメリアに神種がいるかもしれないだろ。僕はさ、願いが欲しいんだよ。簡単に殺せる神種がいるなら、殺したいだろ?」
「どんな願いを叶えたいんだ?」
「いろいろあるけど、そうだな。大きくなりたい、かな。ふふふ」
「違うな」
「はぁ?」
「お前は王になりたいんだろう? 皆から賞賛され、崇められ、そして、人々を導く、王になりたいんだろう? こんな王国ごっこをして楽しいのか? うん?」
「なっ、そ、そんなわけないだろう! 僕は……王様なんて……国をいくつも壊してきたんだぞ。国崩し! それが僕の……」
「くだらん。お前は中身も成長していない。マーディ・ロナを見習え」
「……言うね」
「挑まれれば、我らは答える。精霊騎士第13位がジョシュア・ユリウス・セブティリアン。国王が敵を討つ」
「だったら僕は、国崩しとして、君たちを排除する。覚悟しろ僕の兵士は、今まですべての国の戦力を有する。最強の兵士たちだ。君たちでは勝てないさ」
彼らの領域戦はシンプルな戦争となる。勝った方が領域を取る。負けた方は命を失う。
ジョシュアは剣を掲げた。彼の後ろにいる、精霊騎士たちも皆、各々の武器を握った。
「悪いが俺個人の戦いではないのでな。では、そっちに行かせてもらうぞ。ふざけたことをしてくれた報いだ。一飲みで侵略させてもらう」
ジョシュアは掲げた剣を振り下ろす。地面が叩かれ、ガンと音が鳴り、彼は走り出す。後ろに立つ者たちもまた、彼に続いて走り出した。一斉に。
ルクメリアが最強と呼ばれるには訳がある。まずは騎士の塔を初めとする世界随一の教育体制、幼少期より淘汰された者たちがさらに毎年行われる闘技大会での淘汰を受け、騎士としての技術を高めることを強制される。
結果として、騎士の名を持つというだけで、他国の兵士数千人分の力を得ることになる。
ルクメリア騎士団は最高の武力を誇るが、侵略を行うことは無い。その国の存在は、各国がどうしようもなくなったときに呼ぶ最終手段としての武力。故に、それはありとあらゆる武力を抑止できなければならない。
抑止力としての最高戦力。それが自国の危機に、牙を剥くとどうなるだろうか。
結果は、蹂躙。もはや止めることはできない。
十二人の精霊騎士たちは、機械的に敵兵を薙ぎ払っていく。兵の領域の主、シーケルタ・ロナが思い描く最高の兵士たち。彼の使徒たちは、嘗てより様々な国を滅ぼしてきたが、今ここにおいては圧倒的に蹂躙されていた。
炎が、雷が、水が、岩が、彼らを貫いていく。鎧化することなく次々に敵を倒していく精霊騎士たちの前に、シーケルタ・ロナはたじろいだ。
「アーカス、お前たちがしくじったせいだ。止めて来い」
「はい」
赤い男と、青い男が飛んだ。暴れる敵の下へ。彼らは光の中から鎧を纏うと、駆ける。それに釣られ他の兵士たちも駆けだした。
駆け寄る先は細身の男。彼は軽く咳をしていた。
「兵士に兵士長、というところかな。ううん……ちょっと今日は体調がよくないな……鎧化は辛いな……あれ君やってくれないかなぁ。弓持って来てるだろ?」
「ベルクード卿、さすがに今回は来ない方がよかったのでは?」
「うんそうかもねザイノトル卿。でも遠征ではないというからさ。最近精霊騎士になったっていう人にも会いたかったし。ああそうだ僕の妹が結婚相手を探しててさ。君もいい歳だろ」
「いや、ここでいうことでは」
「いいじゃないか滅多に会えないんだし」
二人は兵士を斬りながら会話をする。器用に攻撃を避けながら、剣を振って。第8位のヴィック・ザイノトルと第9位のハイド・ベルクード。2つ歳に差があるが、彼らは親友だった。
「おーいやる気出せよお前たち!」
鋸のような剣を握り、黄色い鎧を纏う騎士が無骨な走り方で二人の下へと走ってきた。第12位ゼッシュレイド・セブティリアン。精霊騎士の中で何故か一人だけ鎧化をしている。
「はぁはぁ……よぉしあれは俺がやるぜ。任せな」
「しかしセブティリアン卿、結構疲れてますね。ご子息を見習ってみてはどうですか?」
「るせぇ。くっそハイドお前、俺の部下だったんだぞお前、もっと敬意をだなぁ」
「ははは、だって、僕の方が強いでしょ?」
「とっとと隠居しろこの病弱野郎。とりあえずあいつは因縁があるんだ。俺がやる」
「あいつ?」
「あの赤い奴と青い奴……あれっ、どこいった?」
「えっ?」
彼らは周囲を見た。向かってきているはずの敵の姿を探したが、何故かそれは見つからない。
背があった。倒れる兵士の山の前に立つ、男の背があった。振り返ると、その黄金色の髪は風になびき、そして彼の顔を見せる。
黄金の髪、赤い眼、そして長い剣。精霊騎士が第1位、アイレウス・ゼン・ルクメリア。
「因縁があったのか。悪いが、もう始末してしまった。すまんなゼッシュ。鎧化までしてやる気十分だったろうに」
「あ、いえ、そんならいいんですけど……」
よく見ると、アイレウスの足元には赤い頭と、青い頭が転がっていた。一太刀の下に彼らを断ち切ったのだ。
世界の戦場でほぼ戦ったことが無いアイレウスが何故第1位で何故最強と呼ばれるのか。それは、本当に強いから。敵うわけがないと、彼を見た者はそう思う。
その長い剣を振った。光が放たれた。その光に飲まれる敵兵がいた。
剣の届く範囲の十倍はあろう距離の敵が、一瞬で消え去った。
「兄は目覚めたが、もはや動くことは叶わん。まだ5つにしかなってない姫に選択をさせねばならん。ジョシュア卿には悪いが」
アイレウスは返す手でさらに剣を振った。光の束が、さらに遠くの敵兵を消し去った。
「私の手で全て消させてもらう。何、八つ当たりだよ。セブティリアン卿たちは少し休んでいたまえ」
「は、はぁ、ありがとうございます殿下」
アイレウスはまるで砲台のように、光の束を放ち続ける。それを唖然とした顔で見るゼッシュレイドとハイド。
「世の中には怒らせてはいかんやつが二人いる。俺の嫁さんと、殿下だ」
「セブティリアン卿の奥さんはどうか知りませんけど、殿下は同感です」
「一人で一万ねぇ……」
光の束が右へ左へと放たれている遠くで、矢に貫かれる兵士たちがいた。引き絞り、放つ、ただそれだけで一つの命が失わて行く。
矢の右を糸が走る。矢が届くよりも早く、その糸の先にある爪は兵士の頭を貫いた。
「ああん? ふっざけんなよあの成金女さぁ! オレの獲物だったのにさぁ!」
弓を握る女が愚痴る。弓は彼女の背丈よりも大きく、長い、地面を踏みながら、その剛弓を引き絞ろうと矢を背から取り出す。矢は下手な剣よりも大きかった。
次を狙おうとした時、彼女の眼の前の兵士は水の刃で次々と貫かれていった。
「ああー! 次は貴族女か! だからオレ一人でやりたかったんだ! ぎぎぎ……」
「相変わらず言葉遣い悪いですわねイグリスさん」
「お前ミリアンヌ! 一体どこから! っていうか茶を飲むな茶を! 馬鹿戦場だぞよく飲めるな!」
「これぐらい余裕が無ければ何が精霊騎士ですか。そんなんだからいつまでもユークリッドさんに負けるんですわ。第4位のイグリス・サリレニスさん?」
「お前も負けただろうが! ちっ……」
矢をもう一度剛弓に矢をつがえようと動いた。その少しの動きの前に、空から雨のように降り注ぐ水の刃を見て、彼女は矢を背に戻した。
その後頭部で束ねた長い髪を揺らしながら、またちっと舌打ちした。
「狙撃地点を変える。こんなんじゃ成金女と貴族女に全部取られちまうぜ」
「あなたも貴族でしょうに、ねぇサリレニス卿?」
「何もかも金で解決するような女と一緒にすんな。大体なぁ、固まんなよなぁ。オレ狙撃手なんだからさぁ敵兵寄られたらめんどくさいだろが」
「悪かったな金で解決するような女で」
「だぁぁぁ! ユークリッドお前までくんな!」
「あらお久しぶりユークリッドさん。髪黒く染めたんですか? 地味になりましたね」
「ああ、まぁ、いろいろとあってな。ところでイグリスお前、まだ根に持ってるのか? 闘技大会の席お前の一族の真上を取ったのを」
「るっせ! せっかく一番上だと思ったのによ! 見たらもっと上があるじゃねぇか! くっそ……父さんたちに奮発してやったのによぉ」
「小さいな。ミリアンヌなんぞ席すらとってなかったのに」
「人の戦いなんかに興味ありませんもの」
「黙れくそ! あーもう……何でこんなやつらが女騎士の代表なんだ。セットにされるオレはもう泣きたくなるぜ。女ってのはもっとこう、清楚で静かで優しくてなぁ。マリィメア様みたいななぁ」
「お前も人のこと言えないだろ。」
「あーうるっせぇオレはいいんだよ。しっかし何であの人からこんなんが生まれるんだっての。オレ向こう行くからな。来るなよなぁ。来るなよな!」
「わかったわかった。イグリス無理するなよ。お前近接弱いんだからな」
手でユークリッドに返事をすると、剛弓を担ぎ、イグリスは飛んだ。その跳躍と足の速さで一瞬で姿を消す。残されたのはユークリッドとミリアンヌの二人。
「ユークリッドさん、イグリスさん好きですわね。いつもお相手しますし」
「見てて面白いからな。沈んでる時は、面白い奴をみるのに限る」
「本当に、修道女上がりだと思えないほど生き生きしてますわあの人。言葉遣いはアレですけど」
「さぁてやるか続き。兄さんの言葉忘れてないだろうなミリアンヌ」
「はい、覚えています」
「一兵も残さずに」
「徹底的に」
「殲滅しろ」
「ひっどいこと思いつきますわね。あなたの兄上様」
「心を折るのが大事だからな。兵士がいるってことは、そういうことだろう」
「ふふふ」
剣戟は周囲に鳴り響く、兵士たちは次々と倒されていく。
領域戦、その互いの主たちは対照的な表情をしていた。一人は歯を食いしばり、悔しそうな顔をし、一人はさも当然というように、しっかりとした顔で。
この領域戦は命のやり取りも含めて、心を折る戦い。その戦況はほぼ決しようとしていた。




