第18話 戦神の宴
戦いとは、何のためのモノなのだろうか。そこには様々な意志と、様々な理由があるが、結局は戦いとは、勝者と敗者を決めるためのもの。
そう、結局は、あるのはただの、勝者と敗者。勝者は残り、敗者は去る。ただそれだけ。
それだけ、それだけの為に、彼はひたすらに拘り続けた。幾度も勝利し、幾度も敗北した。
彼は知っている。その長い人生の中で学ぶことで、彼は知っていた。
――戦いは、理不尽である。と
嘗て、ロンドベリアを統一した男、ラム・ハイベルドはそれを痛感していた。どんなに圧倒していても、どんなに勝利寸前であっても、何か一つ、傾くと一気に敗北する。
故に、彼は、力を抜かない。
全力で振り下ろす巨大な剣に、押しつぶされそうになりながらも耐えるのは、ジョシュア・ユリウス・セブティリアン。人生のほぼ全てで剣と共にあった彼は、迫りくる大剣にも眉一つ動かすことはない。
振り下ろされ、受け止められる。白銀の剣と彼の意志はぶれることすらない。
「ジョシュアよ! 一体何のために戦う!」
ラム・ハイベルドは打ち込みながら問いかける。その問いは、きっと戦う時にする問いではないのだろう。だが彼はまるで、共に茶を飲んでいるが如く、自然と問いかけるのだった。
「これほどの力! その気になれば国の一つや二つ、得ることができるだろう! 何故それをせず、騎士などというつまらん身分に拘っているのか!」
その男はきっと、全力で打ち込んでいるのだろう。剣を振り下ろすたびに爆発音のような音が周囲に響き渡っている。
「なぁ答えぃ! 余裕がないわけではないだろう? 我が剣を受けながらも一歩も動いていないのだからな! ふははは! 我の方が動いてるぐらいだ!」
その男の言う通り、土の敷かれた地面には、ジョシュアの足跡は一つも増えていなかった。ラム・ハイベルドが踏み込む度に増える彼の足跡とは対照的に。
ドンと、大きく剛剣が振り下ろされた。ジョシュアは白銀の剣を持ってそれを受け止める。ジョシュアよりも二回りも大きい男が力の限り押しつぶそうとのしかかってくる。
だがそれでも、彼は動くことは無い。
「なぁ、我はお前のことが知りたいのだ。これほどの力を持つ男が、一体何を考え、何を思い、戦うのか、それを聞いてからでないと、叩き潰してもつまらんだろう?」
「答える気はない。加減をする必要もない。分からないと思ってるのか?」
「馬鹿者! 戦いとはそれすなわち、娯楽よ! だからこそじっくりと、じっくりと、己と相手、全てを理解せねば、つまらんだろう! さぁ答えぃ。貴様は何故剣を振る?」
彼の問いかけに対しての答えは、押し返し、一気に力を込めて剛健を押し返す。
一瞬で押し返されたラム・ハイベルドは、驚きの表情を見せ一歩二歩とよろよろと下がった。
「戦いを楽しむ心が無いとは言わないが、俺は娯楽とは思わん。ラム・ハイベルドよ。お前と俺は別の人種だ。世代が違う、ともいうか」
「ふふ……ははは! うーむいいぞ! そうだ、娯楽とは思わんのならばそれでいい! 一つお前を理解できたぞ! いやはやしかし、我よりも身体は小さきはずなのに、この膂力はどこからでてくるのだ?」
「お前が見た目ほど力が無いだけだ」
「むむ? おおそう言うか。確かに、最近はうまいものもくっとらん。マリィメアを見習って貴族にでもなるべきであったかな。ロンドベリアの市場を久々に歩いてみたいものよ」
「食事の問題じゃないだろう。お前まさか、これで全力なのか? ロンドベリアの英雄だろう? まさか本当にこの程度なのか?」
「む? がっかりさせてしまったか? むぅそれはすまんかった。謝ろう。うむしかし、悪いが力では勝てぬようだなぁ。では次は、宝の自慢といこうか」
「何?」
ラム・ハイベルドは、略奪者である。蛮族の長として、幾度もルード神国へと進行し、束縛の為に国を捨てた彼は、略奪者である。
争いの先には略奪がある。それが若かりし頃からの彼の掟。
一つ、彼は深紅のマントの裏から、青い石を取り出した。青く、水のような石。
「まずはこれだ! 東の果て! 海の果て! とある孤島! そこには水の司祭が住んでおった! 精霊の長とか言ってたが、我の見立てだとありゃただの精霊の長を名乗ってるだけの婆だな! その者はなんと水を自在に操っておった! 不思議なこともあったものよ! これがそやつの宝よ!」
「ただの精霊の石だそれは。水の属性の、しかもその青み、中級だ」
「あ、ああ? いや……そうなのか?」
「そうだ。ルクメリア騎士団の者ならばすぐに手に入るものだ」
「……なんじゃあそれは。ちっあの婆、しっかりとどめを刺しておけばよかったわ。では次だ!」
石を後ろに投げると、どこから胸元からナイフを取り出した。その刀身はうっすらと光っていて、金属というよりは宝石のような刀身だった。
「これを見ろ。実に美しいナイフだと思わんか? これはとある領主が持ってたもので、嘗て短刀術を極めた精霊の王が愛用していたものらしい。これ一つで国を買えるぞ! 精霊の王、どのような男であったのだろうかなぁ。きっとそれはそれは煌びやかな男に違いない。我も会ってみたいものだ」
「大した男だったが、そんなナイフ持ってなかったぞ。精霊の王の愛用品は、馬鹿でかい刀身の槍だ。いや、大剣か? どっちともいえん」
「……な、なに? 短剣はもっとらんかったのか?」
「持ってなかった。一本たりとも」
「なんじゃそれは、適当ぬかしたのかあの男。叩き斬って正解だったわ」
「おい、お前、戦ってるんだぞ」
「まぁ待て! 今度は本物だ! これだぁ!」
そして、ラム・ハイベルドは渾身の笑顔を振りまいて、どこから取り出したのか、書物を取り出した。タイトルの文字は精霊の言葉で書かれていた。
「何と歴史書、お前は知っておるか? 嘗て精霊の世界と人の世界が別れていたことを、というよりも一年ほど前までだが、何故別れたか、何が起こったか。それが書かれている本だ。これは、とある国の宝物庫にあったものだ。うむ、我は読めんが、こうやって眺めてるだけでも楽しいものよ。この絵は何を表しているのだろうなぁ」
「……それは歴史書ではないぞ。ただの物語の本だ。しかも子供向けの」
「何、読めるのか?」
「少しだけな」
「……何だガラクタばかりではないか。あー世の中広いのぉ」
「お前、何なんだ。何がしたいんだ」
「ん? わからんか? ふふ、はははは!」
周りに捨てられた無数の宝物だったものを踏みながら、男は高らかに笑った。その声は、周囲に響き渡り、それを見ていたユークリッドは、少しイラつきを覚えながらも、黙っていた。
「戦いは、相手を知ってこそ楽しいものよ。お前は誰かわからんものを斬って楽しいのか? いや、確かに蹂躙は楽しい。だがな、決闘だ。相手の全てを知り、そして叩き伏せる。もはや絶頂にも勝る至福の時よ」
「だからお前はお前のことを知って欲しいのか?」
「うむ、世界中から略奪した金品。その中でも特に我の気に入るものを教えたつもりだが、これでは拍子抜けであったかな。そろそろお前のことを話してはくれんか?」
「……領域を得るのはただ倒すだけではか。悪くはないが、何故これから殺し合う人間と仲良くせねばならない。お前は何かを勘違いしていないか」
「いいや! 剣は殺す道具、決闘は殺し合い、相手の内情は知らん方がいい! 虫の如く叩き潰せるからだ! だぁが! 面白くないではないか! 相手の全てを理解し、そして叩き潰す! 時には涙も流そう! 時には憎みもしよう! だからこそ素晴らしい!」
ラム・ハイベルドは高らかに笑った。笑いに、笑った。彼はどこまでも野蛮で、どこまでも野生で、どこまでも男なのだ。
建国の雄たる姿が確かにそこにあった。ジョシュアはそんな男に微笑むと、剣を空へと突き上げる。天高く、空を貫くように。
「確かに、お前のいうことはわかる。そうだ、戦いに意味を持たせることは愚策だが、確かにある意味は正しいことだと言える。俺はお前に対し少しだけ、尊敬の念を覚えた」
ジョシュアは顔を上げる。前を見て、強く、強く眼を見開いて。彼の黄金の瞳に移る敵の姿は、確かに笑っていた。
「だからこそ、間違いだとも感じる。ラム・ハイベルド。お前は何故国を捨てた。今のロンドベリアは世界で最も、市民が活きる場所となっている。そこには無意味な争いは無い、お前の好きな戦いもない、侵略も、略奪も、凌辱もない」
「何故かだと? 飽きたから、かの。む、違うな。そうさなぁ……いや、よそう。今は楽しい時だ。わざわざ過去を振り返る必要も無かろう。なぁジョシュアよ。今が大事であろう?」
「お前はきっと、俺と真逆、だからこそわかる。お前は……そうだ、お前は、きっと、お前以外が愛しすぎるからこそ、連れていけなくなったんだ。楽しい場に、お前は一人で行きたかったんじゃない。行かざるを得なかったんだ、だろ?」
「む、ぅ……面白いことを言うなぁ小僧」
「何故ここにいる者たちは戦う? 何故お前に喝采を贈る? 使徒はある意味お前自身。お前はお前の手で、戦う仲間を作り出した。逆に言えば、いなかったんだ。お前と共に戦う仲間が」
「……知った風なことをいうな。興が削がれるわ」
「あなたはきっと、一人で戦うことがあまりにも孤独だから、こうやって触れ合おうとするのだろう」
ジョシュアの言葉は、単純である。お前は寂しがりやだと、言っているのだ。
ラム・ハイベルドは強者、全てを奪い、全てを平らげた男。だからこそ、自分の女々しさを指摘されるのは我慢できない。
気が付けば、ラムの顔は強張っていた。微笑み交じりでジョシュアと会話してたその男の顔は、ぶつけようがない怒りで染まっていた。
「舌戦は終わりだ。俺は人に説教をするほど歳はとってはいない。だがあえて言おう。甘えるな。お互いに理解し合う戦いなど、簡単には手に入らない。全力で来い。俺にお前の心臓を取りたいと、思わせてみせろ」
「わかったか。そうさな。さすがに強者。はぁ……あわよくば、このまま酒盛りをしたかったがな。久々の挑戦者、浮かれすぎたか」
高く掲げた白銀の剣は黄金の光を放って。戦の領域はその光に照らされて。
「我が使徒たちよ! 我が力よ! さぁ蹂躙の時間だ! 我が力とは戦の力! 戦は軍略! 故に! 我が剣は兵! さぁこやつも! こやつの使徒も! こやつの連れも! 全て殺せ! 殺せ!」
闘技場から屈強な男と女たちが飛び降りてくる。その数は数百にも及び、彼らは一斉に武器を掲げ大きく声を上げた。
「悪いな小僧! 我が力は使徒も含めて! 故に、見せる気はなかった! 決闘にはあまりにも無粋だからな! だぁが! お前が全力をみせよと言うたのだ! 故に見せよう全力を! さぁぁぁ声を上げよぉぉぉ!」
ラム・ハイベルドは、両腕を上げ周囲の者たちに号令を上げた。それに答えるように、周囲の者たちは沸き立ち、そして走り出した。
白銀の剣はその者たちを照らす。ジョシュアの使徒は微笑みを絶やすことは無い。両腕を抱えているユークッドはその腕を解くことは無い。
――見ろ。沢山の敵が、迫ってくる。
「幾多の魂の欠片を束ね、生きるは人の身」
――さぁ見せよう。この男に、力というモノを。
「ラム・ハイベルド。俺は願いはどうでもいいが、領域は欲しい。屈服させてみせる。お前を。さぁ本物の時間だ。孤独な長よ。知るがいい。蹂躙というモノの恐ろしさを」
そして彼は、白銀の剣を振り下ろした。




