第11話 神の使徒
黒煙立ち上る城の中で、金属音が響き渡る。
黄金の壁は崩れ、煌びやかなシャンデリアは無残にも床に落ちている。
黄金色の中には赤い色。攻城兵器を操作していた兵士たちは兵器ごと壊された。
迫りくるは緑の剣士。這いまわる蟲の中心にあるは人ならざる者。神の使徒。人でも精霊でもない、人と蟲を混ぜたような亜人。腕は二本、眼は左右二つに額に一つ、額の眼は複眼。
それが三名、右手には剣、爪、そして盾、三種三様。それぞれ異なった武器を握る。
彼らの前には黄金色の血を流し、三分の一を折られた曲刀を握る黄金色の髪の剣士。シエラルド・ヴェルディック。彼女の後ろにいる兵士たちも皆血を流し息も絶え絶えだった。
「中々にやるものだ。女というものは弱いものだと聞いたが」
剣を持った蟲の剣士が剣を肩に担ぎながら言葉を発する。
「例外はある。何にでもな」
巨大な爪を持つ蟲の戦士が爪を打ち鳴らしながら言葉を発する。
「私たちよ。落ち付き給え。一度にかかれば倒せぬ相手ではない」
盾を持った蟲の重戦士が地面に盾を突き刺し言葉を発する。
彼ら三人の声は全て同じ、その顔もすべて同じ、その体格もすべて同じ。彼らはすべて同じ。
それは群、彼らは一人の群。群の長、神種バランドールが思い描く最高の兵士、神の使徒の一つの形。
黄金の女騎士シエラに駆け寄る白と銀の翼を持つ女性がいた。彼女の手に触れて、傷は癒され黄金色の血は止まる。
「はぁはぁ……強い。普通じゃない。もういいレイス、退いていろ」
「馬鹿お前ぇ、死んじゃうぞ。今度こそ死んじゃうぞ。あたしも手伝ってやる」
「駄目だ。レイスが死ねば先生も死ぬ。契約だぞ。お前は死んではいけないんだぞ」
蟲の戦士たちは、左右にゆっくりと広がっていった。最も攻めやすい位置を探すかのように。シエラの後ろにいる兵士たちは自然と中央に集まるような形になった。
「はぁはぁ……くっ」
シエラは腰から石を取り出す。それは真っ白の、嘗てロンディアナが最後に使った石。光の属性を持つ魂結晶。
石は光り、シエラは光り、光は形を成す。腕に足に胸に頭に。光は線となって形を紡ぐ。
シエラが剣を胸の前で構え、そして右に振り下ろすと彼女は白い鎧に包まれた。背には深紅のマント。
閃光の騎士。精霊の世界において、ロンディアナ騎士団において、女性としては強者の部類に入る彼女の鎧化した姿が今現れた。
曲刀は伸び、曲がり、それは光の剣となった。金属の刀身はもはやなく、ただ柄から伸びる光が剣の形を辛うじて維持していた。
「先生に貰った技、先生に貰った心、先生に貰った道。私の剣はこれ全てジョシュア・ユリウス・セブティリアンの為に」
白いヘルムの中で、彼女の眼は赤く光る。光り輝くその姿に神の使徒は足を止め、武器をその場で構える。
「レイス、先生は自分を持ってる人だ。だが、何か、どこかが空いている。あの人はきっと強すぎるから、自分に押しつぶされた何かがあるんだ。それを取り戻すのは容易ではないだろう。私では無理だ」
「シエラ?」
「カレナ様はあの人の何かを、忘れ去った何かを、取り戻せる存在なのだろう。そしてお前も。だからこそ守りたい。私はお前と、奥様を守りたい。例え、私の命を駆けることになろうとも。だから――」
シエラは腰を落とし、剣を引く。一手、二手。
「任せてくれないか。ここは。何、私もこれでも強い方だ」
三手、シエラの身体が輝く。
「……カレナさんにつくわ。シエラさくっとやれよぉ」
「任せろ」
レイスは杖を回し、その姿を玉座の間へと飛ばした。
「奥にはマーディ・ロナとレイス、ゼインの嫁たちがいる。彼女たちはこの世界においていなければいけない者たちだ。私は違う。あの人たちは人や精霊を愛せる者たちだ。私は違う」
シエラは光り、その光は増える。シエラ一人に光り輝く騎士が二人。光の像。
「さぁ、やろう。殺し続けて壊れた私の心を前に向けてくれたあの人のために、シエラルド・ベルディック、参ります」
閃光は瞬きの間に、三人の光の騎士たちは三人の蟲の戦士へと襲い掛かる。
ロンディアナ・ベルディックが編み出した鎧を貫く技。閃光の剣。相手が如何な盾で守ったとしても、それはただの鏡のようで。針の先ほどの隙間があれば光はそれを貫ける。
三手の構えから繰り出されるそれは、固い蟲の甲羅と言えども防ぎきることはできない。
神の使徒たちの一人、盾を持った戦士は右手に持った盾を突き出した。その突き出す勢いで光の騎士の一人はかき消えた。
もう一人、爪を持つ戦士はその巨大な爪を突き出した。光はその爪に裂かれ、消え去った。
そして、最後の一人、剣をもつ剣士は、正面に迫りくるシエラの姿に向かって剣を振り下ろした。
貰った、シエラはそう思った。剣の速さは圧倒的に自分の方が早い。それが、閃光の剣。
振り下ろされる蟲の剣。光は剣に触れることは無い。
八回。
右、左、上、斜め右、下、斜め左、右、正面。
シエラは息を止め、光の速さで剣を振った。剣は固い敵の身体を貫く。一回一回は浅くとも、それは集中させれば腕を飛ばすことも容易で。
閃光の騎士の輝く剣に、緑色がべっとりと着く。それは、神の使徒、その一人剣を持った蟲の血。
四肢を深く傷つけられたその蟲と人を混ぜたかのような姿をした剣士は、成すすべなく地面へと倒れ込んだ。
「よ……よし……!」
シエラは息を切らせながらその姿をみる。一息に八回斬ったその反動で、シエラの腕の筋肉は一瞬で張り、一時だが動かせなくなる。閃光の剣、連続で使えない必殺の技。
「……私がやられていまったぞ。私よ」
「そうだな」
蟲の戦士たちは、盾と爪を持つ男たちは互いに顔を見合わせ、言葉を交わし合う。倒れる剣を持つ男に彼らは視線を送ることは無い。
「さぁ、次はお前たちだ」
「うむ」
シエラは言葉とは裏腹に、実際には技の反動で両腕がまだ痙攣していた。辛うじて剣を握っている状態。こうなることはわかっていたと、彼女は自分で自分に言い聞かせる。
そう、彼女は勝てない。自分の最大の技を受けてもまだ息がある敵を見下ろし、彼女はそう確信する。
ならば時間を稼ごう。時間を。シエラはそう思った。
「やはり足りなかったか。私をもっと呼ばねば」
「そうだな私よ」
盾を持つ男は盾を地面に突き刺し手を掲げる。
群は当然、当然だが、群れているから、群なのだ。
掲げた腕の先、天井の少し下。線が入り、裂けた。いくつもいくつも。
そこからボトボトと落ちてくるのは緑色の玉。卵。蟲の卵。
シエラは強い嫌悪感を感じ、無意識に足を後ろへと出した。
「何て醜悪な……」
シエラはそう口に出した。辺りに匂いが漂う。生の匂いが。
卵は割れ、そこからあられるは当然のように同じ顔をした男。蟲と人を混ぜたような男。生まれ出た彼らはそれぞれ長さや種類の違う武器を握っている。
その数十数体、シエラは冷たいものが背に流れるのを感じた。
「軍は数で押す。さぁ私たちよ。こやつを殺すぞ」
シエラは剣を構えた。蟲の男たちは綺麗な円を描くように広がると彼女に向かって武器を突き出した。
「せめて数を……減らし……て」
意識が遠くなるような気がして、だが彼女は言葉を絞り出した。
神の使徒たちは無表情で冷たい表情をして前へと進む。一歩ずつ、逃げれないように。
シエラは心の中で、これは無理だと察していた。自分が死ねばきっとこれは奥へと進む。扉の向こうの者すべてを殺す。
そして、蟲たちは一斉に襲い掛かる――襲い掛かろうかと言う時に、バンと開かれるは玉座へと通じる扉。
そこに立つのは白銀の剣を握りしめた、一部が黄金に染まった白銀の騎士。
「せ、先生!?」
違う、その姿は、ジョシュアの鎧ではあるが、違う。シエラは一瞬の驚きの後に理解した。
扉からゆっくりと歩いてくる白銀の騎士の脇から、空を滑空するかのように飛び出すマーディ・ロナとレイス。二人は同じ動きで杖を振ると、蟲の男たちの一部が爆ぜ飛んだ。
「やっぱり蟲には火じゃの。ほれどんどんいくぞレイス」
「おーよぉっ」
杖を振る度に爆発が起こる。蟲の男たちはその矛先を飛びまわる二人の精霊たちに向ける。
弓を持った男がいた。彼は弓を引き、空を飛ぶレイスの方へと狙いをつけた。
「レイス立ち止まるな避けろ! 狙われてるぞ!」
シエラは震える筋肉を抑え込みながら、走り出そうとしたが足がうまく動かなかった。レイスを狙う矢は、彼女が止まるのをじっと待っている。
ギリギリと歯を食いしばり、一歩ずつその男に向かって歩くシエラは、恐怖に包まれた。友人を無くす恐怖に。
――音がなった。踏み込むような音。光が走った。銀色の光。一閃。
黄金の線を走らせて、白銀の剣は如何な時も最強。
飛ぶは蟲の男の腕、帰ってきた光は真っ二つに身体を裂く。
ドアの前にいた白銀の騎士が一瞬のうちに間合いを詰め、蟲の男を斬り裂いていた。見たこともないような動きに、シエラは完全にあの中の者がジョシュアではないことを理解した。
「……一体、あなたは」
白い鎧姿のシエラは尋ねずにはいられなかった。その言葉に、白銀の騎士は敵を指さす。
その姿は話しは後、これらを排除してから、だと言ってるようだった。
「わかりました」
シエラは返事をし、そして剣を構える。震える腕と足を抑え込み、蟲の男たちに向かって構えた。
爆発する男たち、切断させる男たち。
蟲の男たちは、分の悪さを感じたのか、数人がひそひそと話し込んだ後、腕を掲げてまた群れを生み出そうとした。
その腕をかざした男は押しつぶされる。壁を貫き現れるは竜の首、ヌル・ディン・ヴィングの首、周囲を見回すと、ヌル・ディン・ヴィングは首を引いた。
竜が開けた穴から腕が伸びる。巨大な体躯、ジョシュアとジークフレッド。
「やはりいたか使徒。父さん僕は右へ」
「わかった」
援軍の姿に白銀の騎士は息を吐きだし、ヒラヒラと片手を振ると足を止め壁際に背を預けた。
「お前は……いや後にしよう。シエラ無理はするなよ」
「は、はい先生。すみません助かりました」
「ああ、よし行くぞ」
ジョシュアがシエラに言葉を掛けている間に、蟲の男たちは次々と身体を分断されていった。ジークフレッドの剣は敵兵を斬り裂く。彼の動きは圧倒的で、その姿に蟲の男たちは分の悪さを感じたのだろうか。
男たちは一人、また一人とヌル・ディン・ヴィングが空けた穴から飛び降りていった。
彼らは空中で現れた時と同じように、空に割れ目を出して消えていった。
気が付けば黄金の城から蟲の男たちは消え去っていた。
「父さん、追わないようにお願いします」
「わかってる。さて……何してるんだマリア」
「わかる? やっぱりね」
壁際に立っていた白銀の騎士は、その鎧を解く。鎧の下の顔が現れる。その顔は、ジョシュアの妻、カレナ・セブティリアン。
「お前何してるんだ。カレナの身体を使って戦うだと。ふざけるなよ。怪我をしたらどうするんだ」
「ほっといたらシエラさん危なかったのよ?」
「だからと言って」
「はいはい、とにかく、下の兵士たちを守ってきなさい。ちなみにこれ、カレナさんの案よ」
「……シリウス戻るぞ」
「はい」
カレナの身体を使ったマリアに憤りを感じつつも、ジョシュアは仲間たちを助けるべく城から飛び出していった。
それを手を振り見送る彼女の顔は、微笑んでいた。




