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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
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第20話 夢に押しつぶされた者

 ――雨が降っている。


 ひたひたと音が鳴り響く。眼を動かすことはできない。流れるのは映像。


 ――雨が降っている。


「結局、皆いなくなった。ジークフレッド、ロンディアナ、カンツォーネ、バルバレス、ディリス、ファレナ、ミストリア、レンフィード、マリア、アトレイオ、ゲンヴァ」


 彼は夢を見ていた。自宅に帰り、久々の妻の手料理と、家族の団欒を味わった彼は、ベッドの中で夢を見ていた。そうだ、きっとこれは夢なのだろう。彼の夢なのだろう。だがそれは、鮮明に。


 ――雨が降っている。


「結局、俺は否定したジークと同じ道を選んだ。人を守るために、国を創って、戦いを戦いで塗り替えて。でも俺は、まだ戦っているんだ。なぁ一つ、例え話をしようか。例えば――」


 男は一人、雨の中で空を見上げ、一人呟いていた。だがそのつぶやきは、夢として彼の頭に届く。


「英雄は、人を先導する。彼がいれば、戦いで負けることは無い。どんな戦いでも、一方的に勝ててしまう。彼の仲間たちが彼を頼りにして戦争を起こす。さて、誰を殺せば英雄が起こした戦争は終わると思う?」


 英雄を倒せばいいのではないか?と夢の主は心の中で答える。それに対して男は微笑んだ。


「残念、答えは、英雄に心酔するものすべてを殺す、これだ。英雄は、人を導く。彼がいなくなったとしても、彼の意志は次の者へと伝わる。だから、全部殺す必要がある」


 極端な例だ、と彼は言った。


「極端は、真理だ。実際にそうしてしまえば終わるんだから、正解だ」


 だがそれでは、人は人を――


「そうだ、英雄とは人、精霊、全ては繋がっている。だから、終わることは無い。どこかで終わらせたかったら、もうそれは全部殺してしまうしかない。俺はね、気づいたんだそれに。だから、やめたんだ。戦いのない世界なんて、虚無以外何物でもないんだ。そんなのできるわけがない」


 永遠に止める続けるだけならば、できなくはないのでは。


「そうだ、だから騎士団を創った。戦いが戦いを生むのならば、戦い続けておさめつづければいい。そう思ったから。でも、見つけてしまった」


 ――雨の冷たさが、彼に伝わった。夢なのに。


「願い。願いを叶える石。信じられるか? できやしないことをできるものがあるんだ。皆、皆離れてしまったけど、意志は残ってる。俺は皆の意志を伝えるんだ。皆が幸せになれる世界を、作る。作れるんだ」


 どうやって?


「世界を、作り変える」


 作り変える? どういう風に?


「誰も戦いを望まず、ただ手と手を取り合って生きていくような、皆が最初から幸せである世界を作る」


 今の、人や精霊は? 今の世界は?


「消える。きっとすべて消える。だって俺がもうあきらめているから、今の世界では皆幸せになれないと、諦めているから。だから――全部壊して作り直す。当然、自分も消える。君も消える。君の家族も消える。でもいいだろう? だって幸せになれるんだから」


 ただの、破滅じゃないかそれは、皆が幸せになれる世界だと。そんなもの、生まれ出たものはきっと何も考えず幸福感だけを感じるだけの、そんなおぞましい世界になるぞ。


「でも、幸せなんだろう? だったら、いいさ。そこが虚無の世界であったとしても、それを作らないと、今まで歩いてきた道が全部偽物になってしまう」


 お前は間違いなく、邪悪だ。


「その通り、否定はしない。さぁあと少し、俺は動かないでも、君がやってくれる。きっとやってくれる。焦ってくれ。だって君は――永遠じゃないんだから」




 ――気が付けば、見慣れた天井で。そこは自分の部屋。




 外は太陽が昇る直前の赤い空で、窓はぼんやりと光りが差し込み始めていた。


 傍らに立てかけていた白銀の剣がその光を反射している。妙に頭がさえて、ジョシュアは背を起こした。


「あいつは、殺さないといけない。もうあれは怪物だ。目的のために壊れた怪物」


 彼は誰に聞かせるでもなく、そうつぶやいた。空は白みをおびて、顔が照らされる。その右眼はより一層の黄金の輝きを放っていた。


「ん……やはり、気のせいじゃないのか。だんだん視力が上がってる。視力に差ができて、こう変な感じだ。マリア、治せないか?」


『無理言わないで。あなた普通なら発狂してもおかしくないぐらい精霊の力に汚染されてるんだから、これぐらいで済んでるって思わなきゃ』


「慣れるものかなこれは……」


 白銀の剣に話しかける彼は、自分の眼を左右交互に閉じながら、部屋を見回す。異常に見えるようになっている黄金の目は、壁の毛羽立ちすらも見ることができた。


 ふと、扉の向こうに気配を感じた。ジョシュアが扉を見ると同時にそれは開いた。


「うーん、あ、おはよう。何? 今日は早いのね」


 頭を布で包んだカレナが部屋へ入る。彼女はベッドの傍へ着くと、上着を脱ぎ、貴族は袖も通さないような服に袖を通し、どんとベッドに腰を落とした。


「また髪を染め直したのか。カレナ」


「ええ、これ地味に時間かかるのよねぇ。変な物食べたとかじゃないんだけど。あー面倒くさぁい」


「何で急に赤くなったんだろうな。頭」


「知らない。染めても染めても一晩で真っ赤よ。あーもう」


「赤いと言ってもそこまで真っ赤じゃないだろう。ほっとけいいんじゃないか。貴族では最近染めるのが流行ってるそうだ」


「いやいやいや、あんなのと一緒にしないで。あれはもうただの意地よ」


「しかしだなカレナ……毎日やっても仕方ないんじゃないか? 俺は少しぐらい赤くなってもいいと思うが、そんなに変わらないだろう?」


「変わるっての。一回気になったらもう駄目よ。全く恥ずかしい。レイスさんと間違えられるぐらい恥ずかしい。あーもう、お義母様に言ってユークリッドさんみたいに黒く戻してもらおうかしら」


「待て、そこまでする必要あるのか?」


「ないわ。だから冗談よ。ジョシュアたまにすごく鈍くなるよね」


 振り向いて、カレナは笑った。ジョシュアはその顔を見て、さらに笑った。


 笑うだけ笑うと、ジョシュアは立ち上がり、部屋着を脱ぎ捨てると、傍らに転がっていた服を着て、胸当てを付けた。


 何も言わずとも、カレナは彼の背の紐を結び始める。


「なぁカレナ。もし、もうすぐこの世界が終わるとしたら、どうする?」


「えっ? 何それ」


「うん。いや、気になってな」


「うーん……どうもしないかなぁ。だって、終わらないでしょ」


「いや、そういうことじゃないんだが……」


「終わらせないでしょ? ねぇ」


「……まぁそうか。悪いが少し行ってくる。帰りは……なるべく早くするが、俺の使徒を一人置いていく。何かあったら俺の領域に入れ。母さんもいるから頼ってくれ」


「はいはい、分かってますって。確かお義父様連れていくんでしょ?」


「ああ、因縁があるからな。それで次に入る」


「お義父様に伝えてくれる? たまにはうちに来てって。あたし全然話したことないのよねあの人。何で来ないのかしら。もしかして嫌われてる?」


「まさか、たぶん、話すことが無いだけさ。父さんは、昔からそうだった。饒舌なようで、実のところ、人見知りするんだ」


「ふぅん。いかつい顔してるのにねぇ」


「元々盗賊だからな。あの人」


「えっ? そうだったの? 知らなかったぁ」


「うん? ああ、いや、しまった。ここだけの話だぞ。誰にも言うなよ。ただでさえセブティリアンはあまりいい顔されないんだ。それもこれも貴族としての交流を一切無視してきた結果だがな」


「そこはよく知ってます。十分に。うん」


「ああ、角の一人息子は別だったか? ははは」


「あれはやめて。ほんっとにやめて。トラウマなのよあれ」


「まぁ、あれだけファムにやられたんだ。さすがに大丈夫だろう」


「いや、でもあれは……うーん、あれだけやっても何の問題にならないんだから、うちっておっきい貴族よねぇ」


「まぁな。それじゃ、出るぞ」


「思いっきりやってよ」


 カレナはジョシュアの背を叩き、ジョシュアは微笑みながら白銀の剣を取り、赤布を取ると、扉へ向かう。


「最初は派手で嫌とか言ってたくせに。いつの間にかずっと羽織ってるわね。それ」


「レイスが、似合うというからな。着てないと不機嫌になるんだ」


「あ、あー……そう。それは、よかったわねぇ……」


「それじゃ行くぞ」


「……うん、いってらっしゃい」


 扉を開いて、彼は階段を降りた。家を出る途中で会った使徒の一人は彼の姿が見えると頭を下げた。


「次は、国王暗殺未遂の馬鹿をしとめる。ルクメリアの威信をかけて。こっちは任せるぞ」


「はい主様、私たちの一人が領域にてお待ちしておりますので」


「ああ」


 ジョシュアは自分のマントを手で払うと、次の戦場へと向かった。剣にかかる手は、強く握られていた。

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